軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9 .欠けても

「ごめんなさい」

これでいいのだろうかと心を痛めながら私はデュークへの手紙を侍従に渡した。

一か月に一度の逢瀬を前に、お忙しいところ時間をいただくのは申し訳なくという文面を添えて私から初めて断りの連絡を入れた。

隣国の王子たちのことで多忙を極めているらしいデュークに、余計な時間と心労を負わせるのは本意ではない。

会えばここ最近の熱視線についても気にしてしまうし、二人きりとなれば絶対私は期待してしまう。

そこからまた気持ちが落とされることを考えると、どうしても会うのが苦痛に感じた。

学園でなかなか話せないとなったら、頻繁に送られてくるようになった手紙。

放課後少しだけでもいいから会って話さないかとのお誘い。

積極的に接点を作ろうと分かりやすく示され嬉しい気持ちと複雑な気持ちで揺れ動き、終わった、終わるのだと思っても違う形で揺らされる。

どうしてだとの返事はすぐに来たけれど、無理をしてほしくないこととすでに予定も入れたと、二通目は敢えてギリギリに着くようにして先ほど断りの手紙を書いた。

逢瀬の日時はデュークの都合に合わせていたので、この日が流れたらすぐに調整はできないだろう。

今まで私から逢瀬を断ったことはなかったから戸惑ったのだろうけれど、予定があるとわかればこの話は終わりだ。

「こうやって距離を取っていくのね」

あらゆるデュークにまつわることをやめようと決めて実行してきた。

最初は胸の苦しさにどうなってしまうのかと心配になったけれど、今みたいに揺れながらも心理的にも物理的にも少しずつデュークと距離があいていく。

『好き』はやめられなくて恋心はまだしくしく泣いているけれど、少しずつだけど気持ちも変化し、実際に距離も置けていることに勇気と自信を得ていた。

そして、本来ならデュークとの逢瀬の日。私は当初から予定していたヘンウッド伯爵令息と一緒に孤児院に来ていた。

ジャクリーンは公爵家の令嬢でありクリストファー王太子殿下の婚約者候補筆頭なので、隣国の王子関連でどうしても外せない用事があるらしく今日は不在だ。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう! また来てね」

「うん。またね」

子供たちに笑顔で手を振られ、私たちも手を振った。自然と顔が綻ぶ。

無事、先ほど作った髪飾りをお菓子とともに渡してきたところだ。

「みんな喜んでいましたね」

「はい。あれだけ喜んでもらえると作った甲斐があります。ヘンウッド様が的確なアドバイスをしてくださったおかげです。ありがとうございます」

「役に立っていたならよかったです。でも、オルブライト嬢が子供たちを思って作ったから女の子たちはあれだけ喜んだのだと思いますよ。どうしても男の俺だと女の子のものはわからないこともあるから。よかったですね」

「そうですね。あの笑顔が何よりもご褒美です。初めてのことで時間かかっちゃいましたけど、少し慣れたのでまた作ってみたいです」

小さくてそんな凝ったものではない髪飾り。

だけど、どんなものなら喜んでくれるか、子供たちに使いやすいかたくさん考えた。

もしなくしてしまっても重く考えなくてもいいように素材も安価なものにすると決め、それはそれで種類がたくさんあり、ああでもないこうでもないと悩み試行錯誤してできあがったもの。

