軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

7 集合体と私

見上げるほどのそれは輪郭が定まらないようにぐにゃぐにゃとうねっていて、人の形になりかけては頭と胴の間のくびれがなくなってと繰り返している。

ランタンの明かりがそれを下から照らして浮かび上がらせる表面は、よくよく見ればずるずると糸状のミミズが絡みながら蠢いていた。

怖いものじゃない。それは変わらない。

でも! 無理無理無理無理! 生理的に無理!

畑仕事だってしたことがあるし、特別虫とか苦手なわけでもない。だけどこれは!

「でっか! 気持ち悪ぃなおい!」

合体したそれは市井さんにも見えたようで、すらりと抜かれた刀がカンテラの明かりをぎらりと跳ね返した。

ヤる気満々だこの人! このお高い刀でミミズ切る気だ!

掴んでいた裾を慌てて離して、前から言われている通りに後ずさって距離をとった。刀身の長さがそれなりにあるから邪魔になってしまう。代わりに自分の肩ひもをしっかり握りしめた。

特に構えをとるわけでもなく、ラップみたいな詠唱をするわけでもなく、ゆらりと一歩踏み出して。

ひゅん、ひゅん、と暗闇を長く伸びる光の尾が大きなバツで切り裂く。

発泡スチロールを折ったように、切り口からふわふわしたかけらが散っていくけれどミミズ。あれはミミズ。

「あー……おい、切れてるか。あれ」

「切れてません!」

地に落ちてすぐにまた本体へ戻っていくミミズは、おそらく小さすぎて市井さんに見えていないんだろう。

でも手ごたえでわかるみたいだ。私はぞわぞわするあまりトイレに行きたくて仕方ない気までしてきた。

「敵意は感じない、が」

「ダメです! ダメ! あれは私らを気にしてないだけです!」

そもそもいつも見えている異形たちのほとんどは、人間を気にするそぶりをしていない。

散歩に連れられている犬を横目で見るような、いることは知っていても気に留めていないふるまいをしている。

たとえ人間の肩に腰かけていてもそれは同じ。そこにちょうどいい椅子があったから座っている風情だ。

妹の美代子に憑いたワニモドキみたいに意図をもってしがみついてるのは少ない。意味は分からないけど。

落ちて戻っていくミミズより、新たに蠢きの中へと飛び込んでいくやつのほうが多い。

ゆっさゆっさと左右に重く揺れながらその嵩を増していき、こちらへと迫る速度もあがっている。

どん、どん、と地にたたきつけられる地蔵の頭だってより深くめり込んできた。

「踏まれちゃうううううう!」

「走れ!」

市井さんに背を押されて駆けだした。でこぼこの下り坂はひっきりなしに足首をあらぬ方向へ持っていこうとする。

転ぶ前に足を前! 転ぶ前に前!

私がこんなに必死に走っているのに、行李の蓋が後頭部にがすがす当たる。

「いいい市井さん! あぶな! あぶな!」

市井さんがぴったりと私の後ろについて走りながら、行李の中に手を突っ込んでいた。なにそれなにその余裕! 私必死なんですけど!

「よっ、とっとっと!」

後ろで、キンッキンッと短い金属音が鳴る。市井さん用のビー玉がいくつも転がっては作動する音だ。

私のは魔力が要らないお高いやつだけど、市井さんのはもうちょっとお安い。いやそれでもおそば一年分くらいはあるはず。

足元に集中する私は振り返ることができないけれど、使い方はもちろん習っていた。

放り投げられたビー玉は光りながら転がって、その光の残像が糸となり、それぞれをつないでいく。

「おらぁ!」

トリガーとなるひと回り大きなビー玉に魔力を込めながら叩きつければ、すべての玉から空へ立ち上がる何本もの光の柱。

背後から広がった白い光が、駆け続ける私の影を前に長く色濃く伸ばす。

輝く光の柵は、妖と私たちの間に立ちふさがって道をふさぐだろう――。

「お?」

はずだ。

なのに市井さんの抜けた声音に思わず振り向いた。

「わ」

「やべ」

確かに光の柵は妖を押しとどめている。光の柱が道をふさいではいる。けれど隙間が! あれそういうものじゃないって習ったんだけど!

巨体は柱の隙間に無理やり体をねじ込むように、握りしめた指の間から泥があふれるように――こちら側へと倒れ、崩れ落ちてくる。

口を開けたまま見上げて立ちすくんだ私の眉間にケムが乗った。待って。やめて。なんで今!

ミミズはいつの間にかつるりとした大きな泥状の塊となった。元の姿を残すのはその緑と紫の縞模様だ。

それが津波となって視界がいっぱいになる直前、広い背中で埋まった。

「もるるくまなくおつるくまなく――くそが!」

後ろ手に私の腰を引き寄せた市井さんの高速詠唱は中断されて、足元から渦巻く風が吹きあがった。

びゅんびゅんと鋭い音を立てる無数の風刃が妖へと突っ込んでいく。

水しぶきみたいに散って弾かれ、元の姿に戻ったミミズは道沿いの草むらに弾かれ落ちていった。

だけど数が全然追いつかなくて。

ぐるりと振り向いて私を抱きかかえ市井さんがしゃがんだのと、風刃から逃れた妖の塊が私たちを呑みこんだのは同時だった。

真っ暗なのは妖に埋もれたからなのか、それとも強く抱きしめられているからなのかわからないし、風の音はもう聞こえない。

うねりながら腕を撫でていく感触が、服ごしでもぬるりとしているのがわかって怖気だった。ミミズ感だ! これミミズ感!