軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幼き少女、続もふもふする日常。

「ラティナちゃんは本当に犬っこが好きだなぁ」

「うんっ。可愛いねっ!」

今日も『スナ』の犬小屋で、せっせとブラッシング作業をしているラティナを見て、ヴェン婆は言った。

ラティナは額に浮かんだ汗をぐいっと拭いながら、良い笑顔で返答する。その言葉に微塵も迷いは無い。

「他の獣も好きかい?」

「あんまりクロイツにはどーぶついないよ。犬飼ってるひとは、下町にはあんまりいないの。ネコは好きっ。ネズミは、『虎猫亭』は食べ物を扱うお店だから『全力で排除するべし』なの」

それは師匠たるケニスの教えであった。

「 犬(こいつ) 等も、ラティナちゃんにゃ、なついとるみてぇだしなぁ……」

そう呟きながら何事かを黙考したヴェン婆は、暫く後で一人うんと頷いた。

「じゃあ明日は、ラティナちゃんが好きそうな奴ん所連れて行ってやろうかね」

「ラティナの好きそうなとこ?」

「おうよ。他の奴等にゃ内緒だぞ」

「……デイルにも?」

「 あいつ(・ ・ ・) に知られたら、『行っちゃ駄目だ』って言ってくるなぁ」

「危ないとこ?」

「俺が、可愛いラティナちゃんを危ない目に合わせるわけねぇだろう?」

「やっぱりおばあちゃんは、デイルとそっくりだね」

それがラティナの感想であった。

そして翌日、ヴェン婆は宣言通り弁当を持参の上、ラティナを連れて外出した。

周囲を山に囲まれているティスロウにおける『外出先』とは、山の中である。魔獣も生息しているそんな場所だが、ヴェン婆を心配する者は誰もいなかった。

そしてそれ以降。

ラティナはこそこそと、一人山の中に出掛けることが多くなったのだった。

ヴェン婆は彼女のその行動にすぐに気づいたが、ニヤニヤするばかりで何も言わなかった。

デイルは日中外出していたため、彼女がそんな行動をしているとは気づかなかったし、彼女がそんな『危ないこと』をするとは全く思っていなかった。

『賢くて聞き分けの良い彼女が、一人で山に行くなんてことはしない』それは彼の信頼故の考え方であるが、油断でもあったのだ。

結果、ラティナのその行動に気づいたのは、デイルの母マクダだった。

「デイル」

「なんだ?」

「最近のラティナちゃんなんだけどねえ」

不思議そうにマクダは首をひねる。

「おやつは婆ちゃんのとこで食べてるみたいなのに、干し肉時々出してるみたいなのよねえ」

「干し肉?」

母の言葉にデイルも首を傾げた。

ラティナは好き嫌いはないが、小柄な体格の見た目通りの量しか食べない。甘いものは好んでいるが、おやつを食べ過ぎることも無い。

そんな彼女が『盗み食い』なんてことはしないのだ。

「『スナ』に出入りしてるんだろ? 犬にでもやっているのか?」

「でもあそこの犬は、『スナ』以外からの餌は受け付けないように育てられているからねえ」

「……そうだよな」

母子はそう言って首を傾げた。

ヴェン婆に問い質すという選択肢はこの母子にはない。あの『婆ちゃん』は基本的に面白がっている間は、口を割ることはないのだ。危険なことならば既に手は打っているだろう。そういった畏敬の念もあるのだが。

「……今度、俺が確認しておくよ」

午前はラティナは仕事と勉強の時間にしているため、何かするなら午後だと見当をつけたデイルは、こっそり昼食時間に合わせて帰宅した。屋敷には入らず見張り始める。

幼い頃の遊び場所の中には、隠れるための場所も多々存在している。彼が身を潜めたのはそんな場所の一つだった。

ティスロウの『かくれんぼ』はかなり本格的だ。大人が指導して教えるその『遊び』は、そのまま山の中での狩りや村の警備の為の訓練のはじまりなのでもある。

ほどなくして、ラティナが屋敷から出てきた。

キョロキョロと必要以上に周囲を気にしているということは、何かやましいことをしている自覚があるらしい。

ピンクのストールごしに背中が膨らんでいるのは、リュックを背負っているということだろう。それ以外に片手には袋を提げている。あの中身が干し肉だろうか。

ラティナはもう一度屋敷の方を覗いてから、とことこと歩きはじめた。

デイルは充分な距離を保ちつつ尾行を始める。

彼女は時折小さな花や虫の姿に足を止めながら、迷いなく進んで行った。しばらくして、山の方向へと道を曲がる。

(……っ! まさか?)

