軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幼き少女、極もふもふする日常。

『獣』と『魔獣』の最も大きな違いは、『魔力』を使えるか否かである。

代を経るにつれ、魔力の使い方を覚えた『獣』たちは大きな力を持つに至った。鳴き声の微妙な加減で『風』魔術現象を起こすもの。魔力による強化で身体能力を高めたもの。通常の獣たちとは比べものにならないほどの巨体を支えるもの。

など、魔術現象とは異なる結果が起こっていても、原因として考えられる可能性が『 魔力(それ) 』であるが故に『魔獣』という呼称が用いられることとなったのだ。

そしてその更に上の存在として『幻獣』がいる。

幻獣は魔力だけでなく、高い知能を有する『獣』たちだ。

自分たちの言語と文化を持ち、独自の社会すら形成していると言われている。その中には、人語すら解するものもいるという。

デイルは過去『幻獣』と相対したことがある。

幻獣はその知能の高さから『魔族』となることもあるのだ。使役されるのではなく、配下の一人として『魔王』に迎えられる『存在』なのである。

その能力は同系統の『魔獣』の更に上をいく。

無意識のうちにデイルは腰の剣に手を伸ばしていた。

相手もデイルのその反応に気づいたのか、ぶわっと毛を逆立て威嚇状態に入る。互いに緊迫した空気が流れ……

「ぶわぶわっ?」

もぎゅっと逆立った毛に顔を埋めたラティナの行動で、その空気はあっさり破られた。

「どうしたの? 怒ってる? デイルが何かした? ごめんね」

「オコ……シナイ」

ぽふっと音がしたかのような勢いで、威嚇状態と緊迫した空気は霧散した。

ちなみに一部始終、幻獣はラティナの腕の中であった。

「……ラティナ?」

「勝手に遊びに来てごめんなさい……おばあちゃんに この場所(・ ・ ・ ・) のことはないしょだよ……って言われて、でもラティナ来たくって……ごめんなさい……」

しょぼんとラティナが頭を下げると、またもや幻獣は不機嫌そうに尾を振った。

「イジメル、ボコル?」

「デイル、ラティナのこと心配してくれてるんだよ。いじめるのと違うの」

「……やっぱり婆の仕業か……」

デイルは深々とため息をついてから、改めてラティナの腕の中の幻獣に視線をやった。

「こんな村の近くに幻獣が居たなんて……」

「珍しいの?」

ラティナはこてん。と首を傾げている。

「普通、幻獣は人里の近くには、おりて来ないからな……」

「そうなの?」

ますますラティナは不思議そうに首を傾げている。

「近くにこの仔のかぞくもすんでるよ?」

「なっ!」

今度こそデイルは絶句した。

そして内心で怒声を上げる。もちろん相手は自分の祖母相手であった。

よく訓練された犬のように、その幻獣はラティナの数歩前を先行して歩いている。

ラティナはその後をデイルと並んで歩きながら、ヴェン婆から聞いた話をデイルに披露する。

「『天翔狼』って言うんだって。群れでくらしているんだって」

「こんな村の近くに……幻獣の群れが……」

「代々の当主だけのヒミツっておばあちゃん言ってた。ランドルフおとーさんは知ってるんだって」

「親父……」

「ヨルクさんは、まだ当主みならいのみならいだから、教えられないんだって」

ラティナの話から察するに、代々のティスロウ当主と幻獣たち『天翔狼』の間では取り決めがあるらしい。

それが互いの領域の不可侵だ。

天翔狼たちは村の人びとを襲うこともしないし、内部に入ることもしない。そしてティスロウも天翔狼の領域たる山へは立ち入らない。

天翔狼たちは魔獣や獣を捕らえて食料にしている。豊かな山に支えられたそれらの数は多い。ティスロウとしては村を魔獣が襲うという危険を避ける有効な手段であったのだろう。

