軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出会い編 無口な婚約者 前編

生まれて五度目の花が咲き乱れる季節。

ある日、母が学生時代から仲がいいウォルフォード公爵夫人が二人の子供を連れて我が家にやってきた。

どちらも男の子で、私と同じ年の子と二つ下の子がいると聞いている。

私は六つ上の長男のミッチェルと四つ上のカーティスと一緒に彼らを出迎えた。

公爵夫人に似た同じ年の子は濃紺の髪に瞳と公爵夫人にそっくりで、ものすごく綺麗な顔をしていた。お人形さんみたいだ。

彼は私と視線が合ってもにこりともせず小さく会釈をするだけで、同じ年の子だとは思えないほど落ち着いていた。

ただ、視線は興味深げにゆっくりと観察するように周囲を移動しているので、この場を嫌がっているわけでも無関心というわけでもないようだ。

父もあまり話す人ではなく、愛情表現として私たちを抱っこしたり頭をぽんっと撫でたりとスキンシップをしてくるタイプの人なので寂しいと感じたことはない。

なんとなく彼も父と同じで、話すことは得意ではないのではないかと思った。

弟のほうは同じ濃紺の髪色だけれど瞳は金茶と母親や兄とは違い、ほっぺもふくふくと可愛らしい。

知らないところに連れてこられて不安なのか、公爵夫人のスカートをきゅっと掴んで興味があると隠れたり顔を出したりしていた。

目が合って私がにこっと笑うと、びくっと肩を揺らして夫人の後ろに隠れ、そろそろと出てきてふわりと微笑んでくれる。

――可愛い。一緒に遊べないかな?

この家では私が一番小さいので、自分より下の子と接する機会は滅多にない。

私はどぎまぎしながらも、あまり見ると嫌がられるかもしれないと母たちに視線を戻した。

「エレローナ。話を聞いてくれてありがとう」

「いいのよ。アンジェリカのお願いだもの。それに子供たちの交流は大歓迎よ」

ウォルフォード公爵夫人は結婚するまでは女性ながらに剣術に長け、剣をかじったくらいの実力者なら性別関係なく簡単にいなしてしまえるらしい。

そして、私と同じ年の男の子は剣術を習い現在頑張っているらしく、容姿も含め兄のほうが母親の血を色濃く受け継いでいるようだ。

それから互いに自己紹介をして、デュークと二番目の兄はすぐに剣の稽古に向かった。

カーティスは誰にでも気軽に声をかけ、人と接するのが上手い。一度熱中すると負けん気が強い性格のため、剣の稽古の際はそれが顕著でぐんぐんと上達している。

デュークとは性格は違うけれど、剣に関しては何か通じるものがあったようだ。

そして私はというと、兄と違って引っ込み思案な性格のため、初対面の相手に自ら行動して話しかけることに慣れていなかった。

濃紺の瞳と視線が合ったが、どう切り出せばいいのかわからず名前を告げるだけで何も話すことなく終わってしまった。

長男のミッチェルも勉強があるとその場を離れたので、子供は私とザカリーだけになる。

母親が会話している近くに一緒にいて、たまにザカリーが何かしたそうだったら話しかけるだけで精一杯だったが、帰るころには少し慣れてくれた。

ザカリーはその日は母親から離れることはできなかったけれど、私としても小さな子は見てるだけで可愛いくて癒やされる。

恥ずかしがりながらもこちらを気にしているのだろうと思える態度は見ているだけでほこほこして、私的には母の友人の子供を相手ができて満足だった。

それから定期的に二家の交流が盛んになった。

何より母親同士の仲が良く、久しぶりに会ったため若かりし頃の気持ちが再燃したようだ。

子供もある程度大きくなったからと頻繁に行き来するようになり、家族ぐるみで付き合いが増えていくことになった。

今日もデュークと兄カーティスは剣の訓練をしている。その傍らですっかり心を許してくれたザカリーと私は遊んでいた。

ザカリーは慣れてくるとよく笑い、そして兄のデュークのことが好きで近くに行きたがった。

デュークは相変わらず口数は少ないけれど、いいお兄さんをしているようだった。

公爵夫人が豪快な分、ザカリーが眠たくなる時間や食べられるおやつのことなど、誰よりも気にかけ面倒を見ていた。

それ以外は、今みたいに熱心に剣を振っている。興味があるものと興味がないものがすごくはっきりしていた。

兄のカーティスは稽古が終わった後は、疲れた、もう嫌だと文句を言いながらも、次の日は真剣に稽古に打ち込む。

その姿は恰好いいし、デュークも含め目標がある人が羨ましかった。

長男のミッチェルはいずれ侯爵家を継ぐための勉強で忙しく、黙々と自分のすべきことを理解し取り組んでいた。デュークも長男なのでいずれそちらの勉強でも忙しくなるのだろう。

