軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19 もしかして、その願いって……

レックス殿下と出会わないようにするために、それからの私は仕事以外のときは、できるだけ部屋に籠っていました。

でも、二日目の夜に開かれた会食で顔を合わせることは避けられません。この会食には、私の他にお父様、お母様、そしてテオドール様が参加しています。

お兄様と兄嫁のセレナお姉様は、別件で不在です。

本来なら役人であるテオドール様は会食には参加しないのですが、公爵令息なのでこの場に招かれています。

それと同じ理由で、レイムーア側の参加者はレックス殿下と貴族である外交官達が数名参加していました。その中には、レックス殿下の護衛騎士もいます。ということは彼も貴族なのですね。

貴族ではないレイムーアの一団には、別室に食事を準備していました。

どうして分けているかというと、貴族と平民のテーブルマナーが異なるからです。

バルゴア領では、そういうことはあまり気にしないのですが、他国ではそうもいきませんものね。

そういうわけで、貴族と平民に分けて会食を開いています。

お父様とレイムーアの代表が話している間、レックス殿下はこちらをジーッと見ていました。

視線が痛い……。

お父様と代表の話が終わると、レックス殿下が口を開きます。

「辺境伯。シンシアにはまだ婚約者はいないよな?」

レイムーアの代表が「殿下!」と非難めいた声を上げます。

お父様は「レックス殿下は、レイムーアの公爵令嬢と近々ご結婚されるとか。おめでとうございます」と淡々と返しました。

レックス殿下からはチッと舌打ちが聞こえてきます。

血の気が引いて泣きそうになっているレイムーアの外交官達。

お母様が満面の笑みで側にあったグラスを手に取りました。

「あらあらまぁまぁ、いただいたこのグラス、とても美しいですわね」とレイムーアの一団が友好の証として贈ってくれたガラスのグラスを褒めました。

「レイムーアはガラス工芸で有名ですものねぇ」とニッコリ。

助かったとばかりに代表は説明を始めます。

「え、ええ! そうなのです! このグラスには特殊な加工がされていて――」

さすがお父様とお母様。礼儀を知らない人の流し方がうまいです。

それにしても、レックス殿下は、いったい何がしたいのでしょうか?

まさか、我が国とレイムーアの友好関係を壊したい、とか?

その後、食事が運ばれてきましたが、ずっとレックス殿下からの視線を感じていました。

うっ、居心地が悪すぎて味がわかりません。

会食が終わると同時にレックス殿下が立ち上がり、こちらに歩いてきます。

すかさずテオドール様が間に入り、レックス殿下に「バルゴアの料理はいかがでしたか?」と聞いてくれました。

その間に、私はその場から静かに立ち去ります。

そういうことが何回も続きましたが、無事に一週間がすぎました。

テオドール様のおかげで今のところ大きなもめ事は起こっていません。それに、テオドール様がいつも私を守ってくださるので、子どものころに感じたレックス殿下への恐怖は少しずつ薄れてきたような気がします。

今は怖いというよりも、周りが見えていない残念な人という印象です。

あとは、今日行われる夜会を無事に乗り切るだけ。

メイド達は張り切って私をドレスアップしてくれました。

テオドール様が贈ってくださった夜会用のドレスは、淡いピンク色を選びました。

本当はテオドール様の瞳と同じ赤いドレスを着てみたかったのですが、そんなことを自分から言う勇気はありません。

服飾士たちは、はりきって私のドレスにフリルやらリボンやらをたくさんつけてくれようとしました。子どものころはそういうドレスが大好きでしたが、今回は丁重にお断りしました。

なぜなら、今の私はテオドール様の隣に立っても違和感がないような、落ち着いた女性になりたいからです。

服飾士たちに希望を伝えると、派手な飾りは止めて上品な刺繍を入れてくれました。

胸元や肩が出ているのは苦手なので、美しいレースで隠してくれています。

そうして完成したドレスは、可愛いのに落ち着きがあってとても素敵でした。

そのドレスを着た私は、いつもより少しだけ大人っぽくなれたような気がします。

メイドの一人が「テオドール様が来られました」と教えてくれました。

部屋に入ってきたテオドール様を見たとたん、私は言葉を失います。

飾り気のない黒い衣装なのに、テオドール様が着ると神々しく見えるのはなぜ!?

