軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5 夜這いと私

「市井さ――なんであなたが」

市井さんに追いやられるままに襖を開けると、トミエさんはぱあっとした笑顔を瞬時に不快気なものへ変えた。

柔らかくて暖かそうな分厚い生地のガウンの胸元を、両手で握って寄せている。

「こんばんは」

挨拶をした私の肩を、トミエさんはぐいっと力強く横に押した。え。強。

「市井様、明かりが漏れていたので、もし眠れないのならお茶をご一緒にと思いまして」

「……結構。これから仕事なので」

「まあ! 私ったら。てっきり明け方からなのかと」

少しばかり芝居がかった表情でそっと市井さんの胸へと伸ばした彼女の手は、そのまま空振りした。握っていたガウンの襟元がゆるみ、光沢のある薄絹がのぞく。よくよく見てみれば、長い裾の下からも透けるほどの白いレースがひらひらしていた。

あれはいわゆるネグリジェというものでは……こここれはもしや、こんな時間、こんな格好で、男性の部屋にとかそれって。

タブレットの画面が見えないように持ち直した市井さんの顔からは、すとんと表情が落ちていた。外向けのきれいなすまし顔もやめたらしい。

「鐘守氏たっての要望だと聞いていたが偽りですか。私たちは遊びに来たわけじゃない。今、すぐに、退室しなさい」

「――あら。そうですの。でしたらお邪魔しちゃいけませんね」

その区切られた強い口調に怯むと思いきや、トミエさんはゆっくりと数回瞬いただけですぐに微笑みを形作った。それは強張ったものではあったけど、さっき夕食の席で追い払われた時よりずっと取り繕えている。つっよ。

「朝食までにはお戻りでしょう? どうぞお気をつけて」

つんと顎を上げて部屋を出ていく間際に、やっぱり睨みつけられた。私見てただけじゃないですか……。

それからすぐに車を出してまたふもとまでやってきた。

ドアを開け放ち運転席に座ったままタブレットを確認している市井さんをよそに、行李を背負う。やっつけ仕事だけど、肩紐の幅が広くなるように当て布して縫っておいたから昼より快適なはず!

「あれだな。たまにあんだよ」

画面から目を離さずにつぶやいた市井さんは、まだ無表情のままだ。

「俺は庶子だけど、一応名家の市井なわけ」

「はあ」

「市井は実力重視の家門でな、そこでのし上がった俺はお買い得品らしいんだなこれが。嫡男には手が届かないが俺ならなんとかって色々と伝手を使ってくるのがまあちょいちょい」

「……なるほど?」

それより山に入らないのだろうか。私はもう準備万端なのだけど。運転席側のドアの横で待ち構えてるんですが。

市井さんはちらりと横目で私を見て舌打ちをした。なんで!

「だから! 本来ならこんな探知機にもひっかかんねぇ雑魚な任務なんぞ、俺が出るとこじゃねぇんだよ。それをわざわざご指名ってなぁ、そういう目論見があったってことよ」

そういう……この話の流れならトミエさんを市井さんにあてがうべく偉い人が画策したと、そういう?

「つまり……あれはっあれはよよよよばっよばい⁉」

「おまっ……耳近ぇわ」

思わず前のめりに叫んでしまったら、すごく嫌そうにのけぞられた。いやでも本当に? でもだからあんな恰好で? あのガウンの下のネグリジェはスケスケ? まさかと思ったけどスケスケ? え、もしやスケスケのさらに下はズロース? うそでしょ⁉ それとも前世では普通だった形のパンツも売ってるの⁉ 手縫いだとズロースが精一杯だから我慢してたのに⁉

「……なんか違う方向に動揺してるように見えるんだけどな。どういうことだそれ」

「えっ」

パンツについて市井さんに問い詰めるわけにもいかないし、いや、案外? 案の定? 私より詳しいこともあるかもしれないけど。でもさすがに。

「あー、やっぱり何にも映んねぇな」

だるそうに膝へ投げ出したタブレットの画面は中心の光以外に何も変化はない。

この探知機は妖の動向と同時に、現象が本当に妖によるものかどうかも確認するためのものだ。お地蔵さんを逆立ちさせている妖がいないのならそれは人間の仕業だってことだから。そういう使い方だと聞いていた。

「でもそれケムも映らないですよ」

「まあな。大体深夜の山道沿いにある八十七体を逆立ちさせる人間ってのも無理筋だしよ」

これも新しく開発させなきゃならんかもなーなんて、また雑に画面を指先で弾いている。もういつも通りの市井さんだ。さっきまでの無表情は、ちょっと話しかけにくかった。

「あの」

「んー?」

「わ、わたし、お、お邪魔で、したかね」

「やっぱりか! 屋敷出てからしゃべんなかったのそれだろ! お前俺をなんだと思ってんだ!」

「ちちちちがいますー! しゃべんなかったの市井さんですー!」

「んなことねぇよ! あんな餌にほいほいひっかかるかっつの! めんどくせぇ! 何のためにお前を、あ」

「なんの……?」

何のためってそりゃ助手だか、ら? じゃなくて?

「よし。映んねぇわけだし現場行くか。現場」

「もしかして私「さー、がんばっていくぞーさつきはいい子だなー!」」

盾にしようとしたんだ! 私を! 虫よけってやつ! ちょうど山だし! サイテー!