軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第289話 狂人との会談

アルフレッドとの会合地点には、すでに多くの兵が集まっていた。

会合地点は、前線からこちらの勢力圏に少し入った集落の広間で、アルフレッド側は五百人の兵を入れられる決まりになっていた。こちら側に兵数の指定はない。

お互いの兵によって武装解除された二十人の兵が、設営された天幕に集まり、そこに俺とアルフレッドがやってくる。丸腰になったお互いの兵に武器を持っていないか確認され、天幕の中に入れるのは二人だけという形式だった。

アルフレッド配下のクラ人の兵に、服の上からポンポンと体を叩かれ、簡単に検査をされる。なにも持ってはいなかったが、これだけ簡易に済ますということは、やはり暗殺については警戒していないのだろう。

そもそも、本気でやるつもりなら、わざわざ俺が危険を犯して殺す必要はない。兵で囲めば済むことだ。

「相手は、既に中に入っています」

警備を担当している、ホウ家精鋭部隊の隊長が言った。

「そうか」

返事を返して、天幕の中に入る。内装の中に凶器のたぐいを隠す余地があると、これはお互い面倒なだけなので、部屋を飾り立てるものは一切なかった。一台のテーブルと、二脚の椅子だけが置いてある。

既に椅子に座っている男は、マスクを付けていた。真鍮の鈍い黄金色が顔面を包んでいる。

可哀想に。あんなことやられちゃ人生台無しだろうな。やったの俺だけど。

「久しいな、魔王」

アルフレッドは、未だ聞き慣れない 渾名(あだな) で俺を呼んだ。

「そうだな。もう、あれから四年になるか」

俺は椅子を引いて勝手に座った。

「そんなになるのか。その間に貴様はガリラヤを潰し併合したが、こちらはなにもできていない」

「妹は手強いようだな」

「ああ。実のところ、こちらはもう後がない。あの女は、 躰(からだ) を使って教皇領を味方に引き込んだ」

アルフレッドは苦々しげに言った。

そういう考えなのか。

かつて聞いたメリッサの分析では、アンジェリカ・サクラメンタとエピタフ・パラッツォの関係が良好なのは確かだが、愛人関係なのかというと、それは疑問だという結論だった。

地理的に離れすぎていて気軽に逢瀬できる距離ではないし、そもそもどちらとも祖国を空けるのに極めて高いリスクを抱えていることを考えると、現在でも愛人関係が成り立っているとは考えづらい。

十字軍の頃に愛人関係になっていた縁が続いている、という可能性も考えられなくはないが、やはり下衆の勘繰りだろう。そもそも、内戦の最中、アンジェリカが極めて厳しい状況になったときでも、教皇領は特に援軍を出したりはしていない。内戦勃発当初からアンジェリカに勝たせる心算であったならば、もっと何か決定的な支援をしていたはずだ。

どちらかというと、アルフレッドが妹の外交能力を認めたくないがために、そう思いたがっているだけのような気がする。

「そうなのか。そりゃ、貴公にとっては大変だな。国家ともども風前の灯というわけか」

「そこでだ。俺と組まんか。貴様の目的は知っている。教皇領を滅ぼすことだろう? あの雌豚を殺し、国を統一することができるなら、領土を通過させることなどなんの困難もない。その先に軍を進めるのなら、兵站の融通もしてやろう」

ふーむ……一応、こちらがティレルメ全土を併合するつもりで戦争をしているわけではないことは理解しているわけか。

それなら、今後の融通を餌に歩み寄ることもできると。

「共闘するには、いくつか条件がある」

「言ってみろ」

「まず、ティラン川より北はシャンティラ大皇国の故地だ。この地域は吸収合併する形で、併合させてもらう。そうでなきゃ、俺はともかく国民が納得しないからな」

「それだけか?」

「まだある。カソリカ派を引き続き信仰するようでは、お話にならない。今日条約を結ぶとするなら、 明日(あす) からでも国外に聖職者を追放してもらう」

「貴様の目的はカソリカ派を潰すことなのだから、そうなるだろうな。俺としては、あの説教坊主どもがどうなろうが、知ったこっちゃない。その条件も受け入れよう」

……簡単に受け入れるな。普通なら、かなり厳しい条件だと思うのだが。

司教や大司教といった存在は、武力こそ限定的ではあるものの、資金力は王を凌ぐほどのものを持っている。そもそもずっと昔からの国教なのだから、国民からの信望を得ているわけで、教会の影響力は物凄く大きいはずだ。

それを排除しろというのは、普通の領主なら顔が青ざめるような要求であるはずだが、この精神に異常を抱えた男に限ってはどうでもいいことなのかもしれない。声を上げる者が現れれば粛清すればいいだけの話だし、国内に混乱が生じても恐怖と武力で鎮圧できると考えているのかも。

