軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

話し合い / 宴

「夕方からの宴のために料理のお手伝い、することになっちゃった」

翌日、朝に食材をもらいに行ったディシーが、笑ってそう言った。

エルフは他種族に冷たいが、昨夜の件もあり、ディシー自身がすごく人との付き合いが上手いということもあってか、すぐにエルフの人達とも仲良くなったようだ。

昼食後にヴァランティーヌさんと一緒に楽しそうに出かけていった。

わたしとセレストさんだけが残される。

「飲み物を用意してきますね」

と、セレストさんが厨房に立ち、その背中をぼんやりと眺める。

エルフは長身な人が多いからか、やや背の高い厨房はセレストさんも使いやすそうだった。

……ディシーはちょっと使いにくそうだったけど。

木製のカップを二つ持ち、セレストさんが戻ってくる。

わたしにカップを差し出す仕草が昨夜のディシーとそっくりで、ちょっと面白い。

「ありがとう」

受け取ると不思議な匂いがした。

果物のような匂いと葉のような緑っぽい匂いもする。

一口飲んでみると緑茶に似た爽やかな味に果物の香りがして、不思議な味だった。

「美味しい」

「エルフの里でよく飲まれているお茶です。昔、母に淹れ方を教わったきりでしたが、上手く淹れられて良かったです」

セレストさんが隣に座る。

静かな空気が数秒、流れていった。

「……霊樹の実、ユイはどうしたいですか?」

セレストさんの問いかけにわたしはカップを見つめた。

「分からない。……ディシーにも訊かれたけど、今すぐは食べちゃダメだと思う」

「竜王陛下との誓約もありますからね」

セレストさんもそれを分かっているのか苦笑した。

カップから上がる湯気を眺める。

……セレストさんはどうしてほしい?

そう訊こうとして、やっぱりやめた。

本当はわたしに食べてほしいと思いながらも、きっと、セレストさんは『わたしの好きにしていいですよ』と言ってくれるだろうから。

出会った頃からセレストさんは選択肢をわたしに与えてくれる。

わたしが自分で考えて、選べるように、いつだってセレストさんは我慢してくれている気がする。

『…… ユイは『霊樹の実』を食べるべきだよ』

ディシーのハッキリとした声を思い出す。

「……ディシーと死に別れるのはつらい」

「はい」

「竜王陛下に止められるかもしれない」

「はい」

わたしの言葉にセレストさんが頷く。

カップを置き、セレストさんの手に自分の手を重ねた。

「でも、セレストさんと一緒にいたい気持ちもあるよ」

「ありがとうございます、ユイ」

「だから、どうするかはもう少しだけ考えてもいい? ……覚悟ができてないんだと思う」

セレストさんもカップを置き、わたしの手を両手で包んだ。

「分かりました。どちらにしても竜王陛下に相談しなければいけないので、食べるかどうか判断するのはそれからでも遅くはないでしょう」

「うん」

セレストさんがジッとわたしを見つめた。

その緑がかった金色の瞳は綺麗で、吸い込まれそうだ。

わたしは立ち上がるとセレストさんに抱き着いた。

「でもね、前向きに考えるから」

セレストさんがギュッとわたしを抱き締める。

「無理はしなくていいですからね、ユイ」

「うん……ありがとう、セレストさん」

これまで沢山の優しい人達と出会ってきたけど。

「セレストさんがわたしの番で良かった」

この優しくて、温かくて、大切な人のために生きたいとも思う。

きっと、あとはわたしの気持ち次第なんだ。

* * * * *

午後はセレストさんと昼寝をして過ごした。

昨日は夜中も起きていたから眠くて、食堂でウトウトしていたわたしに気付いたセレストさんが三階まで運んでくれて、そのまま二人で寝たのだ。

……お昼寝ってなんでこんなに気持ちいいんだろう……。

木の家の中は快適で、くっついて寝るとセレストさんの体温でぽかぽかして心地好い。

二人で昼寝をしている間に日が傾いていった。

昼寝というには長い時間寝て、起きて、乱れた髪や服を整えて一階に下りる。

セレストさんがまたお茶を淹れてくれたので、まったり過ごしていればディシー達が帰ってきた。

「ユイ、ユニヴェールさん、宴が始まるそうです!」

「好きなだけ食べて、飲んでいいそうだよ」

と、ディシーとヴァランティーヌさんが楽しそうに言う。

「では、行きましょうか」

立ち上がったセレストさんが差し出した手を取り、私も立ち上がる。

手を繋いだまま、家の外に出て広場に向かう。

広場には小さくてカラフルな布とランプが紐で吊るして飾られていて、いくつもテーブルが出してあり、料理の良い匂いが漂ってくる。里のエルフがみんな集まっているようで結構な数の人がいた。

