軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話:仕様変更の第一歩

一九九五年、四月。

ある日の夕方。

俺は学ランを脱ぎ捨てるのももどかしく、実家の居間のコタツに座っていた。

頭の中に展開されているのは、今後の開発ロードマップと資金繰りのプランだ。

源さんの口座には、海外のテック企業から振り込まれた一千万円以上のドル建て報奨金が眠っている。

(まずは、最も優先度の高いタスクから片付ける)

俺にとって、最優先でデバッグすべきは『家族の未来』だった。

前世の俺は、両親の過労死をただジッと見ているしかなく、その後は美咲の将来を考えることだけにリソースを割かれてしまった。

ガチャリ、と居間のドアが開いた。

「おにいたん! おかえりなさーい!」

トトトト、と短い足音を響かせて部屋に飛び込んできたのは、五歳の妹・ 結衣(ゆい) だった。

ツインテールに結った髪を揺らし、お気に入りのアニメのキャラクターがプリントされた、少し色あせたお下がりのスウェットを着ている。

「ただいま、結衣。良い子にしてたか?」

俺が目線を合わせてしゃがみ込むと、結衣は満面の笑みで俺の首にしがみついてきた。

柔らかくて、ミルクの匂いがする。

前世の記憶の中にある結衣は、いつも我慢を強いられていた。

父親が倒れてからは特にそうだ。「お兄ちゃん、結衣、新しいお洋服いらないよ。お下がりがあるもん」と、十歳にも満たない子供にそんな気遣いをさせていた。

最終的には、俺が稼いだわずかな仕送りで、なんとか地方の国公立大学へ進学させたが、彼女の幼少期には「贅沢」なんて言葉は一文字もなかった。

(……二度と、そんな思いはさせない)

俺は結衣をひょいと抱き上げ、コタツの上に広げておいた大きなデパートの紙袋を指差した。

今日、学校の帰りに源さんの口座から引き出した現金で、あらかじめ買っておいたものだ。

「結衣、これ。入学祝いのお裾分けだ」

「なぁに? これ、結衣が開けてもいいの?」

「ああ。破かないように気をつけろよ」

結衣は小さな手で一生懸命に紙袋のテープを剥がし、中身を引き出した。

中から出てきたのは、上品なフリルがあしらわれた、淡いピンク色の特注ワンピース。そして、おもちゃ屋のショーケースの一番上に飾られていた、最新の着せ替え人形のセットだった。

結衣の動きが、完全にピタリと止まった。

大きな丸い目をさらに丸くして、人形とドレスを交互に見つめている。

「おにいたん……これ、だれの?」

「結衣のだよ。全部」

「えっ……でも、結衣、お誕生日じゃないよ? クリスマスも、まだだよ?」

信じられないといった様子で、小さな身体を震わせる結衣。その健気な戸惑いが、俺の胸をチクリと刺した。

五歳の子子供が、服や玩具を貰うのに「理由」を探さなきゃいけないくらい、我が家は余裕がなかったのだ。前世の俺は、そんな当たり前のことにも気づけなかった。

「理由なんていらない。お兄ちゃんが結衣にあげたいから買ったんだ。ほら、合わせてみなよ」

俺がワンピースを広げて結衣の身体に当ててやると、台所から夕飯の支度をしていた母親が顔を出した。

「ちょっと、蓮!? あんた何それ、どこでそんな高いお洋服買ったのよ!」

母親が目を剥いて飛んできた。当然の反応だ。中一になったばかりの息子が、デパートの高級子供服とおもちゃを抱えて帰ってきたのだから。

「これね、源さんのパソコンの手伝いをして貰ったバイト代だよ。海外のコンテストで、俺の作ったプログラムが賞を取ったんだ。源さんが『これは蓮の実力だから』って、正当な報酬としてくれたんだよ」

半分は本当で、半分は嘘の言い訳を、俺はあらかじめ用意していた大人のトーンで理然と説明した。

「バイト代って……それにしても、こんなにたくさん……」

「これからは、俺が源さんのところで本格的に開発の仕事をすることになったから、定期的にお金が入る。だから母さん、もう夜のパート、辞めても大丈夫だよ」

「え……?」

母親が呆然と立ち尽くす。

前世の母は、昼の家事と、夜の深夜スーパーのパートを掛け持ちし、それが原因で慢性的な睡眠不足になり、父が倒れた後に糸が切れたように過労死した。

その諸悪の根源を、俺が綺麗に書き換えてやる。

「これ、今月の生活費。源さんから前払いで貰った分だから、生活の足しにして」

俺はカバンから、封筒に入った五十万円の現金を食卓に置いた。一九九五年において、中一の子供が差し出す金額としては狂っているが、源さんという「隠れみの」がある。

「蓮……あんた、本当に源さんのところで……」

「おにいたん! 見て見て! 結衣、おひめさまみたーい!」

母親が混乱している横で、結衣がさっそくピンクのワンピースに着替え、人形を胸に抱いて嬉しそうにクルクルと回っていた。

サイズはぴったりだ。前世でエンジニアとして培った「正確な目測」の技術が、こんなところで役に立つとは思わなかった。

「おにいたん、大好き! 世界で一番大好き!」

結衣が再び俺の足元に飛び込んできて、ぎゅっとしがみつく。

俺のシステム開発(人生)における、世界で一番可愛いバグ。この笑顔を守るためなら、世界を敵に回したって安いものだ。

「ああ、お兄ちゃんも結衣が大好きだよ。これからは、欲しいものがあったら何でも言うんだぞ」

「うん!」

母親はまだ封筒と結衣の姿を見て涙ぐんでいたが、やがて「……ありがとう、蓮。本当に、頼もしくなったね」と、小さく微笑んだ。

家族のデバッグは、極めて順調だ。

家庭の経済基盤を整え、両親の過労ルートを完全に遮断した。

(次は――学校だな)

結衣の頭を優しく撫でながら、俺の思考は明日の教室へと飛んでいた。

そこには、俺の技術をタダで使い潰そうとする美咲と、前世で俺の魂を救ってくれた白雪華がいる。

手に入れた圧倒的な資金力と、大人の知性。

これら全てのリソースを使って、まずはあの教室の歪んだ環境を、根底から 仕様変更(リビルド) してやる。