軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17 振袖と私

楽しくなってきたところで曲が終わった。

演奏する人たちも休憩なのか、飲み物に手を伸ばしている。

いつもの悪そうな笑みで気取ったお辞儀をした市井さんに連れられて、元のテーブルに戻った。私のお稲荷さん! が! ない!

「またとればいいだろうが」

食べかけのお稲荷さんは片付けられてしまっていて、市井さんが呆れ顔で新しい取り皿をくれた。顔には出てなかったと思うのにな……。

「やっぱり彬仁は面倒見がいいね」

「単にいい男なんだよ。俺は」

さっき手を振ってくれたおばさんも、挨拶回りが終わったのだと寄ってきてくれた。

「いや、あんたね、どっちかっていうと母親っぽいよ? それ」

「なん……だと?」

え、すごい。あの市井さんがダメージ受けてる。おばさんすごい。

一歩後ろによろめいた市井さんのことなど、まるでなかったことのように私の方へ顔を向けて微笑んだ。

「さつきちゃん。あの子は今どのあたりにいるんだろうね。この辺にいるかい?」

嬉しそうに、楽しそうに、問われたのはおかっぱのことだ。

あの時、転がり落ちた傾斜はそんなに高いものでもなかったからすぐに登れた。といっても、市井さんの手を借りて引き上げてもらったのだけど。

宝物殿の周りの臭いはすっかりなくなっていたから、中にもすんなり入れて人形も確認できた。

やっぱりおかっぱで着物の柄だって同じだった。人形の顔に詳しくはないけど、多分顔もほぼほぼ同じ。

ただ、一応宝物殿に納められていたものなのに、おかっぱはぼさぼさだし、着物はすっかり泥まみれであちこち焦げついたような穴まであいていた。

見当はつくものの、私たちは本来の状態を知らないのだから、ご当主やおばさんに見てもらったわけだ。ついでに言えば、石川さんもウハウハで戻ってきて、石をかき集めてた。

案の定、年末の大掃除をした時とは大違いだったらしい。

大掃除の陣頭指揮をしたおばさんが言うには、毎年ちゃんと埃も払って手入れしていたのだとか。

『もう何年になるのか……あら? あらやだ四半世紀を越えてるじゃないの。驚いちゃうわね』

丁寧におかっぱの髪を撫でて整えるおばさんの表情は、軽い口調とは裏腹なものだった。

まだおばさんが子供だった頃、年の離れたお姉さんが亡くなったのだと。

若くして亡くなったお姉さんはまだ成人も迎えていなかった。けれど成人祝いの振袖用の反物は用意がしてあって。

『私が成人祝いの振袖はね、その反物を使ったの。年は離れてたけど、仲が良かったからね。この子のも、その時揃いで作ったのよ。子どもの頃はねぇ、姉さんとよくここに忍び込んで、この子で遊んでいたから』

四半世紀ぶりに仕立ててあげようかねと、おばさんは人形を抱いてそう言った。

どうやらそこから丸二日で仕上げたようだ。人形サイズとはいえ仕事が早い。

着せ替えて綺麗になった人形本体は、すでに宝物殿に納めたと聞いている。だから私自身は、新しい着物を直接は見ていないのだけど。

「白地に桃色の手鞠柄、ですよね。かわいいです」

「あら! やっぱりいるの! 気に入ったかどうかわかるかい?」

「庭で遊んでます。私、会話はできないんですけど……多分、気に入ってるんじゃないかと、思います」

「そう……そう。よかった。ああ、私ももうちょっと若い頃なら見え……いや、その頃も見えてはなかったわ。あはは!」

ガラス窓の向こうを指さすと、そちらへと目を向けておばさんは笑った。

その細めた目尻にあるひとつぶの涙は、見てない振りをしたほうがいいんだろうと思う。多分。

おかっぱが亡くなったお姉さんなのかどうかとか、そんなことはわからない。

だけど、大晦日のお参りに向かう石階段で、転びかけたおばさんを支えようとしていた。

私がよく見ている異形たちとの一番の違いはそういうところだ。挙動がどこか人間臭いというか。

そのことは伝えてあるけど、おばさんは特にはっきりさせようとは思わないらしい。させたいと言われたところで、どうしたらいいか私にはわからないから助かった。

『うちは市井だからね。はっきりさせるのがいいこととは限らないし』

ご当主はおばさんの隣にいるのに聞こえてないような顔をしていたから、それでいいんだろう。

美しいけれど見てるだけで冷え込みそうな噴水の庭を、おばさんは柔らかな表情で見つめている。

おろしたてで輝くような振袖のおかっぱたちは、ケムと一緒に側転しながら庭をずっと横断し続けてるとは、ちょっと言うタイミングがなかった。

それはそれとして、あの臭い泡はなんだったのか。

市井一族は全員が軍に所属しているわけではなく、あらゆる業種に手を伸ばしている。

財閥とかいうんじゃなかっただろうか。確か前世で習ったと思う。前世とは違うことも多いけど、何が役立つかわからないからできる限り、習ったことは忘れないようにと心がけてはいる。だけどどうしたって遠くなった記憶はおぼろげになりがちだ。

今世でも同じく財閥と呼ばれるのかどうかはまだ習っていない。

仮にフレーズが同じだとしても意味合いが微妙に違っていることもあるからややこしいし、なんなら前世の記憶はノイズとなって勉強の妨げになっているのかもしれない。

それでも忘れたいとは思わないのだ。残っていても、薄れていっても、やっかいでままならないのに。

軍には研究施設があるが、市井にも同様の施設がある。石川さんは、両方に関わりが深い立ち位置にいると聞いた。

守秘義務とかないんだろうかと前世知識が顔を出すけど、そもそも軍のものというよりは、むしろ市井の出向機関な部分もあるとかなんとか。もうそのあたりまでくると前世知識関係なくわからない。すごく財閥っぽいと思うだけ。

ともかく、臭い泡については、市井が主となって調査をするらしい。ここで起きたことだし、順当といえば順当、なのかも?

視界の隅に、こちらへ動き出す父がひっかかる。

やっぱり来ちゃうんだ……。兄が止めようとしてる感じだけど、妹まで兄の手を振り切って父の腕にしがみついた。

「やっぱり兄ちゃんは多少わかってんな」

また耳近いー! もー! 父たちの方は見ないようにしてるのにー!