「条約を結んだとして、貴公らを無条件に信頼して背中を預けるわけにはいかない。軍の生命線、つまり主戦場と本国を連絡する補給線と行軍路については、一時的に我々の管理下に置かせてもらう。アンジェリカを排除する戦争においても、その後に続いていく戦争においてもだ」

「――そこは、我々を信頼することはできんのか? 戦場では轡を並べて戦うのだ。ある程度の信頼関係は必要だろう」

「信頼とは、実行の積み重ねによって蓄積される、一種の経験だ。悪いが、現時点で信頼関係などない。俺は、大きなリスクを負ってまで貴公と組む必要を感じていない」

裏切るかもしれんからな。

「はぁ……それで、条件はあといくつある? まだ何十個もあるのか?」

「安心しろ。条件は、あと一つだ」

いったいこいつは、なにを考えているのか……顔全体を覆う真鍮の仮面のせいで、いまいち掴みきれない。

言葉の抑揚から掴もうにも、俺はテロル語のネイティブではないし、そもそもティレルメ地方独特のイントネーションが混じっているせいで、細かな機微が掴めない。俺もこういった交渉は何度もやってきたが、どうにも非常にやりにくく感じる。

まあ、いいか。今回は要求を突きつけるだけだからな。

「アンジェリカ王を倒したあと、組織内の重鎮を含め、誰も粛清をするな」

俺がそう言うと、アルフレッドは頭をピクリと動かした。これは想定していない要求だったようだ。

「なぜだ? 別に殺しても構わんだろう」

「俺は別に、貴公らの内輪もめには興味がない。だが、いつまでたっても国内が内戦状態にあっては、俺たちの軍行動に差し障りがある」

「そんなことにはならん。全員殺すのだから」

まったく、こいつは。

「そのやり方では、戦争はいつまで経っても終わらん。投降したら殺されると分かっているなら、死ぬまで戦うのが人間だ。戦史を紐解けば、一度の戦いで敵軍全員を一人残らず滅殺できた戦いなど、そう幾つもない。追撃戦をどんなに上手くやっても、半分以上は逃げてしまう。貴公のやり方では、そうやって逃げた連中は延々と地方で抵抗を続けるだろう」

「……ふぅむ」

この条件は、こいつに後でイチャモンをつけるために考えた策だった。

こいつはまったく信頼が置けないし、なにを考えているかも分からないが、一つだけハッキリしていることがある。

こいつは、自国の一部領土を割譲することなど、なんとも思わないかもしれない。

国内の聖職者を全員血祭りにあげることも平気かもしれない。

だが、妹アンジェリカと和解することだけは、絶対にない。

それだけは天地が裂けようが変わらない事実であって、したがってアンジェリカを殺した後、彼女を支えてきた仲間たちを無罪放免に赦すなどということはありえない。必ず衝動が理性を優越して、何かしらの惨事を引き起こすだろう。

そうすれば、遠慮なくこいつを処分することができる。おそらくそれは無為な殺戮に対する懲罰のような形になるので、こちらの評判にも響かない。

「こちら側の条件の一覧は、用紙に纏めてある」

俺は懐から紙を取り出して机の上に置いた。

こいつと組むのは不安だが、上手くいけば少なくとも二~三万人分の兵力を浮かせることができる。裏切られたとしても、元々戦うつもりだった相手なのだ。こちらに損があるわけではない。

国が広がったせいで、こちらも兵力に余裕がない。これほどの条件を飲むつもりなのであれば、利用するのも一つの手だろう。

「持ち帰って検討させてもらおう」

アルフレッドは机の上の紙を取った。

「そうしてくれ」

少なくとも検討するに値するとは思っているのか。

自分で言うのもなんだが、受け入れるのは相当勇気がいるレベルの要求だと思うが。

それほど切羽詰まっているのか、あるいは……。

「ところで、貴様はあの女をどう評価している」

これで会談は終わりかと思ったら、なにやら話を続けるつもりらしい。

なんだなんだ。

「貴公には気に食わない答えだろうが、それなりに評価している。優しいばかりの君主かと思ったら、冷酷になるべきときには冷酷になるしな。ヴィジターホルム辺境伯なんぞ、あっさり処刑されたろ」

