軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第36話 夜会9

全身を絶対零度の氷に 苛(さいな) まれた紫色の大蛇は、身体をよじりながら『グログログログロ』と変な音を喉から出すと、顔面がひっくり返るのかと思うほど大きく口を開けて、ぐじゃっとなにかを吐き出した。

「毒を吐いたのかしら」

いや違うようだ。塊だから毒液ではない。それならなにを……いやだ、騎士と兵士が四人も口から出てきたじゃない! 大蛇に丸呑みされていたなんて恐ろしいわ。

転がり出てきた彼らは、幸いなことにまだ喉の辺りにいたためダメージは少なかったようで、自分の足で立ち上がることができた。そして、心身ともに充分鍛えられている彼らが駆け足で安全な場所まで退避したので、見ていたわたしたちはほっとする。

「人を食べようとするなんて、あの蛇はやはりもう、人間としての魂を失ってしまったのね……」

自分の欲望を満たすことしか考えない邪悪な王妃の魂は、すでにこの世から消え去った。もう二度とジェレミーを害することはできないわ。

「シャロン」

「なんですか、ダリル様」

「実は、まだ三名の戦士が呑み込まれているんだ」

「ええっ?」

わたしは大蛇の身体を見た。すると、もっと真ん中寄りの場所が膨らんでいる。

「まさか、あそこに?」

ダリル様は厳しい表情で頷き「大蛇の身体をなんとか切り裂こうとしていたのだが、剣が通らないのだ」と言った。

これはまずい。すでに奥の方に送られてしまっているようだ。このまま消化器官に滞在したら、勇敢な皆様が想像したくない状態になってしまう。

「早く出してあげましょう。先ほどの魔法は体表にダメージを与えるものですから、もしかすると」

「少しは防御力が下がっただろうか?」

ダリル様が、まだ苦しんでいる蛇に剣を突き立てようとしたが、今は凍りついているせいか跳ね返されてしまう。

「まずいな、早くアレを切り裂かないと、呑み込まれた者たちの命が危うい」

「そうね、消化されてしまったら大変だわ」

わたしたちは恐ろしい光景を想像して、身を震わせた。

「わたしがさらに攻撃を加えます。皆様、次の魔法はさきほどよりも危険なので、全力で離れてください!」

「全員、退避しろ!」

「退避ーっ! 退避ーっ!」

ダリル様が警告してくれて、蛇に対峙してわたしを守ろうとするダリル様以外は、蜘蛛の子を散らすように離れた。

わたしは杖の魔石を握り、急いで詠唱した。

『 おお(ウーラ) 、 なんという(アレマーグリ・) 素晴らしい朝よ!(ザランテス・ミンテルダ) 歓喜の唄が(フェイベル・リンデル) 山の端よりいでて(スガッシュ・ライ・シュセ) 鳴り止まぬ(フント・マデーレ) 』