レイムーアの一団を出迎えるときも正装をしていましたが、夜会用の正装は髪までセットしているのでまた一味違います。

私がボケーと見惚れていると、テオドール様はニコリと笑ってくれました。

「シンシア様、とても素敵です」

「あ、えっと、テオドール様も……」

テオドール様は、小脇に抱えていた箱のようなものを取り出します。

「本当なら、アクセサリーもシンシア様に選んでいただくべきなのですが……」

そう言いながらパカッと開けた箱の中には、イヤリングとネックレスが入っていました。それらには、テオドール様の瞳と同じ赤い宝石がついています。

自分の瞳の色を相手に贈るのは好意の表れで……。

「もらっていただけますか?」

どこか不安そうなテオドール様。

「は、はい」

すぐにメイドがアクセサリーを受け取り、私につけてくれます。

小さな赤い宝石と花の形の金細工が交互にならび連なるデザインはとても可愛いです。同じデザインのイヤリングが私の耳でユラユラと揺れています。

「すごく、綺麗……。ありがとうございます」

鏡越しにテオドール様の嬉しそうな笑みが見えました。

これってもしかして、テオドール様も私のこと……。

「シンシア様、お手をどうぞ」

差し出された手に、自分の手を重ねると私の胸は高鳴ります。今からこんなにときめいてしまって、私の心臓は持つのでしょうか。

夢見心地で夜会会場へと向かいました。

夜会会場では、さすがにレックス殿下を避けることはできません。

会場入りしたレックス殿下は、煌びやかな衣装を着こなしています。性格に問題がありすぎですけど、この人、顔だけは良いんですよね。

こうして改めて見ると、女性にとてもモテそうです。まぁ私は少しもタイプではありませんが。

そんなレックス殿下は、まっすぐ私の元へと来ました。

「シンシア、話がある」

私はありませんけどね。この夜会が終わればレックス殿下はバルゴアから去るので、あと少しのガマンです。

私はできるだけ笑顔をつくって「はい、なんでしょうか?」と答えました。

ここにはお父様、お母様もいます。それに私の隣にはテオドール様がいてくれます。

さぁ思う存分、話してください。

「ここではダメだ。二人きりになりたい」

いや、どうして私が婚約者のいるあなたと二人きりにならないといけないんですか!?

そんなことをして、周囲に誤解されたらどうしてくれるんですか!?

「あの……」

私が断る前に、レックス殿下にさえぎられます。

「ダンスはどうだ?」

「え?」

どうだって? いや、あなたとは踊りませんけど!?

見かねたのかお母様が「バルゴアでは、パートナーと踊るのが先ですわ」とレックス殿下に言ってくれました。

その言葉に、さすがのレックス殿下も引き下がります。

ホッと胸をなでおろしつつ、どうしてもっとはっきり断れないのかと自分を責めてしまいます。それに、お母様のようにいろんなことをサラッと流せるようになりたいです。

隣にいたテオドール様が「シンシア様、踊っていただけますか?」と誘ってくれました。

「は、はい!」

優しく手を引かれダンスホールへと出ていきます。そこには他にも何組もの男女がいました。

会場中の視線が私達に集まっているような気がして、緊張してしまいます。

私、お父様としか踊ったことがないのですが、うまく踊れるでしょうか?

失敗してテオドール様の足を踏んでしまったらどうしよう!?

「シンシア様」

「はい!?」

あわてて顔をあげるとテオドール様の顔がすぐ近くにありました。手が重なり腰に腕が回ります。

「あなたと踊れて光栄です」

微笑むテオドール様に見惚れているうちに、音楽が流れていました。

テオドール様、すごく楽しそう。

そんなテオドール様を見ていると、上手く踊らなければとか、失敗したらどうしようといった不安が溶けて消えていきます。

気がつけば私も自然と笑みを浮かべていました。

テオドール様のリードがうまくて、急に私のダンスがうまくなったような気がします。

そう思った瞬間、私は小さくつまずいてしまいました。体勢を崩した私をとっさにテオドール様が抱き留めてくれます。

や、やってしまった……。血の気が引く思いとはこういうことを言うんですね。

早く謝らないと。半泣きになっている私の耳元で、ものすごく良い声がします。

「 公(おおやけ) の場であなたを抱きしめられるなんて 役得(やくとく) ですね」

そういったテオドール様は、イタズラっぽい笑みを浮かべていました。

「テオドール様……」

そっかテオドール様は、私が失敗しても怒らないんですね。それどころか、はっきり話せなくても、しっかりしていなくても、いつも優しくしてくれます。

私はそんな優しいテオドール様とずっと一緒にいたいです。

ダンスを再開した私は思い切って聞いてみました。

「あの、テオドール様のお願いって?」

おずおずと尋ねるとテオドール様は照れたように笑います。

「あとで聞いてください」

「はい」

私にしか叶えられないそのお願いは、もしかして、私と同じ願いなのかも?

夢のような時間はあっという間に終わってしまいました。

私達がダンスを終えると、レックス殿下に睨みつけられました。

「シンシア」

そういって偉そうに出された右手は私に向けられています。いつものようにテオドール様が間に入ってくれようとしましたが、私はそれを止めました。

さすがに王族からのダンスの申し込みを断るのは失礼すぎます。

それに、レックス殿下は私に話があるようなので、一度、聞いてみようと思います。ただし、二人きりになるつもりはありません。ダンス中に話してもらいます。

レックス殿下がどれだけ空気を読めなくても、まさかダンス中に暴力をふるうことはないでしょうから。

私はテオドール様に「大丈夫です」と伝えてからレックス殿下の手を取りました。

その手に触れてもテオドール様のときとは違い、少しのときめきも感じませんでした。