軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2

そして現在。ヴェルナー公爵邸。

「終わった………。何もかも………」

公爵夫人になったリリィは、すっかりこの世の終わりみたいな顔で顔を覆って項垂れていた。

いつも通りに寝て起きただけなのに、多分前世の記憶らしきものを取り戻してしまったリリィは現在17歳。結婚してちょうど一年が経ったころ。

前世の記憶を思い出したところで、人格らしい人格が変わったわけではない。あくまでも「ああそう言えばこんなこともあったかな」というような感覚である。

ただ、価値観の変化はあった。何せ少なくとも今の『リリアーナ』としての自分よりも、ずっと常識的な生活をしていた人生の記憶を取り戻したのである。

リリィは自分の我儘加減を、はじめて正しく認識したのだ。これは物凄い衝撃だった。

というのもリリィ、これまで自分が我儘だという自覚がなかった。

第三者から見てみれば、そんなわけあるか!と叫びたくなるだろうけれど、これが本当なのだから始末に負えない。だってリリィはこれまで一度として誰かに叱られたことがなかったのだ。

立場が違った使用人達はもとより、父も母も兄達も、当然おじいさまおばあさまだってリリィが何をしてもデレデレにこにこしてくれた。

庭にあった銅像に可愛らしいレースのボンネットを被せた時だって、頭を抱える宰相とは反対に兄達は「リリィはセンスが良いなぁ」と頭を撫でてくれた。

うっかり国宝の壺など割ってしまった時にも、壺の価値や歴史を思い出して青褪める宰相とは反対に、両親は壺そっちのけでリリィの心配をして「怪我はない!?」とわたわたリリィの無事を確かめた。

で、リリィに怪我がないとわかると「自分の身を守れてよろしい」といっぱい褒めてくれたのである。

そんな環境だったので、当然リリィに自分が我儘だという自覚が生まれることはなく。

好かれるのが当たり前だったので、もちろん我儘をしたせいで嫌われる、なんていう発想が生まれることもなく。

リリィはヴァン・ヴェルナーに嫁いだ後も、見事にめいいっぱいに贅沢三昧、我儘三昧の日々を過ごしていた、というわけだった。

ヴァンの妻となったここ一年を思い返して、リリィはウッと胸を押さえた。

殆ど王命と言ってもいい、断れない結婚。押し付けられた我儘王女。屋敷に来てからというもの、贅沢三昧の年下の妻。

思い返せば、リリィが側にいる時のヴァンはいつだって気難しい顔をしていた。

傭兵時代は仲間であった部下達と接している時は快活に笑うのに、リリィの前ではいつだって寄せられた眉間の皺。

それもそのはずだ。

リリィはヴァンが帰宅するなり必ず玄関先まで出迎えて、それからずっと「旦那様旦那様」と彼に纏わりつくのである。

慣れないと言っていた王城での勤務が終わるなり、疲れているはずの夫に犬のように纏わりついて、あれこれぺちゃくちゃといっぱいお話をして休息の邪魔をする。

こんな家でヴァンが休めるだろうか。こんな妻がいてヴァンが休めるだろうか。

まさかそんな筈がない。ヴァンからすれば、きっとリリィは押し付けられた我儘王女で、面倒くさい子供のようなものだろう。

思えば言葉遣いにも壁がある。

いつもどこか丁寧な口調で、リリィを呼ぶ時も大抵が「リリアーナ様」である。愛称で呼ばれたことなんて一度もない。夫であるはずなのに家臣のよう。

リリィにはこれまで自分が誰かに嫌われる、という発想がなかったから、そんなヴァンにもいつもうっとり「そんな旦那様も寡黙で素敵……」と見惚れていたけれど、見惚れてる場合じゃなかった。

だってどう考えても嫌われている!!

リリィは絶望した。

『このままじゃ嫌われる』なんてものじゃなかった。悲しきかな、既にリリィは嫌われているのである。

どうして今になって前世の記憶が、真っ当な価値観を思い出してしまったのか。せめて結婚前に自分の我儘を、嫌われて然るべき振る舞いを自覚できていたら、と思わずにはいられない。

リリィはフッ、と天井を仰ぎ見た。

絶望が悲しみを追い越して、何だかもう穏やかな気持ちにさえなってきたのである。もうじきヴァンが屋敷に戻ってくる頃。

いつもなら飛び付いてにこにこして「旦那様旦那様」と纏わりつくのだけれど、流石に自分の我儘というか、嫌われているであろうことを自覚した今それを出来るほどリリィも厚顔ではなかった。

我儘だとさぞかし図太い心を持っているのだろうと思われがちだけれど、リリィはむしろ今まで嫌われてきたという経験がない分、とてもとっても打たれ弱いのである。

ああどうしよう、とリリィは途方に暮れた。

いつも通りにはとても出来ない。けれど毎日のように玄関先でヴァンの帰りを待っていたのだ。いきなりそれをやめても不審だろう。いや、旦那様は気になさらないかも。むしろ喜んでしまうかも……。

そんなことをうじうじと暫く悩んで、リリィは結局、出迎えだけはすることにした。

侍女の手を借りネグリジェから大人しい印象のドレスに着替えて、今度ラフなワンピースでも作ろうかなと考える。鏡の前でちょっと悩んで、結局リップだけを塗ってみる。

可愛いドレスや派手な化粧はもうやめよう、と思った。

ヴァンに可愛く思われたくて一生懸命飾り立てていたけれど、こうなってはむしろ不快だっただろうから。嫌われてしまった分、せめてこれからは、精々不快にさせないように……。

「はぁ……」

そんな風に考え込んでいるうちに、ため息を吐くうちに、時間はあっという間にやってくる。

リリィはこの一年。結婚して以来はじめて、重い足取りで玄関ホールへと足を進めた。

そして帰宅した夫に対して、これまた結婚以来はじめての、無難で大人しい挨拶で出迎えたのである。