軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14 岩壁と私

襖を開けて飛び込んだはずなのに、後ろを振り返っても同じような砂利道が続いているだけだった。

崖の明かりは次々増えていって、今では前後左右からくまなく谷間の底に延びる道を照らしている。

一本道だ。前か後ろに進むしかない。

後ろの遠くにゆさゆさと揺れる何かがこちらに向かってきているから、前一択。

靴下だけの足は砂利道でもさほど痛くはなくてほっとした。

青灰色の空から降りる光のカーテンは、前世ではテレビでだけしか見たことがないオーロラと同じように見える。だけどオーロラはさすがに顔に触れるほど近いところできらめきはしないだろう。

崖に灯る明かりは、横穴の上部にぶら下がる提灯やランタンだ。和洋中各種入り乱れて統一感など全くない。

なのに不思議と神社の境内で行われるような祭りの風情があった。

それは穴の入り口に木のテーブルがあったり、いびつな鍋が積み重ねられていたりするせいかもしれないし、行きかう異形の中には浴衣を着崩した魚頭がいたりするからかもしれない。首から下は人の形だけど帯が袈裟懸けになっていた。

「どうだ」

「変なところはどこにも……?」

「まあどこもかしこもおかしいからな……」

お上りさん感覚で見物していたわけじゃない。

私はちゃんとこの空間からの出口を探している。それがどんなものなのかさっぱりわからないけれど。

横穴には板の 庇(ひさし) があるところもあって、ウニモドキがいくつもぶら下がっている。ケムがヨーヨーみたいにひとつ振り回しながら、さっきからずっと私たちの周囲をぐるぐると走っていた。そういえばこの間もウニモドキで遊んでいたけれど、何か近しいアレなんだろうか。見た目は若干似てるといえば似てる気がするし。

「あいつまたどんどんでかくなっていってるよな」

「ですね」

「意味は……」

「気分、とか?」

「だよな」

前回大きくなったときだって、それで特に何があったわけでもないし、元に戻るときのきっかけだって見当もつかなかった。

思ったより痛くはなくても廊下を歩くようにはいかない。石に足をとられてふらつくたびに、つないだ手が引き上げてくれる。

「振り向くなよ」

「はいっ」

背後から追いついてくる気配に振り向きかけた顔を慌てて戻した。

この空間に入ったときにも言われてはいたけど、どうしたって気になってしまう。

視界の隅にちらりと入り込んだのは、多分、おそらく、トミエさん だ(・) っ(・) た(・) ものだ。

腕が七本に増えているし、お嬢様らしく白かった肌にはみっちり苔がむしている。だけどタコもどきより着崩れて引きずっているだけのそれは、確かにさっきまでトミエさんが着ていたフリルとレースがたっぷりのブラウスだ。チェック柄のロングスカートはどこかに落としたのか見当たらなかった。足が五本あるから納まらなくて破けたのかもしれない。足にむしている苔はところどころ剝がれていて、濃い灰色と黒の砂目が見えている。

関節がなくなったかのように、ぎこちなく左右に揺れながらも歩幅が広い。着実に私たちとの距離が縮んでいた。

「ささサチコよりきれいってヨシオもヨシオもいってたの」

今ではどこから出てるのかわからなくなった声だけはトミエさんのままだ。誰ヨシオ。

もう結構な距離を歩いていると思うのに、提灯と異形が増えていく様子以外に変わるものがない。ずっと谷底を市井さんに手をひかれながら歩いている。

「お。いたな」

そろそろ景色も単調に感じはじめた頃、市井さんが足を止めた。

右側の崖を天然の岩階段にそって登る異形たちを見上げている。

その視線の先ではトカゲもどきや二足歩行するクワガタもどきが、えっちらおっちらと地蔵を神輿のように担いで行列をつくっていた。時折小石がからからと転がり落ちてくる。

「あの地蔵……」

「まあ、あの地蔵だよな」

行列は地蔵をいくつも運んでいる。大半の異形は運び手だけど、ときどきごろんとした太い蛇みたいなのが乗って……なまこ? 触覚っぽいのを出して振っている。

それはいいんだけど、市井さんが立ち止まったままだ。トミエさんがどんどん近寄ってきてるのに。

「さつき。魔水石の特徴は?」

「えっ、えっと」

後ろを振り返らないようにしつつも気配だけは感じ取れて、突然はじまった復習の時間にそわそわしながら答える。

「ま、魔道具の動力源になる前も、魔よけの飾り石として重宝されていて」

なんだっけ。そう、水石だ。水盤や砂を敷き詰めたお盆にごろんと載せて山や風景に見立てて飾るもの。

「水盤の水や撫でる人間の皮脂や魔力で艶が出たり透明度が増したりするのを楽しんだりもする、ものです!」

「強い魔力や蓄積された魔力の量で、輝きも魔よけの性能や効率も変わってくるわけだ。より多く魔力を内包できる石は動力源としても価値が高い。だから国をあげて確保しているし、鐘守も良質な産出地として国に監視されている。習ったな?」

「……はい! お、覚えてます!」

「それもあって俺が来た」

「わかりません!」

なんで⁉ 討伐が仕事だって!

「そらお前、大人の事情だ」

「ええええ」

「あれはさすがに予定外だけどよ」

崖から後方へと視線を移して振り返った市井さんにつられて、私もトミエさんに真正面から向かい合ってしまう。もう振り返っていいのだろうかと聞くよりも先に、すらりと抜かれた刀がオーロラの柔い光を跳ね返した。