軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8 OKPと私

異形の姿は千差万別といってもいい。物心ついた頃からその辺に何かしらいたから、どんな姿形でもそれほど怖いと思ったことがなかった。

怖いと思うのは外見によるものでもなかったし、あまり深く考えたこともない。

今更気がついたけど、そういえば異形は大体ベースが生き物っぽいものだった。

その場スキップのようになかなか前に進んでいかないおかっぱ頭が、何体も右から左へと一列に続いていく。

もしかしてこれ怖いかも。

いつも異形のことは見ないふりをするのだけど、それもできずにいた。

怖い異形とは違う怖さがある。

ケムが飛び跳ねながらしれっと行列に混ざっている。

私は掛け布団にくるまったまま動けない。

延々と行列は続く。何体いるんだろう。

どこに行くところなんだろう。

段々と緊張もとけてきて、眠くなってきたかもしれない。

ケムも行列に紛れているけど、左端に消えていったら右端からまた出てくる。

もしやこの行列、ぐるぐる回ってる? どこを?

うとうととそんなことを考えているうちに、まぶたがおりてきて。

ぴたりと唐突に止まった人形たちの顔だけが、一斉にぐるっとこちらを向いた。

跳び起きて廊下に転がり出た私の反射神経は過去一だったと思う。怖!

「おぉっと」

そのまま壁に激突する寸前の私を、市井さんが腕だけで止めてくれた。市井さんだ! 市井さん!

「何やってんのお前」

「おおおおおかっぱが」

「はあ?――見えはしねぇな」

首をかしげる市井さんを盾にして、私も一緒に部屋を覗き込む。縁側を側転しながら渡っていくケムしかいなくて――。

「いなくなりました……あれ? 市井さん随分早くないですか」

「早くはないだろ」

「ですよね。夜だ」

「何言ってんのお前」

確かに今さっきまで外は明るかったのに。

明かりをつけていない部屋は暗い。えー? 私寝てた? いつから?

晩御飯はおそばもついた年取り膳だった。

品目としてはおせちで前世はお正月に食べていたものと同じだけど、ここでは大晦日らしい。

年神様にその年の感謝の祝いをして、お風呂に入って、除夜の鐘の前から山を登って二年参りをするのが今夜の予定だ。明け方にはまた儀式があるとかなんとか。

お昼とは違う大広間で、集まった人は三十を超えていると思う。長い座卓がいくつも並んでいて、かなり離れた席に石川さんと伊賀さんの姿も見つけた。

蓋をとった重箱がどんどんと卓に並べられていくのだけど、そこに箸を伸ばすのは気が引けてしょうがない。だってやっぱり市井さんの隣だから上座に限りなく近いんだもの。同じ座卓についているおじさんたちも、絶対偉い人に決まってる。昆布巻きと栗きんとん美味しそうなのにな……。

市井さんがわかってるぞ風に、数の子の大きいやつを取り皿にとってくれた。違うけど美味しい。私の取り皿とは別にあるケム用のにも黒豆がのせられる。

大広間だけあって床の間も広い。日本刀が飾られていて、その隣に置物みたいな顔して大きなカタツムリモドキが鎮座していた。足のあるカタツムリの前足?が香箱を組んでいる。

人も多いけど異形も多い。市井一族でもみんながみんな視えるというわけでもないらしいけど、ここの席に着いている人たちは視える人が多そうだ。障子の木枠でクライミングしているケムがいる辺りを見て、一瞬ぎょっとした人が何人もいた。

本部の人たちも最初は同じような挙動をしていたものだ。素早く表情を戻して平然として見せるのは、討伐を生業としている者としてのプライドなのだと教わったのはつい最近のこと。

私は異形を見えてない振りするのが日常だったから、それと同じだとばかり思ってたけどちょっと違った。私の場合は別に怖くてそうしてるわけじゃない。じいちゃんの言いつけだったからってだけ。

「もしかして人に憑いてるのでもいるか」

「ひぇ」

不意に耳元でささやかれて、お吸い物を落としそうになってしまった。近すぎるの。近すぎる。

私の様子で察してくれたのだとは思うけど、それは余計におかしくなるのでやめてほしい。

「彬坊ぉ、やーらしいなぁ」

「黙れじじぃ」

向かいの席のおじさんがげらげらと笑う。割とさっきから揶揄われている市井さんが、ちょっと子どもみたいで新鮮だ。

すごく近いとこにある市井さんの顔を見上げると、耳を貸してくれた。

「ずっとおかっぱがこっち見てるんです」

「ほーお」

縁側にいた市松人形が、開いたふすまから顔を半分だけ出している。めちゃめちゃこっち見てる。

晩御飯の前に、夢かもしれないけどと前置きして報告したら、多分また狭間の世界に迷い込んでいたんだろうと見立てられていた。あちらに行くと確かにちょっと時間感覚が狂う。眠ってしまったのではなく、あちらへ行っている間にこちらは夜になってしまっていたということだ。

明け方近くに儀式があるから深酒はしないと聞いていた通り、大広間は和やかなざわめきに満ちている。人形に気づいている人はいないらしい。俺に見えないなら見える奴はいないだろうなって市井さんも言っていた。

市井さんに見えないってことは、弱い奴のはず。怖いけど。というか、動く日本人形が怖くない人ってそんなにいないと思う。

半分だけ見えている顔が、ふすまの縁に沿ってすーっ、すーっと上下に動く。

手品でこういうの見たことある。怖いんだかなんだかよくわからなくなってきた。

異形は常に身の回りにいたけれど、これほどガン見されることはほとんどない。

もしかしていつもの異形とは違う、別の何かなんじゃないだろうか。

「この後の風呂は女衆と行けよ。ひとりにならんほうがよさそうだ」

「え、あ、はい……?」

お風呂はそんなに大きいんだろうか。きっと大きいんだろう。それは楽しみだ。気分があがる。

「どうしてもっつんなら俺と入ってもいい」

「イヤですっ!?」

「彬坊ぉ、やーらしいなぁ」

「うっせぇよじじぃ」

「彬坊はおっちゃんが一緒に入ってやるからなー我慢しろよー」

「ふざけんなじじぃ」

一瞬真顔だったからびっくりしたけど、おじさんとのやりとりが楽しそうで笑ってしまった。

これで仲良くはないっていうのだから大人ってすごい。