わたし達が入るとエルフの人達は振り返ったものの、最初の時のような警戒感はない。

戸惑う気配は感じるが、敵意もなく、穏やかな雰囲気であった。

たまに「ありがとう」とか「里や森が助かったよ」という声をかけてもらうこともあり、少し照れくさい。

「既に聞き及んでいるだろうが、精霊樹に力が戻った!」

「私達は過去に囚われ、精霊様のお客人を蔑ろにするところでした」

「いきなりは難しいかもしれないが、今後は他種族に対して考えを改めていこう」

長老達が言い、木製の杯を掲げる。

周囲のエルフからセレストさんとヴァランティーヌさんは杯を、わたしとディシーはカップを渡された。中身は淡い色合いの液体が入っている。

「精霊樹の快気を祝って!」

「良き友の助力に感謝して!」

「精霊様と皆の良き未来を願って!」

「乾杯!」と長老達が言い、全員で持っている杯やカップを掲げた。

一口飲んでみるとリンゴのジュースだった。

セレストさんとヴァランティーヌさんは多分、お酒だろう。

エルフの人達は賑やかに談笑したり、音楽に合わせて踊ったりと楽しそうにそれぞれこの宴を楽しみ始めた。

お酒や料理を勧めてくる人も多くて、セレストさんが一皿もらってはわたしに一口か二口分けてくれて、残りを食べてくれた。森で採れたものを使っていて、どれも美味しい。

ディシーはエルフの女性に囲まれて、料理のレシピについて話してるようだ。

ヴァランティーヌさんはベランジェールさんと話していたけれど、こちらに気付くとベランジェールさんとやや年嵩の男女のエルフが近づいてきた。

「ユイちゃん、セレスト、楽しんでるかい?」

「ええ」

「はい」

そばのテーブルに重ねられたお皿を見て、ベランジェールさんが笑った。

「相変わらずよく食べるねぇ」

「エルフの里の料理はさっぱりしているので、つい」

「竜人は肉好きだから、エルフの料理はちょっと物足りないか」

ははは、と笑ってから、ベランジェールさんが横を見た。

「こっちはあたしの両親。で、こっちはユイとセレスト」

ベランジェールさんの横にいた二人のエルフが胸に手を当てて一礼する。

「精霊樹の管理人、エヴラール=バルビエです」

「妻のウジェニーです。私も夫と共に精霊樹の管理を行なっております」

やや年嵩のエルフの男性と女性は、やはりベランジェールさんの両親だった。

昨夜、わたしに加勢してくれたのは男性──……エヴラールさんである。

「グランツェールで第二警備隊に勤めています、セレスト=ユニヴェールです」

「わたしもグランツェールの第二警備隊で事務員をしています、ユイです」

わたし達も同じ礼を返し、それから、わたしは言った。

「昨日はありがとうございました。エヴラールさんが長老さん達を説得してくれたおかげで、精霊樹に魔力を分けることができました」

「いいえ。精霊樹の管理者として、精霊様のご意向に従うのは当然のことです」

「こちらこそ精霊樹に魔力を分けてくださり、感謝申し上げます。精霊樹が力を取り戻したことで村の守りも高まり、周囲の森も活力が満ちてより豊かになることでしょう」

エヴラールさんとウジェニーさんと話していると、二人の間にベランジェールさんが挟まった。

「もう、二人とも堅いねぇ! せっかくの宴なんだから楽しまなくちゃ!」

と、言うその手にはお酒の入ったカップが握られている。

それにエヴラールさんとウジェニーさんが苦笑する。

「ああ、そうだな。セレスト様、ユイ様、どうぞ宴をごゆっくりお楽しみください」

「この度は本当にありがとうございました」

もう一度お辞儀をして、二人は離れていった。

ベランジェールさんがカップの中身を飲み干し、溜め息を吐く。

「まったく、長老達もあたしの言葉には耳を貸さないのに、父さんや母さんだと話を聞くんだから」

「ですが、今回の件でベランジェールへの態度も変わると思いますよ」

セレストさんの言葉に「どうだかねぇ」とベランジェールさんは肩を竦める。

「っと、噂をすれば……」

ベランジェールさんが視線をわたし達の後ろに向けたので振り向けば、長老達がいた。

三人が近づいてくるとベランジェールさんは「じゃあ宴を楽しんでね」と離れていった。

さっさと離れていったベランジェールさんに長老達が眉根を寄せ、少し呆れているようだった。

