軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13 迷子と私

古い屋敷の長い廊下は薄暗い。

てっきりあてがわれた客間に向かっているのだと思っていた。だって荷物がまだあるし。

でもここまで長い廊下だったろうか。

先ほど通った時、この雨戸は開けてなかっただろうか。

私の視界にはいつもどこかに小さな異形たちがいて、向こうも私を気にかけやしないし私だって素知らぬ顔を貫いてはいる。

でもなんの気配もない薄暗さにどこか足元が頼りなく感じるのは、すっかりそれに慣れていたからなのかもしれない。

市井さんの広い背中で行き先が見えない。

背後からはお膳の上を滑っているのであろう食器の立てる音が追ってくる。

「いちいさまいちいさまトミエは町で青い帽子をトミエがほしいのはぜんぶトミエの」

単調な声音でつぶやき続けられるのは、とりとめのない欲ばかりだ。

ワンピースが欲しい、真珠の首飾りが欲しい、サチコのよりきれいなハンカチ。サチコって誰。

ずっと制服の裾をつかんだままの手に、さらに力をこめた。

「い、市井さん」

「走らなくていいぞー。そのままついてこい」

一瞬だけ肩越しに私を見てから、裾をつかむ私の手をぽんぽんと後ろ手で叩く。

「ああなった人間は見たことなかったか」

「ははは、はい」

「そりゃまた意外だ」

その言いぶりはまるでよくあることのようだ。いや、人間に害がある妖を討伐するのが仕事なのだから、よくあることで間違いないのかもしれない。私はてっきり物理的に害があるのだと思っていたのだけど。

「斬っちまえば楽なんだがなぁ……なあ、さつき」

「はい、はい? 切る? 斬る⁉ はい⁉」

「だよなー。さすがに俺もちょっとまださつきには早いんじゃねぇかと」

市井さんの腰で揺れる刀はお高い魔道具ではあるけれど、斬れ味も抜群なのは知っている。

先日の討伐で一振りダメにしたからって新しく支給された時の試し切りを見学した。

巻き藁をすぱんといっていた。すぱんって。この刀で? これで? なにを?

だって私が見たことあるのは、妹の美代子におぶさったワニモドキとかだ。

異形を体のどこかに乗せてたり絡みつかれていたりしている人間だって、当の本人はいたって普通のままだった。いや確かに美代子は普通よりも飛びぬけて性格が悪かったとは思うけど、あれは前からだし。

斬っちゃうのだろうか。トミエさんを。

挙動はおかしいけど見た目はまだ、いや、目つきもおかしいけど、でも。

「まあ、手遅れかどうかも今んとこわかんねぇしな」

市井さんは私の手を裾から離れさせて、そのままつないでくれた。

人間を斬るだなんて、考えてみても現実味がない。

ましてや好意的なものではなくとも言葉を交わした相手だ。

うまく想像ができなくて急に冷たくなってしまった指先には、男の人の体温が熱く感じられる。

「この速度でついてこい。アレとの距離をこのまま保て」

「はいっ」

砕けそうな腰に力を入れて返事をした。

もう結構な距離を歩いている気がする。だけど少し早足な程度だから普段ならこのくらいで息切れなんてしない。それなのに心臓は少しばかりうるさくて、弾む息も熱い。

「つれていってつれていってトミエはきれいきれいでしょ町につれていって」

もう壁は闇に沈んでる。

行く先も真っ暗で、けれどほの明るい襖が浮いてるように一定間隔で続いていた。

自分の息遣いの合間に入り込むトミエさんの声が響く。

数歩先までだけかろうじて見える板張りの廊下を滑る靴下の音も、早足で進む衣擦れの音も聞こえなくなっている。

「ひゃ」

市井さんの急停止に反応できなくてつんのめったけれど、つないだ手のおかげで転ばずに済んだ。

立ち止まった彼はびくともしないまま左右を見渡して前髪を雑にかき上げる。え。止まるの? 後ろ来てるんだけど!

「さつき。俺らの部屋どこかわかるか」

「迷子⁉」

「ちげぇわ! くっそ。荷物とりに行きたかったんだがな」

え、嘘。そりゃなんかおかしなことになってるとは思ってたけど!

こんなに廊下長いはずなかったし!

今は明らかに普通の廊下じゃないし!

でも市井さん自信満々に歩いてたじゃないですか!

「迷子じゃねぇっつってんだろ!」

「何も言ってないです!」

「顔が言ってんだよ! あーっ、もう適当で行くか」

つないだ手をぐっと引かれて、そのまま指を絡められる。

それはちょっと心臓がもっと跳ねるからやめてほしい!

本当に適当なのか、市井さんは一番手近な襖をパーンっとばかりに開いて私ごと飛び込んだ。

空気の密度が上がる。

何もないのに押されるような軽い抵抗を抜けると、一瞬の浮遊感。

今となっては懐かしいエレベーターを思い出させる。

靴下ごしの砂利のごつごつした感触が、重力感を呼び戻した。

わずかにふらついて市井さんの腕にしがみついてしまったけれど、微動だにしないそれで息が落ち着く。

あー、と力が抜けたような声に顔をあげると、目の前には赤茶色の崖に挟まれた砂利道が延びていた。

朝食をとっていたところだというのに、崖の岩面から落ちる影は暗く濃い。

けれど空から色とりどりの淡い光が薄絹のカーテンのように降りている。

赤に、青に、緑に橙、紫とひるがえっては色を変えて重なって、また色が変わっていく。

そしてぽつりぽつりと、崖面に提灯みたいな光が灯されていった。

よく見れば蟻塚のように無数の穴が空いていて、それぞれが階段状に飛び出た岩でつながっている。

ちらちらと光が遮られるのは異形たちが、その階段を伝って行きかっているからのようだ。

その崖が左右にそそり立つ砂利道を、ケムが飛び込み前転を繰り返し決めながら先に進んでいる。

「市井さん」

「おう」

「靴がありません」

「お前ほんと時々肝が太いよな」