軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 ウソですよね?

私をエスコートするレックス殿下は、子どものころのような乱暴さはありません。

むしろ手馴れているというか……多くの女性と遊んでいそうな軽薄な感じが出ています。

テオドール様の弟といいレックス殿下といい、顔が良く自分が女性にモテるという自信のある男性って、どうしてこんなに嫌な感じがするんでしょうか。

でも、これが世間一般でいうモテる男性なのでしょうね。

ダンスのためにレックス殿下と身体を寄せ合うと、耳元で「ようやく二人きりで話せるな」と甘くささやかれてゾッとします。

ゆったりとした静かな曲が流れ始めました。話すにはもってこいです。

私がレックス殿下の言葉を待っていると、レックス殿下はニヤッと口端を上げました。

「シンシアのこういうところがいい。静かで従順だ。俺の婚約者マリアは生意気でな。口うるさくてかなわん」

レックス殿下は、不機嫌そうに眉をひそめています。

「公爵令嬢の分際で王族の俺にあれをしろ、これをするなと命令してくる。挙句の果てに俺の交友関係にまで口を出してきた」

まぁ、婚約者がレックス殿下のような人だったら口も出したくなりますよね。

むしろ、マリア様はこんな婚約者でも真面目に向き合ってあげているんですね……尊敬してしまいます。きっと素敵な方なのでしょう。

私が「レイムーア王家と公爵家をつなぐ重要な婚約だと聞いています」と言うと、レックス殿下はわざとらしくため息をつきました。

「そうだ。普通ならマリアとの婚約は避けられない。だが、ひとつだけ避けられる方法がある」

意味ありげな視線を送られ、グッと腰を引き寄せられます。うっ密着度が上がって気持ち悪いです。

もしかして、世の多くの女性はこういうことをされたらときめいて『キャー! レックス殿下、素敵!』とでもなるのでしょうか?

私は少しでもレックス殿下から距離を取ろうと身体を離しながら「ではマリア様とは婚約を解消されるのですか?」と尋ねました。

「俺からはできない。だから、シンシアに会いに来た」

「は?」

この人はいったい何が言いたいのでしょうか?

「このままではマリアとの婚約は避けられない。だが、俺の結婚相手がバルゴア辺境伯の一人娘だと話が変わってくる」

「それって……」

マリア様のことが気に入らないから、それを避けるために私と結婚するとでも言いたいのでしょうか? そんな、まさかね。

でも、残念ながら私の予想は当たってしまったようです。

「おまえを俺の妻にしてやる。だが、俺はこんな田舎で暮らすのはごめんだ。シンシア、レイムーアに来い。ここでは味わえないような贅沢をさせてやろう」

自分勝手すぎる提案に、私はもう開いた口がふさがりません。この人は、そんなくだらないことを言うために、わざわざバルゴアまで来たんでしょうか?

「……お断りします」

冷たい視線を送ると、レックス殿下はするりと私の頬をなでました。

ぎゃあ!? 気持ち悪い!

「そうすねるな。マリアとは何もない」

いや、そう言う問題ではないんですよ。というか、そもそも私達、子どものころに一度しか会っていないんですけど!?

どうして私がその提案を喜んで受けると思っているのでしょうか? レックス殿下の頭の中はどうなっているの!?

「あの、私達、子どものころに一度会ったきりで、今まで手紙のやりとりすらしたことないですよね?」

私なんてつい最近まであなたの存在すら忘れていましたよ。

「まぁそうだな。だが、マリアと結婚しなければならないと決まったとき、俺は本当に愛していた人を思いだしたんだ」

『思い出した』って、レックス殿下も私と同じで忘れていたってことですよね?

「今まで多くの女性を愛してきたが、シンシア。お前が一番俺にふさわしい」

うわっ……『多くの女性を愛してきた』って、やっぱり軽薄タイプだったんですね。

そういえば、レックス殿下はマリア様に『交友関係にも口を出される』って言っていました。それって結婚前に女性関係を清算しろって話だったのでは?

