軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.祈りのダイヤモンド

薄っすらとした黄色っぽい赤が広がる朝日のなか、私は緊張の面持ちで窓を開けた。

「ああ……」

それっきり声も出せず、しばらくその景色を食い入るように眺めた。

昨日まであった雪はすっかり解け、浅春の風が吹く。いつもに増して短くとも冷えた冬が明けた。

大きく息を吸い込み、冷たくも温もりを感じる空気に自然と笑顔になる。

「やっとこの日が来たのね」

待ちに待った雪解け。デュークが願った前回以外、セラフィーナは冬に閉じ込められ国に帰ることなく終わってしまうと言っていた。

つまり、彼女のこれまでの巻き戻ってきた(前回以外の)時点を越えることができたとわかる日。

私たちが物語から解放されたことを示す芽吹きだした大地に日が当たり、あまりにも眩しく美しい光景に私は目を細めた。

それから数時間後。デュークが侯爵邸に訪ねてきた。

二人きりになり、気づけば引きずられるように腰を攫われ、デュークの腕にきつく抱きしめられていた。

「フェリ……、フェリ」

「デューク様……」

感極まった声で名を何度も呼ばれ、私の声もつられるようにかすれていく。

頬を擦り付けるよう屈みこんだため、デュークの柔らかな髪が頬をかすめていくたびに心がくすぐったくなり、愛しい恋人の存在を目一杯感じたくて彼の背中に腕を回した。

互いに存在と喜びを噛みしめた後、私たちは割れたピンクローザを前に向かい合って座った。

「この日が来た。予定通り半分ずつでいいのか? 俺としてはすべてフェリシアに贈りたいが」

「ピンクのダイヤは男性には使いにくいかもしれませんが、一緒に乗り越えた証を二人で持っていたいです」

物語から抜け出せたと確定するまで、少しでも可能性を広げるためにピンクローザには触らないでおこうと話し合っていた。

そして、終わったその時には、愛の宝石にちなんで、綺麗に半分に割れたこともあり互いに持っていたいと伝えていた。

「フェリがいいならそれでいい。今までたくさん抱えてきて大変だったと思う。それらにくじけず、至らないことも多い俺のそばにいてくれてありがとう。何より、無事でよかった」

そこでデュークは席を立つと、私の前に膝をつき箱から指輪を取り出した。

「愛している。全力でフェリを守ると誓う。俺と結婚してほしい」

リング全体に輝くダイヤモンド。とても豪華だけど上品な指輪を手にデュークが私を見上げた。

ピンクローザは互いに贈り合うことを約束していたこともあり、ピンクローザ以外の宝飾品を贈られるとは思いもよらなかった。

えっ、と目を見張ると、やけに緊張した様子のデュークが私の手を取った。祈るように額をつけ、デュークがささやく。

「好きだ。フェリシアが好き……」

吐息とともに口づけをし、じっ、と私を見つめる。

「フェリシア。愛している。どうかこれを受け取って」

婚約しているのだから、いずれ私たちは結婚する。

記憶を思い出す前の私はデューク優先で彼のことを考え行動するだけで、それに対する大きな反応を期待することなく満たされていた。

デュークと通じ合い、趣味や周囲との関係も含め充実していたからこそ、物語が近づくにつれ死に役であることの不安に駆られ、このままその幸せに浸ってしまっていいのか、大事なものが増えたからこそ壊れる未来が怖かった。

