軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8 .誤算と決意 後編

そして話は戻るが、それに対して周囲が盛り上がる。

あそこにいたよとかどうしていたかの情報は入ってくる。ついでに、ベリンダとこうしていたああしていたと教えてくれる人が増えた。

どうやら放っておかれている婚約者として同情されているらしく、彼女たちも悪気がないのでやんわり否定するしかできない。

実際にデュークがベリンダ担当なのかと思えるほど彼女はデュークの横にいるので、周囲が心配するのもわかる。

別に彼らも二人きりで話しているわけではないのだから、気にしていないとそのたびに言っているのだけれど、どうしても周囲は私に動いてほしいようだった。

何気なく視線をやった先に見るつもりもなかった二人の様子が目に入り、私は眉尻を下げた。

視界の先でベリンダがデュークに向かって話しかけ、それを受けたデュークが笑みを浮かべて応えている。

それからくいっと袖をひっぱられたデュークは、何かを言うベリンダに耳を傾けるように少し頭を下げた。

「あっ……」

ちく、と胸が痛む。

長年恋い慕ってきた心は、割り切ったつもりでいても割り切れていない。

諦めよう、婚約解消しようと決めているのに、最近の熱っぽい視線を感じるとどうしても奥に引っ込めていっぱい鍵をかけている恋心が出たいと疼く。

それでいて二人の仲の良さそうな姿を見て、物語の二人を思い出して胸が冷える。

――ああ、私の恋心しつこすぎない!?

デュークが自分以外の女性と笑っているところを見て、私はショックを受けた。

立場上、流れ上、もてなす側がむすっと応対するほうが問題だ。どうしようもないことだとわかっていても、心はそのように受け取ってくれない。

「フェリシア、いいのですか?」

同じように見ていたジャクリーンが、心配そうに声をかける。

本当にこのままで……、と言葉にはせず視線だけで訴えられて私はこくりと力なく頷いた。

まだ何やら話している二人を視界から無理矢理剥がし、深く息を吸い込んだ。

恋心と前世の物語がぎゅうっと胸を圧迫してくる。それらを逃すように、何度も何度も息を吸って吐き出した。

「フェリシア?」

そんな私を見て、ジャクリーンが美しい顔をくしゃりと歪めた。

苦しい気持ちを少しでも軽くするように長めに息を吐き出すと、私は努めて笑みを浮かべた。

今、自分がどんな表情になっているのか、ちゃんと笑えているのかわからない。

だけど、大丈夫だと、大丈夫にするのだと俯いていたくなくて笑う。

「ええ。公務ですから」

「でも……」

私は周囲をうかがい、誰も近くにいないことを確認してからそっと顔を寄せた。

ジャクリーンならいいかと、むしろ少し吐き出したくなって心の内を吐露する。

「ここだけの話、私はデューク様を諦めようと思っているのです。いずれは婚約解消を申し出ようと」

「そんな!? 確かに今までのウォルフォード様はちょっとあれでしたが、今は確実にフェリシアを気にかけていると……」

ジャクリーンは困惑気味に私とデュークを交互に視線をやり、最後に私を見ると小さく嘆息し肩を竦めた。

その様子に私は苦笑する。友人として思うことがあっての動きは親身になってくれているからで、困らせてしまっているけれど嬉しいものでもあった。

「確かに視線は感じますが、きっと私が話しに行かなくなったから気にかけてくれているだけだと思います」

「それは少し違うような」

ぎゅっと眉を寄せるジャクリーンは、どうしてもデュークの現在の視線が気になるようだ。

私も気になる。だけど、どうしてかと考えることもつらくてわからないことを深く考えるのはやめた。

「もういいのです。もともと両親たちの仲が良かったことによる婚約でしたから。そのほうがお互いのためです」

自分の思いを聞いてもらうことで、自分自身に発破をかける。

そうしないといけないのだと強く言い聞かせた。

「お互いのため、ねえ。私はフェリシアがそれでいいのでしたら構わないけれど、でも最後の決断を下す前にウォルフォード様と一度ゆっくり話し合うべきだとは思うわ」

「ジャクリーンも両親と同じことを言うのですね」

隣国の王子が帰ったら婚約関係の解消を進めてくれないかと、すでに両親には話してある。

考え直さないかと何度も言われたけれど、私は首を縦に振ることはなかった。

気持ちはまだデュークにある。けれど、もう疲れたのだと正直に告げた。

一か月の連絡のなさ、ヒロインとの出会い。

自分ばかりが好きで追いかけてきたけれど、気持ちの糸がぷつりと切れたと正直に話した。

貴族社会で恋愛結婚は難しい。ましてや好きな人と結ばれるなんて奇跡なのに、好きすぎてつらいとは贅沢なことだとわかっている。

だけど、今までと感じ方や考え方が変わった今、結婚生活はかなり苦しいものになると思った。自分が勝手に期待し失望して、その感情ゆえに日常に影響を及ぼすくらいなら離れるほうがいい。

