軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.安堵

「うわぁぁぁぁぁ、この、くそっ」

男はその場で呻いた。ぐっと肉を貫く感触が生々しくて、唇を噛み締め飾りピンを持つ手に力を込める。

ともすれば後悔とともに手が震えそうになるが、今は逃げること、デュークに会えるためにできることをするのが最善と、落としたナイフを思いっきり蹴り私はドアへと向かった。

一か八かだったが、鍵は締まっておらず開けることはできた。だが、すぐに髪を引っ張られ中に引き戻される。

「逃がすか」

「きゃっ」

ぶちぶちと髪がちぎれ、勢いよく私は地面に転げた。

「よくもやってくれたな」

元騎士は柳眉を逆立て、憎々しげに私を 睨(ね) めつけてくる。

容赦ない仕打ちに自然と涙が滲み出るが、人を傷つけてしまった罪悪感が無体に薄れる。私は痛む身体を起こしながら、きっ、と睨み返した。

「最初に脅したのはあなたです。私もやられっぱなしではいられませんから」

ドアは開き、私がここにいると伝えることができた。あとは時間の問題だ。男も外の異変に気がついたようで、ちっと舌打ちし手を振り上げた。

――殴られる!?

きたる衝撃に、ぎゅっと目を 瞑(つむ) る。

デュークはすぐそこだ。それがわかっているから、刃物を向けられるよりはマシなはずだと、歯を食いしばった。

だが、しばらくしても痛みはなく、代わりに元騎士のうめき声が聞こえそろそろと目を開ける。

「よくもフェリシアを」

「デューク様!」

安堵の息とともに名前を呼び、元騎士の手首を捻り上げたデュークと、すぐ後ろで襲ってきた男に蹴りを入れたユリシーズを見た。

二人は私の顔を見て盛大に顔をしかめ、デュークは無言で元騎士の腹に思いっきり拳を入れた。

うぐぅっ、と呻き、後ろに飛んでいった元騎士は、ぶらんと手首に力が入っておらず、胃液を巻き散らした。

殴るほうも痛かったはずだが、デュークは顔も変えず一瞥さえもくれず言い放つ。視線はずっと私へと向けられたままだ。

「ユリシーズ。逃げないように縛っておいてくれ」

「わかった」

ユリシーズは労わるような視線を私に向け、そっと小さく息をつくと元騎士を縄でぐるぐると縛った。

「あ、セラフィーナ様が違う部屋にいるはずなんです」

「わかった。彼女は必ず探し出すから安心して」

「お願いします」

ユリシーズが険しい顔で頷き、縛り上げた元騎士とともに出ていくのを見送り、張っていた気が抜け私はぺたりと床に座り込んだ。

「フェリシア!?」

「大丈夫です。ちょっと気が抜けて」

頬も、縛られていた両手もじりじりと痛い。私は手首をさすりながら、ドアへと視線を向けた。

扉を開ける音、足音、階下でもいくつか足音が聞こえ、すぐ近くからユリシーズが叫んだ。

「セラフィーナ」

ユリシーズに応えるように、セラフィーナらしき女性の声がかすかに聞こえる。

見つかってよかったとデュークと視線を合わせ、続く「セラフィーナは無事だ」との報告に二人同時にほっと息を吐いた。

目線を合わせるように足をついたデュークは、私の頬にかかった髪をそっと耳にかけた。

「いなくなったと知った時、息が止まるかと思った」

「すみません」

「腫れている……」

その指に懐くように、自然と私の顔はデュークの手のほうへと傾ぐ。

「切れていたりしますか?」

「いや」

さすがに顔に傷が残るのは嫌だ。

確認すると、デュークは泣きだしそうな顔で首を振った。先ほどまで冷徹ともいえるほど、容赦がなかった彼とは似ても似つかない。

「なら、これくらい大丈夫です」

「だが……、傷つけたくなかったのに、フェリシアを傷つけてしまった」

ずぅんと肩を落とし、しゅんと項垂れるデュークの頬を両手で挟んだ。濃紺の瞳は、暗闇に落っこちてしまったかのように光を失くしている。

デュークの負った衝撃を物語る瞳は、私に心を砕いてくれている証拠でもあるけれど、私はまっすぐに己の信念に突き進むデュークを見ているのが好きだ。

「私を傷つけたのは、元騎士でありデューク様ではありません。それをまるで自分のせいだと謝られても、私は嬉しくありませんよ」

「それでも、もっとすぐに気づいていれば」

痛ましそうに目を眇めたデュークが、そっと腫れた左頬に触れる。それから、ふわりと体重をかけないように私を抱きしめた。

私は、ぽん、とその広い背中に腕を回した。

「いえ。十分に早く来ていただけました。相手が刃物を出してきたので、私は先に反撃しました。それも、デューク様がすぐそこに来ているとわかったからです。私一人では無理でした」

「そうか」

離れていても信じられるデュークがいるから頑張れたのだとの気持ちが伝わったようで、そこでようやく瞳に柔らかな光が戻ってくる。

「理解していただけてよかったです。それにしても、よくここがわかりましたね」

私の肩に額を乗せたデュークが大きく息を吐き出し、ふるりと頭をわずかに揺らした。意外と柔らかな髪が、私の首をくすぐる。

「フェリシアがずっとあったことを話してくれていたおかげだ。それにたとえ遠く離れていたとしても、必ず見つける。二度とフェリシアを失うつもりはない」

決して消えることのない熱を込めながらも、静かに乗せた想い。

わかっていたけれど、わかっていなかったデュークの気持ち。それは想像以上に大きくて、重い。

でもそれが愛おしくて、力強い言葉に、私は回していた腕に力を込めた。