未熟さゆえにすれ違うこともあったけれど、秘密を打ち明け共有することでさらに絆を深めることができた。

そういったものを抱えながら、二人で乗り越えたどり着けた真実。

死に役という立場に絶望し、なんでと恨んだ日もあった。でも、苦しみや気づきを得たからこその今の関係がある。

それらはかけがえのないものとなり、これからも消えゆくことはなく、間違いなく私たちにとって大事な糧となった。

「よろしくお願いします」

デュークがそばにいてくれて本当によかったと、穏やかな双眸が私を映すたびに感じる幸せ。

これから不安に思うことがあっても、デュークがいるだけできっと私は大丈夫だと、その気持ちを持てることが、未来を明るく照らす。

改まってまじまじとデュークを見つめると、生気に溢れる綺麗な瞳が私をじっと見つめ返してきた。

溢れんばかりの優しさととろりと滲む甘さ、そしてほんのちょっとだけ飢えたような渇望を覗かせる双眸に、私はこれまで以上に引き付けられ目が離せない。

「一時もフェリシアと離れたくない。未来永劫そばにいてほしい」

「はい。一緒に幸せを掴んでいきたいです」

デュークの濃紺の瞳が、二人の言葉を吸い込むように深く、それでいて清らかに透き通り、不思議な色を醸し出す。

濃紺の双眸は深みが増し、一層愛しげに私を見つめてくる。頬を緩ませた私の右手をすっと取ると、うやうやしく薬指にはめられた。

「この指輪はこれからピンクローザで作る指輪とセットになるようにデザインしてもらっている。出来上がったら左指に変え両方つけてくれると嬉しい」

物語のデュークは、ヒロインにピンクローザの指輪を贈っていた。

デュークはデュークだけれど、今のデュークだから考えてくれた形。気持ちがこもったプロポーズや贈り物に胸が熱くなる。

喜びと感動で、泣き笑いのような変な顔になっているのが自分でもわかる。

「ありがとうございます。デューク様、大好き……、きゃっ」

そう告げるとデュークは眉尻を下げ、くしゃりと崩れた笑顔とともにたまらないとかき抱かれた。

「フェリ、もう離さない」

耳元でささやかれ、くいっと顔を上に向けられ至近距離で視線が合う。とろとろと蜂蜜のような甘いい眼差しで見つめられ、視線が逸らせない。

顔が火照っていくのを止められず、はくっと息を吐き出した。

自分の吐息が熱くて、距離の近さが気になって一歩下がろうとしたが、がっちりと抱かれて敵わない。

デュークが顔を近づけ、唇が触れる寸前でぴたりと止まる。

「フェリに何かあれば俺は生きていられない」

「大袈裟です」

「大袈裟なものか。思い出しただけで震えが止まらない。フェリがいない世界は考えられない。全力で守らせて」

ちゅっと音を立て触れ、一度視線を絡め合い再び唇が重ねた。

長く私たちは二人の体温を確認し合い、名残惜しそうに唇を離したデュークに再び隙間なく抱きしめられた。

こつん、と私の肩に顎を置いたデュークが興奮した様子で畳みかけてくる。

「それで、いつにする? 明日? 明後日?」

「何がですか?」

口づけで息の上がったデュークの声が、耳をかすめる。

触れる吐息がくすぐったくて笑いながら訊ねると、渋るようにゆっくりと身体を離したデュークが私の肩を掴んだ。

離れる熱に寂しくもあるけれど、それ以上に熱のこもった視線に釘付けになる。

「結婚式だ。俺としては今すぐにでも挙げたいが、さすがに互いの両親や殿下たちに話さないわけにもいかないし」

「いえいえ。通常は半年から一年ほどかけて準備をするものですよ」

そもそも私たちはまだ学生。結婚は卒業すればと両家で話してあるので、慌てるようなことでもない。むしろ、早めることがあれば周囲が混乱してしまう。

そう告げると、デュークがへにょりと眉尻を下げた。

「わかっているが、一時も離れたくない。近くにいてフェリを守りたいし、もう物語に苦しめられることがないようそばにいたい」

「物語は終わりましたよ」

離れがたい気持ちは私も一緒だ。

好きな人との生活を心から楽しみにしているし、これほど望んでもらえて嬉しさがはち切れそうだ。だけど、まだ先だと思っていたこともあり気持ちがついていかない。

困惑していると、髪に手を入れこつんと額を押し付けてきた。

「言い方を変える。俺のために結婚してほしい」

「デューク様のために?」

睫毛が触れるほどの距離で、視線が絡み合う。

「そうだ。俺がフェリなしでは生きていけない。今後何かあったときに、一番に駆け付けられる存在でいたい。喜びも悲しみも最初に共有したい。もう二度とすれ違わないように……」

贈られた指輪を撫でながら、愛しさとともに切実に私を欲していると伝えられる。ここで断れば暗闇に落ちてしまいそうなくらい、緊迫した鋭さもあった。

物語のフェリシアではなく、私だから望まれ見せられる瞳に、きゅっと胸が締め付けられる。

デュークと生きていこう。

一緒に過ごしたいとは何度も思ったけれど、生きていこうとさらに大きな未来への決意は、どん、と胸に衝撃が走り、溢れる想いではたはたと涙がこぼれた。

死に役ではなくなり、これほど存在を望まれることに涙腺が壊れ止まらない。

「デューク様と、一緒に生きていきたい……」

「一生かけて大事にする」

嬉しくて笑っているのに涙は止まらず、その涙を優しくそっと何度も指で拭われ、私たちは再び口づけを交わした。