デイルのその推測は、 相手(・ ・) により肯定された。

ラティナは「仔」と言ったが、それは正しい表現であったようだ。

デイルの前の『天翔狼』はその巨躯をゆったりと横たえている。巨大な肉食獣の発する気配は、心弱き者なら眼前に佇むことも出来ないだろう。獅子や虎のようなしなやかで強靭な獣だ。折り畳まれた翼を広げたら、どれほどの大きさになるのだろうか。

「そうだ。我等天翔狼は、ティスロウと遥か過去より契約を交わしている。どちらかが破らぬ限り、それは有効である」

重々しい威厳のある声音は、滑らかに人語を紡いでいく。

過去のティスロウの民は、どのような交渉をしたのだろう。デイルは自分の先祖に思いを馳せて複雑な心境に至った。幻獣と交渉して隣人契約をしたなんて話は聞いたことがない。

--デイルが現状から目を背けて思考に没頭したくなった理由はもう一つあった。

「ここ?」

「……ふむ」

「こっち?」

「成程、悪くない」

巨大で強力な能力を持つ稀有な存在である幻獣、『天翔狼』が。

だらり弛緩して無防備に腹を見せている姿。

初めは、初対面のデイルを警戒してそんな体勢ではなかった。

だが、ラティナがリュックから数本のブラシを取り出し、全身のブラッシングを始めると、その様子はだんだん変化した。

(いや、普通、幻獣が身体を他者にやすやすと触らせることから、おかしいからなっ!)

デイルの突っ込みは、自らの心中に留められた。

犬科たる狼の名を持つ生き物であるためか、ラティナのブラッシングに堪えきれずといった様子でパフパフと尾を振り、次第に彼女がブラシを当てやすいように体勢を移行していった。

最終的には、この有り様である。

(尾を振る天翔狼……腹を見せる天翔狼……)

これをラティナは『央』魔法無しでやっているのだ。自らの純然たる技能である。

「ラティナは……凄ぇなぁ……」

「ん?」

額に汗を光らせたラティナは、デイルの呟きに不思議そうな顔を向けた。

更にラティナが手懐けた『彼』は、天翔狼たちのリーダー格の存在であったらしい。

いつの間にかこの小さな少女は、街一つ落とせるような勢力を自分の味方としていたのであった。

「この仔がいちばん仲良しっ」

笑顔でそう言っているラティナが抱きしめているのは、最初にデイルが見た仔狼であり、『天翔狼』のリーダーの仔だという。

耳や尾、手足の先にそれぞれ黒い毛色が混じっている以外は、『リーダー』の灰色の毛色とそっくりであった。

「お腹がいちばんふかふかなのっ」

そう言いながら、巨大な肉食獣の腹毛に無防備に擦り寄ってみせる。『天翔狼』の長であるはずの『彼』は、小さな ひと(・ ・) の少女が大胆に行うその振る舞いを、完全に容認しているのだ。

デイルが、遠い目で現実逃避するのは、ある意味ではごく普通の反応と言えるだろう。

そしてあの祖母が、この光景を仕組んだ当人であれば、想定以上のラティナの出した結果に腹を抱えてゲラゲラ笑ったのだろう--そんな姿が容易く脳裏に浮かんだのであった。

「ラティナどーぶつ好きだけど、ネコとはあんまり仲良くないよ?」

帰り道で彼女はそう言ってデイルを見上げた。

「仲良くなりたくて近くに行くけど、にげられちゃうの」

「そうか……」

「なでるの好きなのっ。もふもふするの気持ちいいの」

「……そうか……」

動物と戯れる少女という--微笑ましい状況のはずなのに、素直にそう思えないのは『規格外』だからだろう。何事も、過ぎれば良くないのだなぁと未だに半ば現実逃避中の彼は思う。

「ティスロウの犬ともみんな仲良くなれたし」

「……そうか」

今までもその話は聞いていたが、自分の考えていた状況とは かなり(・ ・ ・) 異なるのであろうと、彼は息を大きく吐いた。

(ラティナは、まだまだ成長するんだろうな……)

自分の想像の外の範囲にも、彼女ののびしろは、あるらしい。