軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

292 切られる少女と切れる少女 1

今日は、コレットちゃんと一緒に、母国の王都でお買い物。

コレットちゃんは、私が連れ出さない限り、うちの領都邸から出ることは滅多にないからねえ。

たまには気分転換と、家庭サービス 擬(もど) きでサービスしなきゃ。

サビーネちゃん?

サビーネちゃんは、しょっちゅう 雑貨屋ミツハ(うち) に来てるからねえ……。

とにかく、今日はコレットちゃんにサービスしてあげる日だ。色々と買ってあげたり、次の里帰りの時の御両親へのお土産とかを選んでもらったり……。

……いや、御両親が欲しがるものとか、村の生活で必要なものとか、私にはよく分からないからね。そういうのは、現地に住んでいた者に聞くのが一番だ。

そう思って、ふたりで王都の商店街を歩いていたんだけど……。

どんっ!

いきなり、コレットちゃんに激しくぶつかられた。まるで、体当たりで突き飛ばすみたいな勢いで……。

「あ痛っ! こら、ちゃんと前を見て……、ひっ!」

苦痛に歪むコレットちゃんの顔。

その横腹から生えた、 銀色のアクセサリー(・・・・・・・・・) 。

そしてその銀色の アクセサリー(ダガー) を握り締めている男は、チッ、というような顔をしてコレットちゃんを突き飛ばし、そして私に向かって手を突き出してきた。

……何も持っていない、ただ握り締めただけの両手を。

「……え?」

何も持っていない自分の両手を見詰め、呆然とした顔の男。

自分の身に何が起こったのか、そして今自分がいるのがどこなのか、まだ気付いていないらしかった。

「私を殺そうとした男よ! 取り押さえて自殺防止措置! あとで戻る!!」

そう、ここは傭兵団『ウルフファング』の 本拠地(ホームベース) だ。

そしてプロには、余計な説明は必要ない。

周りにいた隊員さん達が群がり寄って男を取り押さえ、口に布切れを突っ込んだ。

男は懐から何かを取り出そうとしていたけれど、転移の時に、身に着けていた武器や暗器、薬品等はダガーと一緒に あっち(・・・) へ残してきた。

そんな初歩的なミスは犯さない。

そして今は、大急ぎでやるべきことがある。

「コレットちゃん!」

すぐに転移して、コレットちゃんの許へ。

刺されたあたりの衣服が真っ赤に染まり、苦痛に歪んだ顔を無理に笑顔に変えて……。

「……よかった……。私、ミツハの役に立てた……」

「馬鹿っ!」

余計なことを言っている暇はない。

こんな時に備えて、地球の何カ所かに事前調査しておいたところがある。

重傷を負った時に緊急搬送する場所。

現在、その場所が日中であり、万全の態勢で怪我人を受け入れられること。

高い医療技術を持ち、受け入れを渋ることなく即座に緊急治療を行ってくれること。

変な交渉事をしてこないこと。

血液や細胞のサンプルを採ろうとか、実験動物扱いしたりしないこと。

そういう場所を、いくつかピックアップしておいたのだ。

どうせ保険は利かないから、国に拘る必要はない。

ただ、夜間に当たると対処が遅れるだろうから、世界各地の数カ所を選んでいる。

そして、この時間であれば、 日本時間(J S T) だと午後6時頃。

ならば、現在午前9時頃で、病院が開いたばかりでまだ医者が疲れておらず、優れた医療技術があるところは……。

日本と、9時間差。

日本標準時(J S T) を表す『I』からアルファベットを 九(ここの) つ 遡(さかのぼ) れば、『Z』。

Zが表す標準時は……。

そう、 グリニッジ標準時(G M T) だ。

日本で18時(1 8 0 0 i) なら、グリニッジ天文台がある辺りなら、 現地時間で9時(0 9 0 0 z) になる。

気力の限界が来たのか、ぐったりしたコレットちゃんを抱きかかえて、……転移!

「急患です! 少女が通り魔に刺されて重傷、助けてください!!」

英国ロンドンの、大病院の急患受け入れ口で大声で叫んだ。

* *

さすが英国、紳士の国。

少女の生命の危機とあらば、本気を出す。

医療保険に入っているかとか、お金はあるのかとか、国籍はどこかとか、そんなことは後回しにして、すぐに手術室に運んでくれた。

……ま、私が高価そうな身なりをしているから、お金には不自由していないということは分かるだろうからね。

あの男は私を殺そうとして急所を狙ったのだろうけど、コレットちゃんは私を横方向に飛ばそうとして体当たりしたから、男の方には体の右側面を晒すことになった。

そして男はおそらく下方から斜め上方に向けて突き刺すつもりだったらしく、想定よりもずっと手前で目標に当たったダガーは、私との身長差にも拘らず、コレットちゃんの首とかではなく、体の右側面部に刺さった。

心臓からは離れている。内臓に大きな損傷がなければ、おそらく大丈夫……。

そうに違いない。

……絶対そうだ。

そうでなければ、許さない。

敵も、自分も、……そして世界も。

私が、コレットちゃんが大怪我をしたというのに平然と、そして淡々と機械的に対処している?

