作品タイトル不明
509 名 優 1
よし、演劇を始めよう。
私は女優。私は名優!
演じるは、多数の『影』を従える、異国の王族。
木(こ) っ 端(ぱ) 商人など、気分ひとつで簡単に叩き潰せる気紛れ王女。
……わたし、残酷ですわよ。
「そなたら、 妾(わらわ) にいったい何用かえ?」
おお、焦ってる焦ってる……。
いや、『妾』っていうのは、この辺りの国のお姫様や女王様が使うような一人称なんだよ……。
そして『~かえ?』というのは、ちょっと 花魁(おいらん) っぽい言葉だったかな?
これで、ますます私の正体がワケ分かんなくなるだろうと思って、言ってみた。後悔はしていない。
「「「…………」」」
う~ん、 膠着(こうちゃく) 状態に陥って、話が全然進まないよ。
向こうも、実力行使に出るわけにはいかないだろうし、かといって正体がバレバレなのに当初の予定通りのことを言うわけにもいかないだろうし……。
そりゃ、困るよねぇ……。
ああ、どうすれば……。
あ、そうだ!
後方のひとりに手招きして、近付くように 促(うなが) してから、前方のふたりに接近。
そして 戸惑(とまど) いつつも近付いてきてくれる、後方の人。
前方のふたりも戸惑っているけれど、こっちはただ突っ立っているだけで私の方から近付いているので、まあ、何も行動に移す必要はない。
そして全員が一箇所に集まると、小さな声で呟いた。
「今夜、雇い主に内緒で、こっそりお店に来てください。他の人達には気付かれないように……。
合図は、ドアノッカーを3回、1回、3回と鳴らしてください。
3人だけで、ですよ。間違っても、他の者を連れて来たりしないように……。
他の人がいたら、ドアは開けませんよ」
ないとは思うけれど、この3人とは別に、離れた場所から見張っている者がいるかもしれない。
だから、今度は少し大きめの声で……。
「さっさと 退(ひ) かないと、大きな声を出して人を呼びますよ!!」
よし、3人共、退いてくれた。
計画通り……。
今考えた、即席の計画だけどね。
* *
……失敗した。
『今夜』などという適当な言い方じゃなく、もっと細かく時間を決めておくべきだった……。
いや、正確な時計が普及しているわけじゃないから、そう精密な時間を要求したいわけじゃないんだ。
ただ、『今夜』というのはあまりにも幅が広い。いつ来るか分からないから、おちおちお手洗いに行くこともできやしない。その間に来られると困るからなぁ……。
せっかく来てくれたのに、不在だと思って帰られちゃうと困るからね。騙されたと思われちゃうと、信用を失ってしまい、もうこちらからの話に乗ってくれなくなるだろう。
そうなると、また別の手を考えなきゃならないし……。
2階にいるとドアノッカーの音が聞こえないかもしれないから、ずっと1階で待っているのも退屈だ……。
あ、この物産店の営業中はドアベルが作動するようにしてあるけれど、営業時間外はカギを掛けているから、ドアノッカーを使うようになっているのだ。
なので、控え目に軽く鳴らされると、2階まで聞こえない時があるのだ。
……まあ、2階には何もないから、1階で読書でもしていればいいんだけどね。
お手洗いを我慢すること以外は……。
「……それで、私を連れて来た、と?」
「はい……」
急に呼ばれたと思ったら、まさかのお手洗いの間の留守番要員。
サビーネちゃんが、少し頬を膨らませている。
でも、私が本当に困っていること、そしてコレットちゃんではなく自分を頼ってくれたということを少し評価してくれたのか、ちょっぴり嬉しそうな様子もある。
「じゃ、お願いね!」
そう言って、日本邸へ転移。
……いや、もうギリギリで、余裕がなかったんだよ!
* *
その後、サビーネちゃんをゼグレイウス王国の王宮へ送った。
『え? 私の出番、本当にこれだけ? いや、ちょっと!!』とか言って騒いでいたけれど、有無を言わせず瞬間転移で送ってきたのだ。
……後で文句を言われそうだな。
でも、これから敵側の戦闘要員が3人も来る……場合によっては、もっと大勢……というのに、サビーネちゃんを居させるわけにはいかない。
連中にサビーネちゃんの顔を覚えさせることも、その存在を認識させることすら拒否する!
こっちの弱い部分も、そして強い部分も見せてやらないよ!
