軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

75 ケセラセラ!

「姉様、お客さんだよ」

サビーネちゃんの横に、三十歳くらいの男性が立っていた。

「お初にお目にかかります、私、紋章院のユンブロ男爵と申します」

「……紋章院?」

何の用だろう。心当たりが無いなぁ。

「はい、ヤマノ子爵様が紋章をお決めになられた御様子なのになかなか登録に来られないので、姫巫女さまへの感謝の気持ちとしまして、今回はこちらで代行して手続きをしておきました。その御報告にと……」

「あ、それはどうもありがとうございます。お手数をおかけしました…。

サビーネちゃん、色付きの姿絵1枚ずつ、無効印押して持って来て」

「分かった!」

サビーネちゃんは受付の方へ駆けて行った。

……しかし、紋章? 何のことだ?

「あの、紋章って……」

「おお、これを先にお渡しすべきでしたね。登録証明書です」

そう言いながら男爵が渡してくれた羊皮紙に描いてある図柄は……。

うん、アレだ。

孤児院の女の子、コードネーム『謀略少女』が描いたアレ。

盗賊避けの、アレ。

これが、正式にヤマノ子爵家の紋章になっちゃったの?

子々孫々、ヤマノ子爵家が存続する限り?

………がっくし。

紋章院のユンブロ男爵は、サビーネちゃんが持って来てくれた姿絵一揃いを見て大喜び、何度も礼を言って、頬を赤くして帰って行った。

姿絵の中には、ウェディングドレスバージョンとかメイド服バージョンとかがあるんだよね。うん、誰かのせいで。

8回勝った者、対戦相手が見つからない者は本部前に来るよう指示してあったが、夕方頃からポツポツと人が来始めた。

早い者は既に8回勝ったらしい。その人達は名前を確認して翌日用のトーナメント表に記載する。

人数が合わず半端になった者は、勝利回数を合わせるために本部にいる私以外の者を誰か指名して戦うようにした。

あ、今若い男性が指名したライナー家の若いメイドさん、最初に入荷した600セットのひとつを手に入れた子だよ。むちゃくちゃ強いのに……。

ふふふ、罠にかかったな! お前が幼女だと思って指名したのは、『負け知らずのサビーネ』だよ! 男らしくない奴を嵌めるためにサビーネちゃんを配置しておいたんだよ! ふはははは!

あ、お手伝いのために参加を断念してくれた使用人のみんなには、5~8位への賞品と同じことをお礼にすることになっている。

本当に、頭禿げない……、あ、禿げても完全に治るんだ、忘れてた!

安心したぁ………。

「将棋で4回勝ちました。登録はここですか」

な、何でここに居るんですか、イリス様………。

え、忙しいのは伯爵様だけだから、伯爵様を置いて来ましたか、そうですか……。

平民の機会を奪うなと伯爵様に言われたので、参加者の大半が貴族である将棋で勝負に来ましたか。

アレクシス様とテオドール様は将棋で、ベアトリスちゃんはオセロで参戦したけど、既に敗退したとか。なむなむ。

あとで無効印を押した姿絵でもあげよう。御贈答品になっちゃったね、フルカラー姿絵。

日没からかなり経ってから、ようやく本日の戦いは終了した。

しかし、私達の戦いはこれからだ!

明日のためのトーナメント表を完成させなきゃならないし、その他色々、雑務を片付けなきゃ。

しかし、最初の単色写し絵は、使用せず試合を棄権する者がそれなりにいたんだけど、色付き姿絵を無効化して握手、って者は全くいなかった。

4回勝てた者は、己の力を信じて上を目指したわけね。うん、その志は立派だと思う。

よし、あとで姿絵を売ろう。

無効化した者がいたら、『ええっ、後で買えるなら権利放棄しなかったのに!』って文句が出たかも知れないけど、誰も無効化して保存という道を選ばなかったからね。それならば、色付き姿絵はただ単にチケット代わり、『単色写し絵では枚数が増えて面倒なので、写し絵16枚分に代えたチケット』に過ぎない。後で売っても文句は出ないだろう。と言うか、文句は聞かない。

これは、領の予算じゃなく、私の個人資産行きでいいよね。

あ、そうそう、賞品の権利を他者に売ったり譲ったりするのは禁止した。あの賞品って、そういうものじゃないからね。

そして大会2日目、最終日。

昨日の3万人以上に較べ、今日はオセロと将棋の両方合わせても競技者は136人しかいないはずなのに、人出は初日とほぼ変わらない。

昨日の敗者は全員そのまま観客になったか……。

そんなに大勢いても、見えないでしょうが……。

最初から熱気が渦巻き、競技者達の眼は血走っている。

昨夜ちゃんと寝たの、キミタチ。

試合は白熱した。特に将棋は、準決勝でイリス様が宰相様に接戦の末に敗れ、宰相様に駒を投げつけるという暴挙に出て会場は大盛り上がり。

決勝戦では、私が知らないどこかの伯爵に宰相様が辛勝、優勝者に。

オセロは、最後の数手で大逆転、ということが珍しくないため、見ていて最後まで気を抜けない勝負が続いた。

斯くして、2日間に渡る王都での戦いは終わり、私は、ようやくギリギリで始業式までに夏休みの宿題を終えた小学生のような安堵感に包まれた。

終わったぁ~。

無事、終わったぁ~。

もう、おかしな大会は企画しないよ!