動転して泣き叫ぶ様子もない? 冷静で冷たい?

……馬鹿か。

あの場で、『コレットちゃんが! コレットちゃんがあぁ~!!』とか泣き叫んでどうなる。

そんなの、手遅れになってコレットちゃんが助かる確率を下げるだけの、間抜けがやることだ。

激痛と死の恐怖に包まれたコレットちゃんでさえ、私の判断や行動を邪魔すまいと、一切の声を漏らさなかった。

私がその必死の想いを無駄にしてどうする!

泣き叫ぶのは、後でいい。

今は、やるべきことを……。

「あの、御家族の方……、ひいっ!」

私に何か話し掛けようとした病院の人が、悲鳴を上げて飛び 退(すさ) った。

……そんなに怖い顔をしていたのかな、私……。

* *

コレットちゃんの手術中に、トイレの個室から転移して、1分間でウルフファングの隊長さんに事情説明。

どうせ言葉が通じないから隊長さん達には訊問できないので、自殺させないよう念押しして、すぐに病院の 個室(トイレ) に帰還。

親を呼べと言われたけれど、それは無理だ。

なので私の身分は、 異世界懇談会(イセコン) 参加国から貰ったいくつかの国籍のうち、小国で貴族の称号をくれたところのを名乗ることにした。

うん、英国では、いくら小国の者であっても、貴族というラベルは効果があるからねえ。

お忍びで観光旅行中であると説明し、お金は惜しまないから最高の医療措置を期待していること、……そしてなるべく傷口を小さく、目立たないようにしてくれるよう頼んだ。

通り魔に刺されたと証言した上、他国の貴族を名乗ったのだ。当然のことながら、警察が飛んできた。

そりゃ、来るだろう。 大事(おおごと) だもの。

でも、そんなのの相手をしている精神的な余裕はない。

傷を見れば、刃物で刺されたことは一目瞭然だから、『刺された』って言うしかなかった。

それに、変な理由で説明すると、医者が傷の深さや状態を誤認して、マズいことになる可能性があるから、使用された凶器については嘘を吐くわけには行かなかったのだ。

でも、面倒事は避けたいので、こんなこともあろうかと 異世界懇談会(イセコン) 参加国全ての緊急連絡用の電話番号を登録してあるスマホを取り出して、この国の『担当部署』に連絡をしておいた。

冤罪を生むわけには行かないので、警察には犯人の顔は覚えていない、何も分からない、と誤魔化し、『担当部署』の人が来るのを待った。

そして、警察に遅れることほんの数分で彼らがやってくると、警官達とかなり揉めていたけれど、何とか警官達は諦めて帰ってくれた。

勿論、『担当部署』の人達に色々と質問されたけれど、『これは借りにしといて』と言うと、察してくれた。

向こうの世界で重傷を負ったとすれば、私が地球の医学に頼るというのは、何の不思議もない。

そして向こうの世界は危険で野蛮なところであることは、関係者のみんなは当然知っている。

ま、そういうことだ。

* *

手術が終わり、執刀医の先生に説明されたところ、コレットちゃんの怪我は、内臓も少し傷付いていたものの、生命には別状ないということだった。後遺症とかの心配もないらしい。

……ただ、傷痕は少し残る、って……。

お金は、連続転移で日本の自宅の隠し金庫(地中に埋めてある。出し入れは転移のみによる。金貨用の穴とは別物)からポンドと米ドルの札束を取ってきた。

米ドルも持ってきたのは、ポンドだけだと少し少ないかな、と思ったから。米ドルはかなり用意しているけれど、他のはあまりたくさんは用意していなかったからね。

勿論、日本への持ち込みに際しては、税金とかは払ってないやつだ。

こういう場合に備えて、円、ドル、ポンド、フラン、ユーロ、その他何種類かのお金は札束で用意してある。その他にも、地金型金貨(収集目的や通貨として使うのではなく、金の地金としての価値に主眼を置いたもの)であるメイプルリーフ金貨やクルーガーランド金貨、換金し易い小粒の宝石とかも用意してある。

宝石は、地球での換金用の天然物の他に、向こうの世界用の、地球では激安価格だけど向こうだと良い値で売れる人造宝石をたくさん揃えてある。

うん、詐欺じゃないよね。偽物ではなく、本物の宝石なんだから。

……ただ、大自然と神様が造ったものではなく、人間が造ったものだというだけで……。

そして、ついでに 高価(たか) そうな宝石のアクセサリーも着けてきたので、病院側は医療費を取りっぱぐれる心配はないと安心してくれただろう。

奴らへのお返しは、まだだ。

もう少し経って、コレットちゃんの容態が安定して、私が少し落ち着いてからだ。

……でないと、私が何をするか分からない。