軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1 お歳暮と私

年の瀬が慌ただしい賑やかさにあふれているのは今世でも変わらない。

私が所属する異常現象対策部は帝国軍ではあるけど、他の部とは採用条件や組織の体制などが色々と違っているとは最初に習った。相手にするのが妖なのだからもっともなことだと思う。それでも二十四時間シフト制とか勤務形態は同じだ。土日祝日夜間と、誰かが詰めている。

偉い人である市井さんの直属である私はそれに組み込まれてはいないけど。

だから年末といっても本部の敷地内は日常通りだ。日課のランニングや柔軟、多岐にわたる講義を粛々とこなしつつ、市井さんの書類仕事のお手伝いをしたりする。

そして普段と同じ感覚で休みの日に近くの商店街へと出向いて、その賑わいに怯んでるのが今。

いや、平木の屋敷近くの商店街だって確かに年末の混雑はすごかった。でもここまでではなかったのだ。何せ人波に流されて目的の店にたどりつけない。通りの反対側へ移動できなくて店の前を二回通り過ぎてしまった。

私がどんくさいわけじゃない。他の人には人間しか見えていないけど、異形が見える分、私にとっては五割増しの混雑なんだ。

「……お前何やってんの」

気合を入れ直してもう一度引き返そうとしたところで、呆れたような声がかけられた。

「……こんにちは。今日は私お休みです」

伊賀さんの意味不明な小言を警戒してしまうのは、もう仕方ないと思う。ここ最近は以前ほどではないとはいえ、それまでがしつこかったのだから。

「ふうん。さっきからうろうろしてるのは迷子なのか」

「違いますって、なんで知ってるんですか!」

「偶然だからな! そこのカフェにいたから見えただけだ!」

またストーカーしてたのかと身構えたら、私が行きたい店の斜め向かいにあるカフェを指差された。

大きなガラス窓から通りを臨めるそこは最近できたばかりのはずだ。なるほど。確かに窓際にいれば行き交う人をよく眺めることができるだろう。つまり。

「溺れてんのかっつうくらい流されてるのが往復してりゃ目に止まるだろ!」

それはそう。これは恥ずかしい。ぐうの音もでないとはこのこと――っ。

この人にだけは見られたくなかった……。

「あのカフェ、美味しかったですか」

「まあまあだったけど、兄さんは満足しないレベルだな」

もしやこの人は市井さんのためにお店の新規開拓までしてるんだろうか……。当たり前だろって市井賛歌が始まるに決まってるから、わざわざ訊こうとは思わないけど。

「どこ行こうとしてたんだよ」

それじゃあと、もにょもにょ濁して立ち去ろうとしたのに引き留められたから、しぶしぶ目的の店の名前を告げた。

「ああ、両隣が年末の安売りしてんのか」

軽く背伸びをして通りの向こうを覗いた彼は、把握したとばかりに頷いた。そうなのだ。だからがっちりと人垣ができていて余計にたどりつけないでいた。

「ん、――っだぁ!」

突然こちらに突き出された手にケムが乗っていて、伊賀さんが飛び上がった。私までびっくりするくらいの飛び上がりっぷりは人目を惹いて、周囲を見回した彼の顔がみるみる真っ赤になっていく。

「だっ!……だからどうして野放しにしてんだよっ」

叫びかけて我に返ったのか抑えた小声で文句を言われた。めちゃくちゃ腰が引けてるし、払い落されたケムは足元で逆立ちしている。

そろそろ慣れてくれてもいいのに……。仕方ないからケムを拾い上げて握りしめた。

「あー……、ここ。ここ掴め」

ぐしゃぐしゃと自分の髪をかき回した伊賀さんは、私に背を向けて自分のベルトの背中側を指差す。

えぇ?と思いつつ掴んだら、そのまま人ごみをかきわけて店の前につれていってもらえた。

「あ、あの、ありが「いいか! その、そいつにちゃんと言い聞かせておけよ!」――何をですか」

「おおお俺を狙うなって!」

「はぁ」

「言っとけよ! 別に怖いわけじゃないけどな! 言っとけよ!」

まくしたてられてお礼も言えなかった。

大蛇モドキの湖の件からこちら、伊賀さんの態度はこうしてかなり軟化している。小言もあるといえばあるけど、だいぶ減った。

温泉宿で別れる時にはストーカーの件も改めて謝ってもらえたし、魔水石の浄化の件もあって多少は認めてくれたのかもしれない。

へっぴり腰のまま人ごみにまた消えていった伊賀さんを見送ってから、懐の財布を確認して店に入った。

はじめてもらえたボーナスが入った財布だ。

初任給は勤めはじめたタイミングもあって、生活必需品で消えてしまったし、このボーナスも満額じゃない。だけどもともと住み込み賄い付きの仕事だ。一気に潤った懐具合にほくほくが止まらないというもの。

商店街に入っている店はどこも品ぞろえが豊富だ。人数もさることながら、割と偉いほうの軍人さんやその家族の住む屋敷が連なっているせいもあるんだろう。

各地方の乾物から異国の缶詰まで取りそろえた店の棚は、ぎっしりと雪崩がおきそうなほどにあふれんばかりだ。

社会人として、お世話になった人にはお歳暮を贈らなきゃいけない。

前世は高校三年生までしか生きていないしお歳暮システムに縁はなかったけど、今世では平木に届けられるお歳暮の仕分けもよくしていたからちゃんと馴染みがある。

市井さんにと思ってここに来たのだけど、伊賀さんにも必要だろうか……それはそれと割り切って贈ったほうがいいのかもしれない。社会人として……。

その夜の食堂で、今年は大変お世話になりましたと口上を述べてからお歳暮を渡すと、市井さんはひどく驚いた顔で目を瞬かせた。

「おー……これはまたご丁寧に。心遣いいたみいる」

背すじを伸ばして居住まいを正し、礼をしてくれる。ちょっとくすぐったくてにやつきそうになる口元をひきしめた。

ぱっと頭をあげた市井さんは食べ終わった夕食をお盆ごと端に寄せて、豪快に包装紙をはぎ取る。大人の男性がいきなりクリスマスの朝の子どもみたいになった。

「お前、若いのに時々えらくしっかりしてんなぁ。――おっ」

詰め込んだのは全国あちこちの名産乾物だ。老舗の味海苔も入れた。

「これ美味いよなー! 鮭とば!」

「荒巻鮭と迷ったんですけど、やっぱりすぐ食べられるものがいいかなって」

「いい選択だぞ。さつきはいい子だなー。ほれ」

さっそく鮭とばのうち大きな一本を裂いて、分けてくれた。剥いだ皮をもらったケムは、素早く体に巻きつけている。

もらった鮭とばをもう一回裂いて小さくしてから噛むと、しょっぱくて硬くて美味しかった。私はお酒を飲んだことがないからわからないけど、これおやつにもとてもいい。