遊戯盤大会から数日が経ち、王都も平常の落ち着きを取り戻した。

王都での私の扱いは、心配していたほど大きく変わったわけではなかった。

元々救国の英雄だったからかな?

90度のお湯に90度のお湯を足しても、やっぱり90度のお湯のまま、って感じ? ちょっと違うか……。

とにかく、侵略してきた国への対処、という点では色々な政策や新規事業が立ち上がり、王都は戦争景気に沸いてはいたけれど、何か、危機感がない。

何かあればまた私が何とかすると思っているのかな。

それじゃ駄目だ。

でも、普通の人々が危機感を募らせて毎日蒼い顔をして暮らしたからと言って、どうなるものでもないだろう。それなら、何も心配せずに幸せに暮らしていた方が良いのかな? 心配は、王様や貴族達に任せておけば良いか。

ノブレス・オブリージュ、『高貴なる者の義務』ってやつ?

砲弾は、甲板上の人間や帆を狙う榴散弾は導火線式の時限信管、船体狙いの榴弾は着発信管かな。

船は、大きさよりも速度と防御力を重視しよう。

設計図や模型が手に入りやすくて高速のカティサークかサーモピレーをスケールダウンして装甲板を付けるか?

それとも、現物があり模倣しやすい拿捕船のデッドコピーで、砲弾と装甲板の優位だけで力押しか?

いやいや、何も、全部私が決めることはないだろう。選択肢は示しても、防御力重視か攻撃力重視か、性能を犠牲にしても大型船か建造しやすく小回りの利く小型船か、それらの決定は当事者達に任せればいい。何も、私が全部背負う必要はないだろう。

私が今ここに居るのは、偶然だ。

あの時、奇跡が起こらず崖から落ちて死んでいたら。

最初に会った貴族がボーゼス伯爵様ではなく悪徳貴族だったら。

私がこの国を出て他国に行っていたら。

どれかひとつでも歯車が噛み合っていなければ、帝国の侵攻、ドラゴン、そして今回のヴァネル王国の侵略、それらの前に、この国の今の姿は無かっただろう。

私が居て、力を貸せる範囲であれば、協力する。お世話になった人達、仲良くなった人達を護りたいから。

でも、何でも自分がやらなくちゃならない、自分が国の運命を左右するのだ、と思うのは傲慢だ。

私がいなくても世界は廻るし、たとえ戦争に負けても人々は逞しく生きて行くだろう。

ケセラセラ。

なるようになる。

投げやりな言葉のようにも聞こえるけれど、この言葉の意味はそうじゃない。

くよくよ考えないで、自分の意志で、自分の信念に基づいて前向きな気持ちで進んで行けば、世界は、未来はそれなりの結果となって姿を見せてくれる。

なるようになるんだよ、という、のんきで優しい言葉。

私も、もっとのんびり行こう。

領地、王都、この国、周辺諸国。そして地球の各国のことも。

気楽に行こう。

初志を忘れちゃいけない。

私の初志は何だった?

そう、老後の資金を貯めて、のんびり暮らすこと。

何か揉め事が起こったら、転移でさっさと逃げ出すこと。

名前を変えて他の国へ。

いや、今まで地球とここにしか転移していないけど、他の世界へも行けるんだよね、考えてみたら。一応、宇宙服を着てから転移した方が良さそうな気がするけど。

色々と考えながら歩いていると、ペッツさんと出会った。

「あ、ペッツさん、こんにちは。あの子、どうでした?」

「いやぁ、驚きましたよ。絶対、良い…、凄い商人になりますよ、あの子は!」

いや、なぜ言い直したの?

「住み込みでもいいと言ったのですが、孤児院が心配だから当分の間は孤児院から通うとのことで……」

9歳児に心配される孤児院の経営者達! しっかりしてよ、いやホント。

「あ、ペッツさん、うちのお店で売っている、しゃんぷー、りんす、その他諸々、ペッツさんのお店で扱う気、ありません?」

「ええっ、いいんですか! そりゃ、願ってもないことですが。確実に売れて、それを買いに来たお客さんがついでに他の物も買ってくれるという、集客効果抜群の商品ですからね。

しかし、どうしてまた……」

ペッツさんが疑問に思うのも当たり前か。

「うん、中々店を開けられないから、お客さんに迷惑かなと思ってね。お店は辞めて、あそこはヤマノ子爵家王都邸、ってことにしようかと。収入の目処も立ったから、少し楽になりたくて……」

私の言葉に、納得してくれるペッツさん。

いや、ほんと、少し手を広げすぎたよ。

あと、シャンプーは現地生産に切り替えたいな。今度調べておこう。

「収入と言えば、委託されました姿絵、凄い売れ行きですよ! これで、ミツハさんのことは周辺諸国にも知れ渡りますね」

「え?」

「いえ、ミツハさんの姿絵が近隣の国々にも知れ渡る、と……」

ぎゃああぁ~~~!!

お金に目が眩んで、気が付かなかったぁ!

写真もテレビも無いから安心、って思っていたのに、なんで自分で写真の印刷物をバラ撒くのかな? 馬鹿なの? 馬鹿ですか、そうですか。

「あれ、姉様、どうしてこんなところでしゃがみ込んでるの?」

「あ、姫巫女様! 丁度良かった、実は姿絵の件でお願いしたい事が…」

「ミツハ、3位の賞品のランチの件ですが……」

ああああぁ~!

でもいいや、少なくともあと数年は、穏やかな日々が過ごせるだろう。

その後は?

ケセラセラ!