マリア様と結婚したら、国内で他の女性と遊べない。でも、言いたいこともはっきりと言えないような私が妻ならこれまで通り好き勝手遊べるから私を選んだ、と。

私は内心で深いため息をついてしまいました。

いったいなんの話をされるかと思っていたけど、聞く価値もない話でしたね。

私はもう一度、「お断りします」と伝えました。

その言葉にレックス殿下はムッとしたようです。

私の耳元で「お前みたいな田舎者が、俺に選ばれることは光栄なことだろう?」とか訳の分からないことを言ってきます。

あれほど気にしていた田舎者という言葉が、今は何も気になりません。だって、テオドール様がバルゴアは田舎じゃないって言っていたから。

それに、たとえ田舎だったとしても私がこのバルゴア領を愛していることに変わりはありません。

「私はバルゴアから出て他国に嫁ぐ気はありません。何度も言いますがお断りします」

「どうしてだ?」

「どうしてって……。だから、バルゴアから出る気がないと」

私の言葉をさえぎったレックス殿下は「あの男か?」と言いながらテオドール様に視線を向けます。

ここは、他に好きな相手がいると思ってもらったほうが話が早いかもしれません。

「……だとしたら、なんですか?」

フッと嫌な笑みが浮かびます。

「おまえは本当に可哀相なやつだな」

「何を……」

「あの男、若いメイドと 逢引(あいびき) していたぞ」

私はあきれてため息をついてしまいました。

「そんなウソを信じるわけないじゃないですか。もし本当にメイドと会っていたとしても、恋人とは限りません」

「真夜中に庭園の隅で、男女がコソコソしていたらそういうことだろう?」

「そういうことって、どういうことなんですか? それに、どうして真夜中の庭園にレックス殿下がいるんです?」

私が不審な目を向けると「それはおまえになかなか会えないから、庭園を通り抜けてこっそり会いに行こうかと思ってな」と恐怖発言をされました。

「結局、バルゴアの騎士に見つかってしまい行けなかったが」

なんて恐ろしい……未遂に終わって良かったです。騎士さん達、ありがとうございます!

ようやくダンスが終わりを迎えます。

「とにかく、私があなたと結婚することは絶対にありません」

ダンスが終わったのに、レックス殿下は手を放してくれません。グッと身体を引き寄せられて耳元でささやかれます。

「本当はわかっているんだろう?」

「何を……」

「バルゴア辺境伯の娘が、野心家の男達にとってどういう存在なのか」

ドクンと心臓が嫌な音をたてました。

「テオドールだったか? あの男、バルゴア領の役人なんだってな。すごい勢いで出世しているそうじゃないか。おまえ、利用されているんじゃないのか?」

「そんなこと……」

「ないと言い切れるか? おまえと結婚した男は将来安泰だぞ。結婚するまでは愛がなくても、さぞかし大切にしてくれるだろうよ」

その言葉は『おまえになんか、なんの価値もない』と言われているようで私の心をえぐります。

「あの男に優しくされて調子にのったか? 自分が愛されているとでも? おまえがバルゴア辺境伯の娘でなくても、あの男は優しくしてくれるのか?」

……ああ、そうだった。この人は、乱暴なだけじゃない。言葉を使って相手の心を壊してしまえるような人でした。

「本命はコソコソと会っているメイドだな。王都から来たメイドらしい。田舎者のおまえと違って美しかったぞ。おまえは都合よく出世につかわれてしまったんだな。哀れなものだ」