しかし、すぐに気を取り直したのかわたし達に話しかけてくる。

「改めまして、精霊樹を助けてくださり深く感謝申し上げます」

「皆様は精霊樹の、そしてこの里の恩人です」

「……これまでの無礼を謝罪する」

セレストさんがわたしを見たので頷き返す。

「謝罪を受け入れます」

セレストさんの言葉に、長老達はホッとした様子で互いに顔を見合わせた。

「ありがとうございます」

「これからは、いつでもバルビエの里にお越しください」

「……最高のもてなしで歓迎する」

……それは嬉しいけど……。

「あの、できればベランジェールさんの話を、もっときちんと聞いてほしいです」

「そうですね、ベランジェールの推測は正しかったです」

セレストさんも頷き、長老達はまた顔を見合わせ、反省した様子で少し肩を落とす。

「確かに、若いから浅慮であるとは限らない」

「ええ、あの子なりに精霊樹や里を思って、行動してくれました」

「ただ待つばかりの我らとは違った……」

そして、長老達が苦笑する。

「今後はあのような新しい風が必要なのかもしれない」

「守るつもりが、枝を寄せすぎて逆に日差しを遮ってしまっていたのでしょうね」

「……管理人として将来が楽しみだ」

長老達の様子にわたしもホッとした。

ベランジェールさんはきっと、これから里で嫌な思いはしなくなるだろう。

長老達は一礼すると去っていった。

賑やかな宴を眺め、セレストさんに寄りかかる。

「エルフの里で行われる宴は基本的に、同族しか参加できないのです。こうして私達が参加させてもらえるというのは、それだけ里にとって精霊樹が大切な存在だからでしょう」

「うん」

視線を感じて顔を上げれば、セレストさんが屈んでわたしの額にキスをした。

「よく頑張りましたね、ユイ」

嬉しさと照れくささで顔が緩んでしまう。

色々な人から『ありがとう』と声をかけてもらったのも嬉しいけれど、セレストさんに褒めてもらうのが一番嬉しい──……なんて言ったら他の人に失礼だろうか。

「さあ、宴を楽しみましょう。食べたいものがあれば、もらっていいですよ」

「セレストさん、あんなに食べたのにまだ入るの?」

「正直に言えば、少し物足りません。肉を食べたいです」

エルフの里の料理はキノコや山菜、川魚が主なのでセレストさんには物足りないらしい。

「わたしもお肉、食べたい」

二人で笑っていると、ヴァランティーヌさんとディシーが人混みの中からこっちに近づいてくる。

その手には鍋と取り分け用の深皿があって、近くのテーブルにそれらを置いた。

「肉が少なくてセレストはつまらないだろう?」

「昼間のうちにお肉をもらって作っておきました! シュヴルイユのヴァンルージュ煮込みです!」

以前は 牛(ブフ) だったけれど、今回は 鹿肉(シュヴルイユ) らしい。

セレストさんの雰囲気が明るくなる。竜人は本当に肉が好きなんだなあと思った。

ディシーが煮込み料理を深皿に入れて、セレストさんとわたしに、ヴァランティーヌさんに渡す。

セレストさんはさっそく、スプーンで肉を掬うと食べた。

結構大きい肉だったのに一口で食べられるのは、やっぱり体が大きいからか。

わたしも一口食べてみる。

野菜はニンジンとタマネギ、キノコが入っていて、少し青っぽい香りもする。

多分、香草が入っているんだろう。

トマトとワインの味が濃くて、肉の旨みもあって、すごく美味しい。

鹿肉は初めて食べたけど、ちょっとクセはあるものの臭みとは違う。

「美味しい」

「ええ、とても美味しいですね」

ディシーがわたし達の反応に、ニッと笑った。

「エルフの里の料理を見せてもらった時、絶対に『肉料理は必要!』って思ったの」

思わず大きく頷けば、セレストさんも同じタイミングで同じように頷いた。

そんなわたし達にディシーが嬉しそうに笑う。

「ユニヴェールさんもユイもお肉好きですよね」

「竜人は肉が好きですが、人の手が入ったものを特に好みますので」

「セレストさんがよくくれるから、お肉好き」

ヴァランティーヌさんが、あはは、と笑った。

「ユイはちょっと小さいし痩せてるから、もっとよくお食べ」

と、ヴァランティーヌさんに頭を撫でられる。

「がんばって食べます」

……だけど、もうこれ以上は色々成長しない気がする。

それでも、努力だけはしてみよう。