作品タイトル不明
13.忠臣になった董卓
光熹7年(195年)8月 司隷 河南尹 洛陽
オッス、おいら董卓。
俺が洛陽に来てから、もう6年になる。
その間には、いろいろあった。
天子の教育を始めたり、汚職や兼併の対策、徴税方法の見直しなど、いろいろだ。
外戚と宦官の反乱未遂もあったな。
幸いにも多くの改革は成功し、大きな混乱もない。
もちろん、これだけ大きな国だから、騒動は常に起こっている。
豪族と小農民の間の緊張関係だって、決してなくなりはしない。
それでもほどほどに行政機構は機能し、民もほどほどの生活を享受している。
おそらくわりと安定していた後漢初期ぐらいには、なってるんじゃないかな。
これが史実どおりなら、王朝は形骸化し、各地で群雄が殴り合う乱世なんだから、よほどマシだろう。
そして天子は 健(すこ) やかに成長し、今は立派な成人だ。
さすがにもう大丈夫だろうと思い、俺は 暇乞(いとまご) いに訪れていた。
「陛下。本日は暇乞いに参りました」
「な、なんだと! 董将軍。朕を見捨てるのか?!」
「とんでもございません。臣は常に陛下をお慕いしております。しかし故郷を離れてすでに6年。さすがに里心がつきました」
「む、それはそうかもしれんが……」
そう言う劉弁の顔は寂しそうだ。
どういうわけか知らないが、彼は本当に俺を慕ってくれているのだろう。
しかしいつまでも、俺が後ろ盾でいるわけにもいかない。
「臣もすでに57歳。残りの余生は、故郷で過ごしたく思います。身内の董旻や牛輔を残していきますので、何かあればお使いください」
「しかし、寂しいではないか。今までさまざまな事を教え、献策してきてくれた、そちがいなくなるのは」
「何事も、いつまでも続くものではございません。それに臣のしたことなど、微々たるものにございましょう」
すると劉弁は、ためらいがちに打ち明ける。
「実は最近、何大将軍が殺されてから、何が起こったのか調べてみたのだ。朕はずいぶんと、そちに助けられてきたようじゃな」
「それほど大したことはしておりません。現状は陛下の人徳と、王朝に仕える者たちの努力の 賜物(たまもの) にございます。臣は少しばかり、その背中を押しただけのこと」
「フフ……相変わらず無欲なことよの。普通はもっと、自身の功績を誇るというのに。いや、だからこその成果か」
「さすがは陛下。ご慧眼にございます」
彼の言うように俺は今まで、功績は気前よく譲ってきた。
だからこそ改革も成功したし、今ここで命を永らえてもいるのだ。
それを察した劉弁が、ため息をつきながら言う。
「ハァ……ということはあまり派手な報奨も、迷惑になるか。涼州のどこか、小さな土地の列侯に封じる、といったところかな」
「謹んでお受けいたします」
「ふん、皆がそちのように謙虚であれば、どれだけよいことか」
「陛下のご心労、お察しいたします」
劉弁はもう一度、ため息をつくと、毅然として言った。
「そちの帰郷を認める。今まで、ご苦労だったな。ヒゲ親父」
「ありがとうございます。少しでも陛下のお役に立てたなら、幸いにございます」
こうして俺は、故郷へ帰ることが決まった。
それから2週間ほどで、諸々の手続きやあいさつが終わり、旅立つことになった。
見送りに董旻や牛輔、張遼、荀攸、李儒、蔡邕たちが来てくれた。
すると牛輔が、未練がましい声を上げる。
「大将、本当に帰るんですか? 考え直しましょうよ」
「バカ言ってんじゃねえよ。これからはお前たちの時代だ。俺たちは涼州から見守ってるさ」
「いやいや、大将と賈詡さんが居たからこそ、あちこちへにらみが利いていたんですよ。まったく、これからどうなることやら……」
そんな愚痴に続き、荀攸や李儒、蔡邕、張遼も言葉を掛けてくれる。
「そのとおりですよ。しかしまあ、いつまでも董卓さまに頼るわけにはいきません。後はなんとかしますよ」
「ですな。ここは気持ちよく、董卓さまを見送りましょう」
「さようさよう。儂も折を見て、故郷に帰りますわ」
「後のことはお任せください。お疲れ様でした」
ここで今まで黙っていた董旻が、口を開いた。
「兄貴。道中、気を付けてな」
「ああ、そちらこそ、立ち回りには気をつけろよ。どこに落とし穴があるか、分からんからな」
「そうだな。まあ、俺も適当に切り上げて、涼州へ帰るつもりだ」
「ええ~、それはずるいっす」
牛輔の情けない声に、笑い声が起こる。
ひとしきり笑ってから、俺は彼らに向き合い、別れを告げた。
「悪いが、後は頼んだ。貴殿らには、今まで世話になったな」
「いえ、こちらこそ、良い経験をさせてもらいました。以後は安らかにお過ごしください」
「ああ、皆、達者でな」
こうして俺は、洛陽を後にした。
しばらくすると、賈詡が話しかけてくる。
「本当に故郷へ帰るのですねえ」
「ああ? 冗談だとでも、思ってたのかよ」
「そういうわけではありませんが、驃騎将軍という地位は、なかなか捨てがたいのではないかと思いまして」
「ばっか、お前。あんなもん、面倒くさいだけじゃねえか。来る日も来る日も、書類と向き合ったり、名士どもの相手をしたりでよ」
「フフフ、董卓さまらしいですね」
賈詡はそう言って笑うが、妙に楽しそうだった。
「お前こそ、良かったのかよ? まだまだ洛陽で働けただろうに」
「それこそ面倒なだけですよ。私を引き立ててくれた閣下が帰るなら、私も帰ります」
「ハッ、お前も欲がねえな」
「閣下にだけは、言われたくありませんね」
そんな他愛のない話をしながら、俺たちは故郷へたどり着いた。
もうここから動くこともないだろう。
董卓に転生してこの結末なら、決して悪くはないと思えた。
これが勝ち組ってやつじゃねえか?
なあ、董卓さんよ。
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それから5年ほどで、董卓は涼州の地で大往生をとげた。
第13代皇帝 劉弁の治世は40年間にも及び、後漢中興の祖と呼ばれることになる。
その陰に忠義の将、董卓が居たこともまた、後世に語り継がれた。
完