するどい言葉のナイフが刺さり、見えない血がドクドクと流れていきます。

「田舎者は本当に騙されやすいな。だから子どものときに教えてやっただろう? お前を選んでくれる男なんかいないんだよ。俺以外にな」

私のあごに指がかかり、レックス殿下の顔が近づいてきます。

逃げないといけないのに、心が痛くて身動きがとれません。このままではまた頬にキスされてしまう――そう思ったとき、両肩をつかまれて私はうしろに引っ張られました。

「シンシア様、ご無事ですか?」

どこまでも優しい声音に、私は泣きたくなってしまいます。

「……テオドール様」

テオドール様はレックス殿下を冷たく睨みつけました。

「シンシア様は気分がすぐれないご様子。失礼します」

レックス殿下は、不敵に笑っています。

私はテオドール様に肩を抱かれながら歩き、気がつけばバルコニーにいました。

冷たい夜風を受けてようやく頭が動き出します。

「シンシア様……」

私を見つめるテオドール様の瞳は、いつもと違ってあせっているように見えます。

「レックス殿下と何があったのですか?」

テオドール様の言葉に、レックス殿下の言葉が重なりました。

――あの男、若いメイドと 逢引(あいびき) していたぞ。

もし、それが本当なら、テオドール様の本命はそのメイドで、私は少し優しくされて勘違いしている痛い女です。

なかなか返事ができないでいると、テオドール様は私から視線をそらしました。

「……どうして逃げなかったのですか?」

「え?」

「もう少しであの男に唇を奪われるところだったのですよ!?」

「あ……」

そうでした。はたから見ればダンスが終わったあとに、レックス殿下にキスをされそうになっていたように見えたことでしょう。

私を見つめるテオドール様は、怖いくらい真剣です。

「私が、どんな気持ちで、レックス殿下と踊るあなたを見ていたかわかりますか?」

「で、でも、王族からのダンスの誘いを断るわけには――」

強引に抱き寄せられて驚いてしまいます。こんなに余裕のないテオドール様を見るのは初めてです。

「シンシア様。お願いですから、私以外の男に微笑みかけないでください」

その声はかすれていて、とても苦しそうです。

これがすべて私を利用するための演技だなんて思えません。レックス殿下の言葉に惑わされて、一瞬でもテオドール様を疑ってしまった私は愚か者です。

全身の力が抜けた私は、テオドール様に身体を預けました。しっかりと抱き留めてもらえて、とても心地好いです。そうなってから私は、ようやくまともに話せるようになりました。

「すみません。レックス殿下が……」

「ダンス中に何か言われていましたね? またひどいことを言われたのですか?」

コクコクとうなずくと、テオドール様が私の背中をさすってくれました。こんなに優しくて誠実な人を疑うなんて、私ったら……。

「レックス殿下が、テオドール様は王都から来た若いメイドと夜遅くにコソコソ会っているっていうんです。そんなの、ウソですよね?」

口に出してみるとなんだかおかしくなって笑ってしまった私とは対照的に、私の背中をなでていたテオドール様の手がピタッと止まりました。顔を見ると、どこか青ざめているように見えます。

「テオドール様?」

私の声でハッとなったテオドール様は、「ち、違うんです!」と必死な顔をしました。

「それは、誤解です! あ、いや、そのっ」

ひどく動揺するテオドール様から私は一歩、身を引きました。

「シ、シンシア様!」

また私の脳内でレックス殿下の声がします。

――お前を選んでくれる男なんかいないんだよ。

そういえば、私はテオドール様に『愛しています』なんて、一度だって言われたことがないです。それなのに、どうしてテオドール様が私と同じ気持ちだなんて思えたのでしょうか?

――田舎者は本当に騙されやすいな。

恥ずかしくてなさけなくて、涙がにじみます。

「ご、ごめんなさい。私……か、勘違いを……」

こんなに素敵な人が私なんかを選んでくれるはずがないのに。

いたたまれなくなり、私は逃げるようにバルコニーから去りました。背後からテオドール様の呼び止める声が聞こえましたが、怖くて立ち止まれません。

もうどんな顔をして会えばいいのかわからないです。

ほんの少しだけ『もしかしたら、追いかけて来てくれるかも?』なんて淡い期待を抱いてしまいましたが、テオドール様が私を追いかけて来ることはありませんでした。