作品タイトル不明
婚約破棄? ではムードを盛り上げよう
ホーリーアーク王立学園の、メインホールでは舞踏会が開かれていた。これは社交界デビュー前の予行演習のようなもので、学園では定期的に開催される。
婚約者の居る生徒は、その生徒同士で参加することが習わしとなっていたのだが……。
「メル・アンブローズ。お前との婚約を破棄させてもらう」
舞踏会のさ中、ヴィルター・ノルデン伯爵令息が宣言した。彼の突き付けた指の先には、一人の少女が所在なさげに立っている。
彼女はメル。
王立学園の『聖女科』に通う生徒であり、そしてヴィルターの婚約者でもあった。突然の宣告にメルは動揺したのか、目線を彷徨わせる。
そして彼女はヴィルターの隣に立つ、一人の女生徒に視線を向けた。ユリアーナ・モンゴメリー男爵令嬢。潤んだ瞳に童顔の、女から見ても可愛らしい令嬢だ。
ユリアーナはヴィルターの腰に手を回し、必死にしがみついている。ヴィルターは応じるように抱き寄せる。
「そ、そんな……」
メルは膝を付いた。彼らを中心に生徒たちの輪が出来ており、注目の的になっていた。こんな状況で婚約を破棄されるなんて、本来恥辱以外の何物でもない。
「ヴィルター様。今、何と仰ったのですか?」
メルは両手を胸元で組み、訴えた。こんな形でなければ、聖女候補の彼女の仕草は様になっていると思えただろう。
「婚約破棄と言ったのだ。お前との結婚生活は、最早考えられない」
ヴィルターは突き放すように言った。
「こ、婚約破棄だなんて……理由をお聞かせ頂けませんか?」
「それはお前が聖女としての役目を放棄し、奇行にばかり走っているからだ!」
ヴィルターは高らかに宣言した。
「奇行、ですか?」
メルは首を傾げた。
「とぼけるな! お前は聖女を目指す身でありながらカードゲームに夢中になったり、漁師や木こりをしたり、何より錬金術の真似事をして、変な薬を作っていたそうではないか!」
「ヴィルター様、あれは奇妙な薬ではなくれっきとした……」
「言い訳するな!」
ヴィルターは大声でメルの言葉をかき消した。
「このままではメル、お前は学園を出ても聖女として認められることはない。聖女として認められないのなら婚約は破棄するしかない」
この国では聖女と結婚出来ることは貴族のステータスとされている。だからこそ、メルも伯爵子息のヴィルターと結婚する予定だったのだ。
「そんな、婚約破棄なんてあんまりです! ああ、ヴィルター様! ……はい、ミュージックスタート」
メルが手を叩くと、楽団員たちがいかにも陰鬱で悲し気な、葬儀めいた曲を演奏し始めた。この日、婚約破棄されると事前に情報を入手していたメルは、楽団を買収していたのだ。
「お、音楽で同情を誘ったところで、俺の決意は揺るがないぞ!」
ヴィルターはメルの奇襲に多少動揺したが、毅然として言い放った。しかし彼女は同情を誘うために音楽をかけたわけではない。婚約破棄のムードを盛り上げるためだ。
「にしても、それだけですか?」
「何?」
「婚約破棄の理由です。奇行だけでは理由が弱いと思うのです。私は確かに釣ったり切ったりしましたが、授業をサボったことは一度もありません。成績も上位です」
「それは……」
「ほら、もっとあるでしょ! ヴィルター様もっと出して! 頑張って出し切って!」
メルは励ますように両手で拳を作ってみせた。
ヴィルターは違和感を覚える。
婚約破棄を突き付ければ、メルがもっと悲しんだり、未練がましく縋り付いていたりする場面を想像していた。しかしまるで彼女は全く悲しんでいないではないか。
とはいえ一度宣言した以上、ヴィルターは既に後戻りできなかった。
「ふん、そこまで言うなら教えてやる。俺がお前との婚約を破棄しようと決めた一番の理由を!」
ヴィルターは横に居るユリアーナ男爵令嬢を更に強く抱き寄せた。
「それはお前が、このユリアーナをいじめていたからだ!」
「え?」
メルは再び首を傾げた。
「とぼけても無駄だ。お前がユリアーナの私物を隠したり、髪の毛を切ったり、階段から突き落とそうとしたなど、複数の目撃証言が寄せられている」
メルはいまいちピンとこない顔をしたまま、ユリアーナの方を見た。彼女は目に涙を溜めているが、口元が吊り上がっている。
「あー、なるほど。そういうこと」と、メルは自分にかけられている嫌疑の意味を理解した。
だが、これで婚約破棄の理由は必要十分になっただろう。
「ヴィルター様。私は神に誓ってユリアーナ様をいじめていません。ですが婚約破棄は受け入れさせて頂きます」
「ふん、今更往生際が……え、受け入れるの?」
流石にもう少し粘ったりミュージックの2曲目があるだろうと思っていたヴィルターは、目をぱちぱちさせた。
「はい! 必要な書類は後ほど実家に送付してください。では失礼します!」
その言葉と同時に踵を返すと、メルは一目散に会場を後にした。
数分後にはドレスを脱ぎ捨て、着慣れた課外活動用の身軽な服に着替え、猛ダッシュで学園を後にした。学園にもヴィルターにも、未練など欠片もない。
これで自由になれる! その思いがメルを動かしていた。
しかし__。
彼女の頭には一つの疑問が投げかけられていた。
ユリアーナのことだ。
「ゲームの中にこんなシナリオはなかった。いいえ、それだけじゃなくて……」
空を仰ぐと満点の月が出ている。
「あんなキャラ、見たこと無いわ」
夜風を切って走る彼女はそのことを考え続けていた。