ヴィジターホルム辺境伯は、選帝侯の一人だった大貴族なのだが、妹のほうに恭順の意を示して同盟を結んだのに、兄の味方をしたので殺されてしまった。

といっても、彼がやったことはアルフレッド軍の領内通過を許しただけだ。

しかし、アンジェリカはそれによって大きな被害を受けた。同盟を組んだと思っていた選帝侯の領から、いきなり敵軍が湧いてきて、無防備な側面を襲ってきたからだ。

なんとか押し返したあと、アンジェリカはヴィジターホルム辺境伯に怒りの書面を送った。

ヴィジターホルム辺境伯の返答は、「なにも問題はない」というものだった。

たしかに、結んだ条約の文面をかなり強引に解釈して、アルフレッド軍が厳密にルートの選択をすれば、条文と矛盾は生じない……らしかったのだが、そんな理屈はアンジェリカには通用しなかった。あっさりと同盟を破棄すると即座に攻め込み、甘っちょろい見込みを立ててふんぞり返っていたこすっからい選帝侯をとっ捕まえると、問答無用で斬首してしまった。

「俺がなぜあの女を嫌っているか分かるか?」

「兄妹で戦争をおっぱじめる前は、自分が暗殺されて帝位を 簒(うば) われることを恐れていたんだろ」

元はといえば、こいつの登極は前王レーニツヒトが殺されたところから始まる。

その前王は、俺がまだ小さいころ、ゴウクの特攻によって後継者を指名しないまま事故的に命を落とした。それからティレルメ神帝国では長兄と次兄の帝位継承争いが起こり、恒例行事である選帝侯の抱き込み合戦が始まった。

それが数年続いたとき、突然に長兄が暗殺される。これはおそらく三男だったアルフレッドの手引きだったのだが、当時はまったく無名だったので、ライバルである次兄の仕業とされた。継承時の対立候補暗殺は禁忌だったこともあり、次兄の支持はガクッと下がり、そこでアルフレッドは選帝侯の票を改めて抱き込み帝座に着いた。

その後、アルフレッドは次兄を毒殺し、その次に四男である当時八歳だった子供も殺した。そんな中、アンジェリカは聡く立ち回り、暗殺を警戒して身を守りながら、なんとか生き残った。

そして、アルフレッドはアンジェリカを恐れはじめた。自分が暗殺によって帝座を得たから、妹も同じ方法で 簒(うば) おうとするに違いないと。

「まあ、そうだな。だが俺は、最初からあの女を殺そうと思っていたわけではないのだ」

「そうなのか、意外だな」

こんなところで嘘をつく必要は思い当たらないので、これは本当のことなのかもしれない。

「女だぞ? 他国に嫁がせてサクラメンタの姓を捨てさせれば、それで終わりだ。俺に嫡男ができれば、万に一つの継承の目もなくなる。わざわざ殺すほどの価値もない」

「そりゃそうか」

あの女の行動を見る限り、他家に嫁いで大人しく嫁さんやってるようなタマじゃないような気がするがな。

そもそも、そんな生活で満足できる女だったら、戦場で軍を率いたりはしないだろ。

「……だがな、あの女は、末弟の葬儀で剣を抜き、突然俺に斬り掛かってきたのだ。聞くに耐えん罵詈雑言を叫びながらな。今思えば、あのときなにがなんでも殺しておくべきだった」

可愛がっていた弟だったのかな。

「そいつは、確かに人生最大の失敗だったな。なんでその場で殺さなかったんだ?」

「そうしようとした。だが、ギュスターヴという奴が庇い立てをして、その時は成らなかったのだ。あの女は、あの時も女を使って逃げた。男だったら当たり前に殺されているところを、女のヒステリーだからと許されたのだ。弟が死んで気が動転していたのだとか、そんな理由で有耶無耶にされてしまった」

「ふうん」

こいつは、その時に無茶をしてでも後顧の憂いを断つ判断をできなかったのだろう。

そもそも、まさか葬式に出かけて戦いになるとは思ってもいなかったろうし、連れて行ったのは供回りのわずかな衆くらいだったはずだ。その場で一戦交えようと思っても、戦力的に無理だったのかもしれない。

むしろ、アンジェリカのほうが後悔している可能性もある。まだ警戒されていないうちに、兵を集めるだけ集めて囲んで殺してしまえばよかった、と。この猜疑心の強い男に一度警戒されてしまえば、二度とそんなチャンスは訪れない。最初で最後の機会だったはずだ。

「あの時、あの女は――俺を帝座に相応しくない卑怯者だといいくさった。引きずり降ろしてやるとな。俺はそれでもあの女を許してやったのだ。それを――」

アルフレッドは、怒りに任せて右腕をテーブルに振り下ろした。バンッ、と大仰な音が鳴り、ガタガタと揺れた。

「怒りをぶつけるのはいいが、その調子で戦争をやるなよ。俺がお前と戦争をするなら、必ずその感情を利用する。相手の思う壺だ」

「――分かっている」

だめだこりゃ。

分かってねえから、臥所で顔を気味悪がった嫁さんを 縊(くび) り殺しちまったんだろうに。

せいぜい利用するだけ利用して使い捨てるか。

「――まあいい。もし組むつもりがあるなら、しっかりやってくれ」

俺は席を立って、狂人に背を向けた。