軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 釜めしと私

木製のふたを載せた陶器の釜は、ひとり分の小さなものだ。それでもどんぶりくらいはある。四角い盆には香の物の小皿に味噌汁、それと練り餡をまとった一口サイズの餅。釜のふたをあけると、ふわりと立ち上がる出汁の香り。テリツヤのある鶏肉はほどよくタレが絡まっている。肉厚のしいたけにうずらのゆでたまごと、オレンジ色のは何かと思ったら杏子らしい。おっきな栗もあって、他にもごぼうやタケノコ、グリーンピースが彩りよく茶飯の上に行儀よく並べられていた。市井さんは真っ先に杏子をかじったけど、私は最後に食べようと栗とともに釜の端に寄せた。

ほろりと崩れる柔らかな鶏肉をひとくち堪能して、その下から茶飯も追いかけひとくち。しょうゆの風味と出汁のバランスの良さ……美味しいっ。三粒あるグリーンピースのうち一粒だけを盆の隅にそっと置くと、ケムがお手玉をはじめる。一粒だから真上に投げては受け取っているだけなんだけど、多分お手玉のつもりなんじゃないかと思う。市井さんがその横に置いたごぼうの味噌漬けは、バトンのように左手で回されている。ケムは時々妙に器用だ。

「美味いかよ」

「はいっ」

よし、とうなずく市井さんは満足げだ。

一応全国に汽車は走っているし、あちこちに有名な駅弁なんかもあるらしい。このお店もそのうちのひとつなのだけど、駅ではなくてこうしてお店で食べることもできる。

異常現象対策部はあちこちの地方にも分室があって、そこで手に負えなければ市井さんたちが出張することになる。だから全国各地の美味しいものを知り尽くしているのだと、伊賀さんが教えてくれた。

対策部で一番の食道楽が市井さんなのは間違いない。ただ基本的に市井一族はその傾向が強いというか、家訓らしい。いつどうなるかわからないのだから、美味いものはしっかり食っておけみたいなそういう。そう聞くと美食というリッチさとは裏腹の何か殺伐としたものがあるような気がしないでもない。でも、おかげで私もご相伴させてもらえるからありがたい。

鐘守のところから本部へ帰る車に送ってもらっていた石川さんは、伊賀さんの魔動二輪車のサイドカーに同乗して昨日のうちに本部へと帰っていった。

俺が風邪ひいたらどうすんだよとか町長に報告しなきゃなとかいろいろ理由をつけて私たちだけもう一晩泊まったのは、多分ここの釜めしを食べたかったんだと思う。

結局町長はまだ隣町から帰ってきてなかったから会えなかったし、秘書に終了したと一言伝えただけだ。

それでも今朝は、湖が昨日よりさらにきれいになっていたのを横目に見てから宿を出発した。

『やっぱり仕上がりは確認しなきゃなって思ったわけよ』

ひどくご機嫌な市井さんの言葉はすごくとってつけた感があったけど、うなずいておいた。ドアの取っ手にかじりついていて返事する余裕がなかったからだ。山道のカーブは速度を少し加減して欲しい。行きの道よりもずっと激しかった。

「ああ、そうだ。帰ったら講義の時間割を組み直すぞ」

薄味のたけのこは鶏肉の濃い味をリセットしてくれる。歯ごたえを楽しんでいると、すでに食べ終えた市井さんにそう宣言された。手にしているのは食後のお茶なのに、まるで晩酌しているかのように寛いでいる。

今でさえ体力づくりの訓練と講義がいっぱいで、助手としての仕事をする時間は多くない。さらにそれが減るとなれば少し気がひけてしまうけど、私は足りないものが多いし将来を見据えた投資だとも言ってもらえるから甘えさせてもらっている。

前世では特に勉強が好きだったわけじゃない。だけど全然学ぶ機会を与えられなかった今世では、それがどんなに貴重なことなのかわかっているつもりだし、正直楽しくもある。

しっかりとたけのこを味わってから、姿勢を正して続きを待った。

「普通に食いながらでいい」

「はい!」

「おう」

しいたけの旨味がすごい……っ。美味しい……っ。

「やっぱりお前、魔水石の浄化できてただろ?」

「あれはできてたんでしょうか……」

確かに魔水石は様子が変わっていた。半透明に曇っていた石は磨き抜かれた宝石のように輝いて透明感も増していたし、何度か見せてもらった魔道具にセットする直前の魔水石そのものだった。

とはいえポケットに入れていただけなのだから、私がやったと言われても疑問しかない。

「俺じゃねぇんだからお前だろ」

「むぅ」

まるで説得力がないんだけど、それはそれとして。もし私がやったのならうれしいものでもある。意図してできるようになれば、また多分役に立てることが増えるのだから。

「前例がないからなー。やり方の確立はお前自身がするしかない。とりあえず研磨とかから覚えてみるのがいいんじゃねぇか。魔水石の扱いを知るのは無駄にならんだろう」

「なるほど」

「ただ、ゆうべ話した通り、お前の能力は外部にあまり漏らしたくない」

「はい」

「で、俺と伊織のどっちに習いたい?」

「市井さんに決まってるじゃないですか!」

そりゃ魔道具に関しては石川さんに教わったけど、あの人いちいち怖い。怖い異形とは別種というか、異形より得体が知れない。どっちに習いたいかなんて考えるまでもないことだ。

「だよなー。俺もそうだと思ったんだけどよ。伊織がかなり食い下がりやがってよ」

「市井さんがいいです!」

「わかるわー。俺、教え上手だしなー。有能だからなー」

この人、わかってるのにわざわざ訊いたんだ! すっごく得意げだもの!

教え上手なのはその通りだから否定はしないけど、どうしていつも突然大人げないんだろう!

なんだかそんな話でもないのに妙に恥ずかしくなってきて、最後に食べようと思っていたはずの杏子をかじった。

「それ、意外と飯に合うよな。最後のひとくちを茶飯と一緒に締めるのがまたいいわけよ」

杏子は思った通りに甘酸っぱくて、だけど不思議と茶飯によく合っている。最後のひとくち用に残りの杏子を脇にまた寄せた。

もうほんとどうしてそんな楽しそうな顔してるのか。味がわからなくなりそうだからやめてほしい!