作品タイトル不明
第三十五話:シリコンバレーの観測者たち
「――おいおい蓮、見てみろよ。シリコンバレーの連中、お前が仕掛けた罠のカラクリに気づいて、お祭り騒ぎになってやがるぞ」
学校外にある『RS-HS』の外部オフィス。
特注の大型トリプルモニターが放つ冷たい光に照らされながら源さんが、ラムネを片手に愉快そうに爆笑した。
画面に映し出されているのは、一九九九年末のインターネット黎明期において、世界中の天才ハッカーやプログラマーが集う高度の英語匿名掲示板のリアルタイムログだ。
そこでは、日本発の世界最大シェアを誇るポータルサイト『WWW.RS-HS-PROJECT.COM』へ、不格好なサイバー攻撃を仕掛け続けている新興ベンチャー『藤堂ネクスト・ソリューションズ』の愚行が、世界的なエンターテインメント(晒し者)としておののきと失笑を誘っていた。
「へえ、さすがに海の向こうのトップレイヤーたちですね。数日で見抜いてきましたか」
制服である学ランを少し緩め、デスクの前で淡々とキーボードを叩いていた手を緩め、わずかに口元を融かした。
「見抜くも何も、ログが異常すぎるからな。ほら、このスレッドの翻訳を見てみろよ」
源さんがパチリと指を鳴らし、モニターの一つに日本語翻訳された掲示板のログを最大化させた。そこには、技術の最先端にいる天才たちの辛辣な観測記録が並んでいた。
『――おい、東洋のあの怪物サイト【RS-HS】の基幹システムを見てみろ。日本の「藤堂ネクスト」とかいう三流ベンチャーのお抱えクラッカーども、セキュリティを「突破した」と勘違いして、狂ったように資金を流し込んでるぞ』
『ハハハ! なんて哀れなピエロだ! あそこは数ヶ月前に世界中のハッカーが総攻撃を仕掛けても一ミリも揺らがなかった、ホワイトハウス以上の絶対的な聖域だぞ? そんな場所の権限を、あんなハリボテのベンチャーが実力で奪えるわけがないだろう』
『連中の中の誰も気づかないのか? これ、【RS-HS】の設計者がわざとポート(裏口)を開けて、攻撃を「無防備に受け入れているように見せかけている」だけだ。仕掛けている奴らは、自分が神にでもなったつもりで、実際は全財産を抱えて底なし沼へ自らダイブしているんだよ』
『狂ってる……。しかも、この罠の最深部に埋め込まれているコード、これは「Y2K(二〇〇〇年問題)バグ」の反転プロトコルだ。年が明けた瞬間、流し込まれた五十億の資本は全て全損される。あいつら、自分がいつ処刑されるかも知らずに、勝利のランウェイを歩いているつもりなんだ』
『この【RS-HS】の設計者は、一体どれだけ冷徹な悪魔なんだ……』
「悪魔、だってさ。世界中の天才ハッカーどもにお前、めちゃくちゃ恐れられてるぞ、蓮」
源さんがニヤニヤしながらラムネを煽る。その言葉を聞いても、蓮の瞳には冷徹な静寂だけが宿っていた。
「最高の褒め言葉ですよ、源さん。藤堂のような強欲な男を確実に破滅させるためには、これ以上ない舞台装置です。奴らは今頃、六本木の高級マンションかどこかで、この『偽の支配率一〇〇%』の画面を見つめながら、全能感に浸っているでしょうから」
「そりゃそうだろうな。まさか自分が世界中のエンジニアからピエロとして嗤われながら、一六歳の高校生に財布の紐を握られているなんて、夢にも思ってねえよ」
「ええ。乾からの報告通り、彼らは完全にこちらの誘導通りに動いています。人が最も無防備になるのは、自分が『勝った』と確信して悦に浸っている状態です。その錯覚を維持させるために、あえてシステムを甘く見せる罠は完璧に機能していますね」
指先が、流れるような速度でキーボードを叩き、二〇〇〇年一月一日午前〇時〇〇分に作動する最終コードのコンパイル画面を開いた。
「藤堂と城崎の組織、そして高橋美咲。奴らが泥水の中でどれだけ足掻こうとも、この罠へオールイン(全額投入)した時点で、彼らの破滅は確定した未来となりました。年が明けた瞬間、世界中の観測者たちの前で、奴らの砂の城を綺麗にシャットダウンさせてあげましょう」
「頼もしいねぇ、ボス。新世紀の幕開けと同時に、世紀末最高のデバッグショーの始まりってわけだ」
源さんが不敵に笑い、エンターキーを叩いて最終タイマーをセットした。
◇◇◇
そんな熱狂渦巻く海外掲示板のログの中に、一つだけ、他の有象無象とは一線を画する「異質な文字列」が書き込まれた。
『――【RS-HS】の設計者へ。この罠の仕掛け方は美しい。だが、この程度のピエロを嵌めるだけで満足しているなら退屈だ。近いうちに君のいる国へ留学する。その時までに、せいぜいその防壁を僕の退屈を凌げるレベルにまでアップデートしておいてくれ。君のシステムを、僕の奴隷にするのが今から楽しみだよ』
固定ハンドルネーム、ID、通信元ログ――そのすべてが、世界のハッカーコミュニティでさえトップシークレットとされる暗号階層の奥深くから発信されていた。
一九九九年、世紀末。
海の向こうの天才たちから畏怖され、藤堂たちが偽りの勝利に踊るその裏で、一六歳の少年が紡ぐ復讐のプログラムは静かに、しかし確実にその稼働の秒読みを続けていた。。