喜んでくれますようにと思って作ったけれど、実際にその姿を見ると感極まるものがあった。

きゃぁーっとテンションが上がってぴょんぴょん飛び跳ねる子もいて、さっそく留めてあげるとあの日露天で見た少女のように頬を染めて何度も撫でていた。

今までデュークのことばかりで、そのデュークは私が何かしても嫌がることはしないけれど、今となっては一方通行の押し付けをしていたのかと考えることもあって落ち込んだ。

もう終わったことなのに思い出してはふと悲しくなることもあるけれど、彼女たちの笑顔を見て吹き飛んだ。

子供たちが友達同士で見せ合い褒め合っている姿も微笑ましかった。

その姿が新鮮で、反応があるのは嬉しかった。

やっぱり私は誰かのために何かをするのが好きだと実感した。

そこに大きな反応を求めているわけではないけれど、喜んでもらえると気持ちが温かくなって、また彼女たちの喜ぶ姿を見たくなる。

この高揚は頑張ったからこそ味わえるもので、喜んでくれるものが見えるのは心がほこほこして前向きになれた。

ここ最近、デュークとベリンダのこと、そして付随するあれこれが気になって気持ちが沈むこともあったけれど、頑張っていきたいと強く思う。

私の人生は私のものだ。

物語の運命通りになんてさせない。絶対、死なない。

子供たちの笑顔に糧をもらいやる気に満ちていると、一緒に歩いていたヘンウッドが鞄に手を突っ込み小さな箱を取り出した。

「これ、遅くなったのだけど」

「もしかして!?」

「綺麗に直すことができましたよ」

少し時間がかかるとは聞いていたのでのんびりと待っていたけれど、いつできるかはやっぱり気になっていた。

薄いピンクのラッピングを解いて箱を開けると、私が作った髪飾りが入っており欠けた部分はそうとはわからないように修繕されていた。

「すごく綺麗です」

指で摘むと腕を上げて太陽に掲げる。紺色と乳白色のガラスが光の角度に色味を変え、我ながら綺麗な配色に満足だ。

そして、欠けた部分も光を通すとうっすらと金がきらきらして見えた。完璧な仕事ぶりに感嘆する。

「少し前に仕上がってはいてずっと渡そうと思っていたのだけど、工房でいつ会えるかわからなかったし今日なら確実だったので。学園で渡して周囲に誤解されても困りますしね」

「お気遣いありがとうございます。修繕したところがとてもきらきらしていますね」

「気づきました? 割れたところを補強するだけでなくて接着面をなるべくわからないように金を置いてみたんです。勝手にしてすみません」

「そんなっ! むしろ、さらに素敵になったので嬉しいです」

しかも、私の髪色と同じ素材。

つけても馴染むようにと考えてくれたのだろう。

「オルブライト嬢の初めての作品だからなるべく余計なことはしたくなかったのだけど、やっぱり欠けたとわからないようにはしたくて。喜んでもらえてよかったよ」

「ええ。さらに大事なものになりました。本当にありがとうございます!」

あらゆることをやめて好きにしようと決意して出会った自分がしてみたいこと。そうして作った初めての思い出の作品だ。

一度欠けてしまったけれどこうして元通りになり、しかもきらきらと輝きをプラスされて戻ってきて本当に嬉しかった。

私はきゅっと握りしめて髪につける。

「どうでしょうか?」

「とても似合っていると思うよ」

「ふふっ。ありがとうございます」

愛おしくなって、ちょんちょんと髪飾りに触れる。

愛着のある物を身に着けると心が強くなるようだ。今日見た子供たちの眩しく嬉しそうな表情を自分もしているのだと思うと笑みがこぼれる。

この髪飾りのように、欠けても新たに素晴らしいものになることだってある。欠けた部分は見えないようにさらに美しくなって直るのだと教えられ、私は勇気を得た。

いつしかこのつらい気持ちも、そういう時もあったなと懐かしむような柔らかな気持ちで思い出すこともあるのだろうか。

「いずれはオルブライト嬢も、モンティス嬢のように宝石を扱えるようになるまで工房に通うのですか?」

「できるようになれればとは思いますが本格的にとは……。ジャクリーンのようにこれを作りたいという理想があるわけではないので、今できることをもっと丁寧に作ることがまず目標です」

今はあれこれ考えるのが楽しくて、想像通りにできた嬉しさ、今日のように喜んでくれる人たちがいるだけで十分な気もする。

「モンティス嬢の熱量に当てられてしまったのですが普通はそうですよね。それにオルブライト嬢はウォルフォード殿と婚約しておられるので、工房ばかりに通っていられないですよね。モンティス嬢も候補の段階でやはり忙しそうですし」

「ジャクリーンのお相手は王太子殿下ですからね」

そう。どうしても貴族子女として、婚約者、もしくは候補がいる者として、立場的に趣味に熱を入れるばかりではいられない。

結婚間近になればすべきことは増えてくる。本来なら卒業と同時に私たちは結婚する予定だった。

あくまで私の中で過去形であるだけでデュークにはまだ伝えていないし、周囲も当然私たちは婚約者のままの認識である。

長年一緒にいたので、最近様子が違うなとは思ってはいても婚約が白紙になるなど誰も想像していないだろう。

「俺としては楽しいと思ってもらえたらそれだけで嬉しいですよ」

「はい。とても楽しいので、無理のない範囲でできることをしていきたいです」

ヘンウッドも私がデュークと距離を置いていることに気づいていないわけではないけれど、婚約者のいる身であることを心得て程よい距離感でそっとしておいてくれる。

ジャクリーンがヘンウッドの誠実で一度工房に入ると人が変わったように熱中するギャップが面白いと褒めていたけれど、私も彼のそういった姿に感心し救われていた。

デュークと、物語と、現実と、いつかは真っ向から向き合う時がくることはわかっている。

考えるけれど深く考えすぎず、私は好きにすると決めたのだ。

思ったよりも恋心に悩まされ本当の意味で決意するまで時間がかかったけれど、この髪飾りのように一度欠けても輝けるように未来を掴みたい。

互いに乗ってきた馬車までもうすぐだ。

次の構想にアドバイスが欲しくてヘンウッドに相談すると、相変わらず頼りになる的確なアドバイスにうんうんと頷く。

一つずつ、何かをなしていきその先にしたいことがあるのは充足感もあってとても楽しくて、久しぶりに心から笑えた。

そんな様子を見ている人物がいるとは知らず、私はあれこれとヘンウッドに話しかけた。