蛇は鎌首をもたげ、わたしを憎々しげに見た。爬虫類の瞳がわたしに狙いをつけたが、素早い動きで蛇に飛びかかったダリル様の剣が目の中に突き刺さる。

蛇は再び絶叫して暴れた。

このチャンスにわたしは詠唱を終えた魔法を蛇に放った。

「 良き日の良き火(ギルガーン・レベ) !』

蛇を包む、絶賛零度だった水分が瞬間的に沸騰し、水蒸気となり、数秒間だけ千度の超高熱になる。

『ギャアアアアアアアアアアーッ』

戻ってきたダリル様がわたしを抱きしめて、熱波から守ってくれた。

大蛇が金属が軋むような耳障りな苦鳴を上げる。凍ったところを高熱で炙られたので、頑丈な皮が耐えきれずに崩れていく。

「ダリル様、今です」

セイバート領で来る日も来る日も魔物を退治し、腕を磨き上げてきたダリル様は、剣を振り上げると蛇に飛びかかり、巨大な頭を一撃で落とした。

ドラム缶くらいの頭がゴロリと転がり、口から長い舌が垂れる。

「ダリル様、お見事です!」

「いいぞ、これなら剣が通る!」

そして彼は、頭をなくしたというのにまだのたくっている身体に剣先を刺すと、そのまま切り開いていった。

蛇の開きができて、真ん中あたりから人のようなものが現れた。

「ここにいたぞ! しっかりしろ、今助けるからな」

塊の表面は、ぬめぬめと光っている。

「ダリル様、お待ちください。そのまま触ったらあなたも溶けてしまうわ。皆様も、お待ちになって」

わたしは救助しようとしたダリル様と兵士たちを止めた。ドロドロになった男性三名には、非常に危険な液体が付着しているのだ。二次災害を起こすわけにはいかない。

わたしは魔法で水を生成するとジェット水流にして、粘液に包まれた塊にこれでもかとかけ、蛇の消化液を念入りに洗い流した。

中の人たちはしっかりと防具を身につけていたから、皮膚の損傷は少ないようだ。髪の毛はだいぶ溶けてしまったようだけれど、頭を守ってくれたのだから仕方がない。

「……これくらい洗えば、かなり薄まったと思うわ。もう触れても大丈夫だと思います」

「ありがとうございます、シャロン様」

「素晴らしい魔法のお手並みです」

悪評ばかりが流れていた『悪の氷結花』シャロンが褒められた。

わたしはとても嬉しい気持ちになる。

「シャロン、よくやったな。お手柄だ」

ダリル様にも褒められたので、笑顔で頷いた。

担架がやってきて、九死に一生を得た勇敢な人たちが乗せられた。その横には駆けつけた回復魔法使いたちがいて、さっそく治療を開始してくれた。

彼らは王宮に勤める回復魔法使いだから、きっと助かるだろう。

「シャロン様の適切な処置のおかげで助かりました」

また褒められたわ、ふふふ。

「ダリル様はご無事ですか? わたしをかばってくださって、お怪我などしていませんか?」

「大丈夫だ。服は少し溶けてしまっているが……」

「お待ちください、服に触らないで。ダリル様のお美しい指が溶けたら大変です!」

「うわっぷ!」

わたしは水を出して、ダリル様の全身を遠慮なくざぶざぶ洗った。ちゃんとぬるま湯まで温度を上げたのは、夫へのわたしの心遣いだ。

「シャロン……容赦のない君は美しい……」

「いいから、お口を閉じて! 蛇の消化液を浴びているではありませんか」

幸い身体は無事だったけれど、ぼろぼろになった服が落ちて半裸になってしまった。

広間だった場所は破壊された上に、蛇の液体やらわたしが遠慮なく出した水のせいで 惨憺(さんたん) たる有様だったが、奇跡的に死者はひとりも出なかった。

「セイバートご夫妻、あちらでお子様がお待ちでございます。どうぞ身支度など整えてくださいませ」

「シャロン様、ジェレミー様は大丈夫ですわ。まあ、せっかくのお召し物が水で大変なことに……ささ、あちらに参りましょう」

王宮の使用人と、忠実な侍女のミミルカが迎えに来てくれたので、この場は他の方々にお任せして休ませていただくことにした。

「シャロンの魔法には驚いた。あんな使い方を見たのは初めてだ」

緊張が解けたダリル様は、そう言って笑った。半裸のイケメンはワイルドでセクシーで、色んな意味で危険過ぎる。でも、眼福ね。

わたしも笑いながら言った。

「そうね。どちらかというと、質量にものを言わせてぶつける攻撃魔法が多いわよね。でも、使い方によっては少ない魔力で効果的なダメージを与えることができるのよ。物体は加熱と冷却を交互に行うと 脆(もろ) くなるから、それを利用した魔法式を構築してみたの」

氷の入ったグラスに熱いコーヒーを注いでアイスコーヒーを作ろうとしたら、割れてしまうというアレだ。火の玉をぶつけられても無傷な蛇も、大きな温度差には耐えられなかった。この方法は、他の魔物を倒す時にも使えそうだ。

ちなみに、詠唱が長く、妙に詩的になってしまったのは、まだ試験段階で研究の余地があるからなのよ。

もっと洗練された詠唱にして……そのためには実地で使っていきたいわね……幸い、セイバート領には実験材料になりそうな魔物が多く生息しているから……。

「駄目だぞシャロン、あなたを危険な討伐に連れて行くわけにはいかない。なにをしでかすかと、不安になるからな」

あら、どうしてわかったのかしら?

「ね、ちょっとだけなら……いいでしょう?」

上目遣いに見上げておねだりしたら、ダリル様は真っ赤になり「そっ、そんな可愛い顔をしても、駄目だからな! おねだりの内容が物騒過ぎるし!」と目を逸らしてしまった。

「くっ、うちの嫁が可愛すぎて辛いのだが。ある意味、魔物以上に凶悪だ……」

ダリル様の呟きを聞いたミミルカと王宮の人に「ふふふ、お熱いことですわ」「仲良しご夫婦でなによりです」と笑われてしまったわ、もう。