そう思うと、自分は何もない。

みんな輝いて見える。

私は侯爵家の末のしかも唯一の女の子としてとても可愛がられ大事にされながら、それぞれの役割や目標を持ちそれに向けて手を抜かない人たちを見て育ってきた。

そのためいつか自分も何か見つけたいという思いを幼いながらに感じていたし、何より頑張る兄たちの邪魔をせずできるだけ応援していきたいと思っていた。

兄たちの熱心な稽古を尻目に、今日は花を摘み、花冠を作ることになった。

ザカリーは公爵夫人にプレゼントするのだと、少しでも綺麗な花をと張り切っていた。

「ふぇり。これ」

ずいっと誇らしげに見せられた花は、白の花びらの先がピンクに染まっていた。

「ザカリー、すごいわ。とってもかわいい色の花だね。それは目立つところにつけましょう」

「ん。かあしゃま、よろこぶ?」

「ええ。きっとよろこんでくれるわ」

そんなやり取りをしながら、ザカリーが花を採って私が作っていくのだけど、三歳児のザカリーだと茎の長さがばらばらでなかなか進まない。

しばらく経つと、だんだん飽きてきたザカリーはあちこちに動き回った。

メイドたちもそばで見守ってくれているため、ザカリーが遠くに行ってしまわないうちに完成させようと私はしばらく手元の花冠に集中した。

「ザカリー!」

あと数本というところで、離れた場所にいるデュークの鋭い声が響き私はぱっと手元から顔を上げた。

すぐさまザカリーを探すため視線を動かすと、彼は池を覗き込んでいる。そのまま頭から落ちてしまわないか心配になるほどだ。

「えっ? ザカリー?」

私は一瞬にしてさぁっと血の気が引き、慌てて立ち上がった。

先ほどいたザカリーについていたメイドがいない。ほかのメイドはティータイムの準備をしていたため、彼女がいなければ誰がザカリーを見ていたというのか。

花冠を放り出してザカリーのもとに駆ける。

心臓が飛び出るのではと思うくらい焦って落ちてはいけないとぐいっとザカリーを抱きしめ後ろに下がると、叫んでからこちらに駆けてきたらしいデュークはザカリーを抱いた私ごと後ろに引っ張った。

荒い息がかかり、どくどくと激しいデュークの鼓動が伝わる。

「フェリ。ザカリー。大丈夫か?」

カーティスや騒ぎを聞きつけたメイドや護衛たちが自分たちを囲む。

その中には顔色を悪くさせたザカリーを見ていたはずのメイドもいた。

「にぃに……。ふぇり?」

ザカリー本人は何が起こったのかわからず、私の腕の中でぱちくりと目を瞬くと首を傾げた。

いまだに背中から伝わるデュークの鼓動がすごい。

弟に話しかけられてデュークがどう出るのか様子をうかがって待ってみたけれど、話せる状態じゃないようだ。

私もこうしてザカリーを抱いていても衝撃が去ってくれない。

あのまま放っておいても何もなかったかもしれないけれど、一歩間違っていたら落ちていた。

万が一を考えると怖かったし、今はこの無邪気な顔に心底安堵する。

デュークはまだ話せる状態ではないようなので、私が先に口を開いた。

「うんん。水辺は危ないからひとりでは行ったらダメなんだよ。だから、みんな驚いたの」

「そうなの?」

「うん。水の中はね、怖いおばけがいるから大人といっしょじゃないと、危ないよっておかあさまが言っていたから」

そこでふぅっとデュークが息を吐いた。

「……そうだぞ。ザガリー、心配した」

さらに私たちを水辺から遠ざけた場所に移動させ、ようやくデュークが話した。

「わかった。きをつける」

「一人では水辺に行かない。守れるか?」

「まもれる」

「えらいぞ」

こくこくと頷くザカリーにデュークが言い添える。

何も起こらなかったザカリーに危ないぞと怒ったところでぴんとこないだろうから、きっとこれでいい。

「フェリシアもありがとう」

「いえ。一緒にいたのにちゃんと見てなくてごめんなさい」

「それはそういう役目の大人がいるのだし、フェリシアは悪くない。問題は……」

そこでデュークが侯爵家側のメイドに視線をやると、彼女たちは顔を青くさせた。

「両親に話すのでそのつもりで」

五歳児の言うことに神妙に頷く彼女たちは、事の重大さを理解しているからなのだろう。

その辺は家の方針もあるので私は感知できないが、とにかく何か起こる前で良かったと胸を撫で下ろす。

いつもは少しでも長く剣の稽古をしたいと来てすぐにカーティスと練習場へと行くくらいなのに、この日はその稽古はやめてデュークは終始ザカリーのそばにいた。

口数はものすごく少ないデュークだけど、今回のことでやっぱり心根は優しいのだと知れた。

それからはデュークから挨拶されることが増えた。ザカリーと私の会話をわずかに口の端を上げ聞いていることもあった。

相変わらず直接の会話は少ないけれど互いに話すタイプではないし、兄のカーティスがいれば賑やかなので気にならなかった。

たまに二人きりになることもあったけれど、本当は優しい人だと確信できてからは無言の時間も前ほど気にならないし、気まずく思うことなくそれはそれで穏やかな気持ちになれた。

いつしか私は、ザカリーだけでなくデュークとも会える日を楽しみにするようになっていた。