迷惑をかけることを謝ると、家族はものすごく悲しそうな顔をしながら理解してくれた。

ただ、勝手に決められない。解消してしまえばもう縁は戻ることはできない。

そのため、二人でしっかり話し合ってから、それでも私が婚約解消を望むのならその気持ちを尊重しようと最後には言ってくれた。

両親は私の気持ちが変わることを期待しているようだけれど、デュークと話し合っても変わらないだろう。

今はよく視線を感じそこに熱が含まれているような錯覚を受けるものだけれど、私がそうしたいと言えばそうかとデュークは了承するに決まっている。話し合いというよりは、報告会で終わるのではないだろうか。

この婚約は私の好きがあったから進んだのもあるので、気持ちがないと告げたら案外あっさりと解消されるのではないかと思っている。

家門としても政治的な関係で利点はあったけれど、なければないで構わない。

どちらも安定している家門なので、私たちが破談になればまた違う先でさらに政治的な意味合いが強いところや事業として有効な家と関係を結ぶという手もある。

デュークは誰でもいいというわけではないけれど、どうしても私がいいわけでもない。

次期公爵の立場からしても引く手数多で、私が嫌だと言ったらデュークは気持ちを尊重してくれるはずだ。

「デューク様との婚約は両親の仲が良いことから始まり、私のデューク様への好意がきっかけで進んだので、私たち本人の意志を尊重すると言われています。諦めると決めた以上、いつまでも幼馴染だからと縛っておくのは酷でしょう。出遅れた感はありますが、新たな候補を探すにはまだ間に合う時期かと」

「確かにフェリシアなら婚約が白紙になったらたくさんお話がくると思いますが」

実際、デュークと婚約してからもその手の話が全くないわけではない。もちろん婚約は公に発表されているので、先方ももしもがあればと思ってくらいのものだ。それはデュークも同じだろう。

それらを断りそのまま婚約関係を続けていたのが答えだと、だから未来は明るいと信じていたのもあった。

「ええ。まだ先方には解消したい旨を伝えていませんが、最後はしっかり向き合ってお話ししてからできればわだかまりを残さずと思います」

互いの両親たちの仲がいいので、その辺はしっかりしておきたい。

あと、兄たちは 嫁(とつ) がなくても養うと言ってくれているが、お荷物のように過ごすのは嫌なので、できれば家門に少しでも役に立てる家柄と心穏やかに過ごせる人のもとに嫁ぎたい。

それよりもまず生き残ることが先だ。

情報は集めてはいるけれど、それらが役に立たない可能性だってある。

火種があるのか、これから私個人が恨みを買ってしまうのか、デュークとベリンダに関わることなのか、ただの偶発的なイベントなのか。

とりあえず人気のないところで一人の行動は避け、男性とは二人きりにならないくらいしか対処しようがないので心許ない。

定かではないことが多く手探り状態だ。

ほかに情報がないかと頑張って思い出そうとするけれど、なにせ復讐してからもイベントがあってさらに絆を深めていく恋愛物語なので情報不足にもほどあがる。

デュークはずっと後悔していたとあったから、今回の交流の後にベリンダとその犯人は本格的に留学してきてからの話だったのかもしれない。

物語上の私の扱いを考えるとやっぱり腹が立ってくるけれど、そこに怒りをぶつけている場合ではない。

「フェリシアたちが婚約を解消すれば喜ぶ殿方も多いでしょうね。でも、私は以前からお二人の姿を拝見するのがとても好きだったのです。クールですが頼もしい、……まあ、女心はわかってなくて疎いですが浮気男よりマシなウォルフォード様と愛らしいフェリシアが一緒にいる姿は一枚の絵のようにしっくりきて素敵だと思っていたのですよ」

「ありがとうございます」

私もデュークが好きだった。今もやっぱり好きだと心が訴えている。

お似合いだと言ってもらえるとやっぱり嬉しかった。

その晩、詳しい資料が届いた。

その中で、この一か月の様子を含め怪しいと思う三人を絞り出す。

一人目は、ローマン・メイヒュー侯爵令息。

本人がというよりは、十年前の交流再開の際に事業を持ちかけられてオルブライト侯爵家は断ったことがあった。本人が実際のところその件をどう思っているのかわからないけれど、接点がある以上除外はできない。

二人目はシオドア・クロンプトン子爵令息。

女性に気安く私たちにも話しかけてくる。特に何もないように見えるけれど、積極的に接触してくる相手はやっぱり気になった。

ほかにも調子がよい人物はいるけれど、デューク一筋だった物語の私がこのようなタイプで話したことがない人についていくのはありえない。

そして、三人目はコーディー・アドコック伯爵令息。

常にベリンダの横にいる人物で、私が二人を視界に捉えると常に彼もいて、気のせいで済ますには次第に彼に観察されるように見られることが増えていた。

情報と現状と自分の性格も考えて、可能性が高いのはこの三人。

まだ見えていないものがあるかもしれないけれど、警戒する対象が絞られて全方向に向けられていた緊張が多少緩和されると同時に気が引き締まる。

私はぐるりと赤ペンで彼らを囲い込み、机の奥にしまい込んだ。