* *
カツカツカツ、カツ、カツカツカツン!
来た!
まずは窓に駆け寄り、カーテンの隙間からそっと玄関前を 窺(うかが) う。
……よし、3人だけだ!
次に玄関ドアのスコープ……日本の通販で買ったやつを埋め込んである……を 覗(のぞ) き、再度確認。他の者はおらず、剣の柄に手を掛けていたりもしない。
うん、とりあえず合格!
「……どうぞ、中へ……」
ドアのロックを解除し、ドアチェーンも外して、少しドアを開いて小声でそう 囁(ささや) いた。
男達は小さく頷くと、ドアを大きく開くことなく、狭い隙間からするりと室内へと滑り込み、そっとドアを閉じた。
カギを掛ける様子がないのは、緊急脱出する羽目になった場合に備えてのことなのか、そこまで深くは考えていないのか……。
「ようこそお越しくださいました」
時間は掛けない。この人達も、長居はしたくないだろうしね。
なので、早速用件を……。
「単刀直入に申します。……あの男は番頭か何かですか? そして皆さんの雇い主はあの男ですか?
それとも、もっと上、商会主とかですか?」
「「「…………」」」
う~ん、答えてくれないか……。
「……3番番頭だ。そして俺達の雇い主は、お察しの通り、商会主だ。あの番頭じゃない……」
よし、ビンゴ!! ならば、複数パターンを用意していた書簡のうち、パターンBが使える!
懐に入れていた複数の封筒のうち、『B』と書かれたものを取り出して、その封筒から3通の書簡を取り出して、と……。
それを、3人にそれぞれ1通ずつ差し出した。
そして、反射的にそれを受け取ってくれた、3人。
「それらの書簡に書かれている内容は、全て同じです。あの番頭に気付かれないよう、番頭が商会主に報告するより先にそれを商会主に渡してください。
書いてある内容は、番頭の無礼な態度とふざけた要求のせいで私を怒らせ、最初は取引してもいいかな、と思っていたけれどその話は白紙になったということ。そして護衛の3人は紳士的に振る舞い、私からの信用を得てこの書簡を託されたこと等が記されています。
同じものが3通あるのは、……まあ、念の為です」
勿論、みんなには分かっているだろう。
3人のうち誰かが裏切って書簡を破棄したり、番頭に渡したりした場合に備えての 予備(・・) だということくらい……。
まあ、商談が失敗したことは確定であり、自分達が『そっち側』になるか、『こっち側』になるかの境目なんだ。
……しかも、自分達の雇い主は、やらかした番頭ではなく、商会主なんだ。
まあ、番頭の味方をする者はいないだろうな。
3人全員が味方しないと意味がないし、そもそも番頭側に付くメリットがない。
あ、3通あるから、相談して1通を開封し、中身を確認するかもしれないな。
まあ、私が嘘を吐いていて、護衛達にとって不利になることを書いている可能性もあるからね。
でも、開封されても問題ない。ただ雇われただけの護衛を陥れる必要はないから、ちゃんと説明した通り、いや、それ以上に護衛達のことはヨイショした記述になっているからね。
「用件は、以上です。……何か、質問は?」
「「「…………」」」
黙って、首を横に振る3人。
まあ、本当は私の正体とか、色々と聞きたいことはあるだろう。
でもそれは、あくまでも自分の個人的な好奇心、興味本位によるものだ。あの番頭や商会主のように、商売的な作戦に必要な情報じゃない。
それに、余計なことを知って下手に関わるより、『誠実な 脇役(バイプレーヤー) 』に徹した方が安全だと判断したのかもしれないな。
ああいう職業では、そのあたりの判断を誤る者や、欲に目が眩む者は長生きできないだろうからねぇ。
「……よし、解散……、あ、ちょっと待って!」
忘れてた。会計台の上に置いていた3つの袋を取って、と……。
「これ、わざわざ来てくれたことに対するお礼だよ。中身は、女性や子供が喜びそうな異国のお菓子と、成人男性向けのお酒のつまみ。番頭には見つからないように持ち帰って、奥さんやお子さん、恋人とかにあげて好感度上昇に利用してね。
……言っとくけど、多分平民には二度と手に入れられないものだからね。貴族ですら滅多に食べられないものだよ。上手く使ってね!」
3人の護衛達は、 深々(ふかぶか) と頭を下げた後、静かに立ち去っていった。
……うむうむ、ミッション・コンプリート!!