その時点でラティナが『一人で山に遊びに行っていた』という事実を悟ったデイルは青くなった。

彼女の『危険を察知する能力』の凄さは、実際目にしたデイルはよく知っている。それでも『絶対』はないのだ。

(これは、きっちり叱らないとな……)

そう思いつつ、彼は尾行を続ける。ここで呼び止めては、まだ『目的』がわからないからだった。

ラティナは山の中でも迷いは無かった。

細い道とも言えないような獣道を、時折周囲を慎重に確認して進んでいる。デイルが後から彼女が目を止めた位置を探れば、巧妙に隠された目印を見つけることができた。

(婆ちゃんかっ!)

その物証に、孫は一つの確信を得る。

どれも新しい目印だと言うことは、ラティナの為に新たに設置したのだろう。デイル以上に『大地の申し子』のようなあの祖母は、山の中で『道に迷う』という現象には陥らないのだ。

デイルも知らない方向にラティナは進んで行った。

村からそう離れてはいないのだが、『こちら側』は『不可侵』とされている場所だ。立ち入りが不文律で禁じられているのである。

実際、何故かこちら側からは、魔獣や獣は姿を現さない。狩りに行くことも見回りの必要も無いのだ。

山の幸を採取に向かう者も、わざわざ禁じられている危険な場所に行かずとも、他の場所で充分な恩恵を受けられる。

ティスロウの人々が子どもの頃から、当たり前のこととして『行かない』場所であったのだ。

しばらくしてラティナは足を止めた。

少し拓けた場所だ。

彼女はキョロキョロと辺りを何か探すように歩いている。何かを呼んでいるらしい声も聞こえた。

その声に応えるようにしてがさがさと茂みが大きく揺れると、下草の辺りから『何か』が姿を見せた。

デイルが確認するより先に、ラティナが駆け寄って行ってしまった為だ。彼女の体の陰になり、相手が何であるのかはわからない。

「うわぁっ」

だが、ラティナの歓声の様子から察すれば、目的は それ(・ ・) で間違いないようだ。

「今日も、ほしにく持ってきたよ。食べる?」

ごそごそと手に提げていた袋を探って中身を取り出す。

彼女はそれを差し出しながら、しゃがみこんで楽しそうに相手を覗きこんでいる様子だった。

「おいしい? よかったねぇっ。もっと食べる?」

更に袋の中身を取り出したあとで、ラティナはしきりに相手を撫でている動きをしていた。

「かわいいねぇ。かわいいねぇっ」

普段のデイルならば、「そう言っているラティナが可愛い」位のことを呟くのだが、さすがに今はそんな心境では無かった。

「ラティナっ!」

隠れている場所から立ち上がりながら名を呼べば、やはりやましい自覚はあったらしいラティナが、背中を向けたまま、びっくんっ! と飛び上がった。実際数センチは飛び上がっただろう。ちょっとその動作は微笑ましい。

「野生の獣に、餌を与えるもんじゃない。クロイツに連れて帰って飼うことも出来ないから、ひとに必要以上に馴らすことは相手の為にもならねぇんだぞ」

「デイル……」

おろおろとするラティナは、その獣をぎゅっと抱きしめて立ち上がった。

「野生の獣は、知らない病気とかを持ってる時もあるんだから、不用意に手を出すのも……」

「ケモ、チガウ」

デイルのお説教を遮ったのは聞き覚えのない声だった。

「……は?」

「ゲキオコ。ゲキオコ」

プスプスとご立腹の様子で言葉を発しているのは、ラティナの腕の中の『獣』だった。

中型犬ほどの大きさのその獣は、もふもふの毛皮と尾を持ち、顔立ちはやはり犬に似ている。だが、角度によっては獅子の雰囲気も持つ獣だ。そしてその背には、翼がある。賢そうな金の眸がしっかりとデイルを見据えていた。

「……幻獣?」

デイルが呆然と呟けば、ラティナは、

「うん」

とはっきりと答えた。