軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13 かごめと私

手が一番先に届いたのが、美代子の袖と兄の羽織だった。とっさにつかんだだけだ。選んだわけじゃない。

「……さつき?」

「母さまをつかんで!」

「いや! 触んないで!」

美代子には手を払い落とされて、兄は戸惑うばかりで母をつかまない。もう! 知らない!

「こっち!って……あっ、あっ」

兄を引っ張って向こう側へ戻ろうとしたけど、もうおかっぱたちの移動速度は自動車並みになっている。しかもスキップだ。高速スキップ。大縄跳びに入れない子どものようにたたらを踏んでしまった。

「何して……なんだこれ」

「な、なんなの」

「ちょっとお前! どういうことなの!」

白いガラスのドームに閉じ込められたかのような状況で、私を責めるのが第一声の美代子は本当にぶれない。

「う、うわっ」

「ひっ」

「いやぁ! 動いてる! 人形が動いてる!」

あちらとこちらの境目を、おかっぱたちが列をつくって高速スキップしている。

この人たちも、こちらでは見えるようになるのか。

母や美代子はともかく、後継の兄は異形の知識くらいありそうなものだけど、仲良く肩寄せ合って怯えている。

もう周囲には人影も何もない。ケムも、いない。え、いない。どうして。

「さつき! 早くこっちに来い!」

兄が私に手を伸ばした。普段だったらすごく驚いたと思う。なんでそんなことって。

だけど今私はそれどころじゃなくて。

「――ケム?」

隠れるところなんてどこにもない。

ここは私たちとおかっぱたち以外何もないのはわかりきっているのに、ケムがいないことが信じられなくて辺りをぐるりと見回した。

「ねえ、ケムってば」

私の視線を追うように、境目にあらゆる種類の時計が次々と浮かび上がっていく。

アナログもあればデジタルもあって、カチカチ、ピッピッと秒を刻む音が重なっていく。

いや、秒だろうか。それにしては速くなっていってる気がする。

母と美代子のとりとめのない悲鳴や私への叱責の声が邪魔だ。

この人たちも連れて帰らなきゃ駄目だろうか。

カチカチカチカチ、ピッピッピッピと、速まり大きくなっていく音にひきずられて、私の鼓動も早くなっていく。

どうしよう。出口を見つけなきゃ。

耳の中で鳴っているのが鼓動なのか時計の音なのか。

そのあやふやさが、さらに気を急かしていく。

おかっぱたちが、寸分たがわぬ動きでぴたりと立ち止まり、体ごとぐるりと一斉に私たちの方を向いた。

「――ひぃっ」

どっちの悲鳴だ。私じゃないはず。

おかっぱたちの背後には、白い靄の壁が立ち上がっている。

私たちを取り囲んでいるから三百六十度おかっぱで、しかもそれぞれ手をつなぎ、かごめかごめ隊列をつくっていた。

カチカチカチカチ

むきだしにした歯を打ち鳴らし、頭を小刻みに左右に振り。

怖いんだけど! 剥き出しの歯以外は人形らしく無表情だし!

「さつき!」

母と美代子にしがみつかれながらも、なんとか三歩踏み出した兄が私の腕を引き、おかっぱの輪の中心に戻る。

母たちごと背後に隠してくれたけど、三百六十度おかっぱだから、あまり意味はないと思う。

意外過ぎる兄の行動が続いて消化できない。

そしてケムがいないことに気をとられて気がつかなかったけど、亀モドキとワニモドキが大きくなっていた。

美代子は頭のてっぺんを大口をあけたワニモドキにかぶりつかれているし、母の亀モドキは甲羅の毛がぐんぐん伸ばして母の首に巻きつかせている。

「やだやだやだもうやだなにこれ――いやああ! 母さまぁ!」

「み、美代子さん、おおおおちついてっひぃいい!」

お互いが背負っている異形に気がついて、突き飛ばしたいのか、すがりつきたいのか、どちらともわからない動きで絡み合いはじめた。

ワニモドキも亀モドキも、確かに怖いものではなかったはずなのに、鼻先にくるほどの至近距離に来たせいか。

ぞわぞわと悪寒が走る。

思わず後ずさろうとして兄の背中にぶつかった。

逃げ出したいのに、兄が私の腕を後ろ手につかんだままだ。

「おおおお落ち着けっ、おま、お前は何もできないんだからっ、ひっひっこんで――でっ? でっ、うっうわああ! 母上っ美代子っ」

がくがくと震える手に力がさらにこめられ、振り返ってから三度見の後で悲鳴をあげた。

カッカッカッカッ

おかっぱたちが、じわじわと包囲網を狭めてくる。

兄は母たちとおかっぱを何度も交互に見て、どこに向かうべきなのか判断がつけられないようだ。

それでも私の腕から手を離さない。

……今まで全く思いもしなかったけど、もしかしてこの人はツンデレなの?

肌身離さず持っておけと言われていたから、魔道具を入れた袂落としを仕込んでいる。袂の中に入れるポシェットのようなものだ。入れてはおいたけど、素早く取り出す練習もしておくべきだった――っ。腕をつかまれているせいもあってなかなか出せない。

「兄さまぁ」

「清さんっ」

「ま、待て、今、なんとか……な、なんとか? さつきっ離れるなよっ」

どんどんふくらんでいく亀モドキとワニモドキが重いのか、ふたりは腕をつかみあいながらへたり込んでしまった。

兄はへっぴり腰で近づこうとしては足をすくませていて、頼りないことこの上ない。だけど逃げないんだ?って思った。逃げるところはないんだけども。

「これ持っててくださいっ」

「え、あっ、おい!」

腕をつかんでいる手を振りほどき、代わりにやっと取り出せたビー玉型魔道具を握らせた。

正直、このふたりなんて放っておいていいのだけど。

むしろそうしたいくらいではあるんだけど。

「――っうぅっ、えーい!」

いくらかひっぱりやすそうな亀モドキの甲羅っぽいところをつかんで、母からひきはがした。

そのままできるだけ遠くに放り投げる。甲羅から生えているふっさふさの毛束が、まるで名残を惜しむように手の甲に触れて、ざわっとした。きもちわる!

次はワニモドキ。二匹とも案外と軽くて私の力でもなんとかおかっぱたちの手前くらいまでは飛ばせた。ワニモドキの皮は妙にぬめっていてぞわっとした。ほんと気持ち悪い!

続けざまに兄に持たせていたビー玉で、結界を起動させた。

美代子も母も泣きわめきながら、兄の足にしがみついている。

きぃんと歯車の魔法陣が浮かびあがり、立ち上がった光の柱は網状になって左右に広がった。

だらんとされるがままに転がった異形二匹は、気だるそうにのろのろと身を起こす。

おかっぱたちの輪がずれて、その中心がその二匹となった。おかっぱに結界は関係ないらしい。

「さ、さつき、やったか」

「それ言って欲しくなかったぁ!」

「何がだ!」

私ができるのはここまでで、あの結界の維持時間は三分だ。

おかっぱたちはすごく盛り上がっているのか、今や異形を囲んでステップを踏んでいる。まさかあれはマイムマイムでは……。

どうしよう。ケムがいない。

後から考えればケムが役に立ったことはない。どうして気持ちが急くのか自分でもわからなかった。

おかっぱと異形の光景は、見ようによっては滑稽だ。

だけど怖い。すごく怖い。

ワニモドキも亀モドキも動きはすごくゆっくりなのに。

爛々と目が輝きだして、私を標的に定めたのがわかった。

やだ怖い。

「ケムぅうう!」

「そこは俺を呼ぶところだろうが!」