作品タイトル不明
278 掃 除 1
「では、よろしくお願いします」
「……ああ、分かった」
ここは、大月総合病院の中庭。
事前に連絡しておいたマッコイさんが、定時に残業なしで本館から出てきて、待ち合わせ場所であるここへ来てくれたところだ。
マッコイさんの手には、薬を入れた鞄がある。
レフィリアに届いた手紙には、ラルシアの怪我は打撲と骨折だと書かれていたらしい。
でも、骨折は骨がズレたりおかしなくっつき方をすると大変だし、折れた骨が神経や血管を傷付けることもある。
だから、念の為マッコイさんに診てもらうことにしたのだ。
手紙が届くのにはそれなりの日数がかかるし、ラルシアが手紙を書ける状態になるにも数日を要しただろうから、既に怪我をしてからかなりの日数が経っているだろう。
今更遅いかもしれないけれど、できる限りのことはしてあげたい。
仲間であり、同志であるみんなのために……。
「転移!」
* *
「ラルシアさん、お加減は如何でしょうか?」
「や、ヤマノ子爵閣下!!」
マッコイさんと共にラルシア貿易を訪れると、ラルシアは自室で従業員に次々と指示を出しているところだった。
その右の頬と右目のあたりが腫れており、アザができている。
日数が経っているのでかなりマシにはなっているのだろうが、それでもこれだけ残っているということは、最初はかなり酷かったのだろう。
……そして布で吊られた、左腕。
ラルシアは私の前へ飛んでくると……。
「申し訳ありません! お託しいただきました大事な商品を壊され、大切な従業員を……。
私を信用して大役をお任せいただいたというのに、この不始末。この件が片付きました後に、この一命をもってお詫びを……」
あ~……。
この子も、こういうクソ真面目な子だったなぁ……。
私の顔を知らなかったらしい従業員達は、私がラルシア貿易の命綱であるヤマノ子爵だと知って驚いている。
ならば、ラルシアと従業員達を安心させ、ラルシア貿易は安泰であるということを知らしめるとするか……。
「その必要はありません。販売前に失われた商品は、すぐに補充品を届けます。他国に納入する予定であった分を回しますから、予約を受けているところへは納期内に間に合わせてください。
追加の代金は不要、最初の商品の分だけで結構です。販売前の損失はヤマノ子爵家の負担とします。
それと、かなり日が経ってしまっておりますが、私の国から腕の良い医師を連れて参りました。怪我をした人達を集めていただけますか?
そして……」
「そして?」
私は、にっこりと笑顔でラルシアに告げた。
「我がヤマノ家の信条は、天罰覿面、悪因悪果。舐めた真似をしてくださった方々には、それなりのお返しをしなければなりません。
では、まずラルシアさんの診察をして、それからゆっくりとお話を聞かせていただきますね。ゆっくりと、詳しく……」
あれ? どうしてラルシアがそんなに引いているの?
そして、マッコイさんまで……。
* *
あれから、従業員を退室させてマッコイさんにラルシアを診察してもらった。
いや、マッコイさんはお医者さんだからいいけど、男性従業員の前で肩をはだけさせるわけにはいかないからね。
従業員には、他の怪我人を集めておくように頼んでおいた。
ラルシアの診察結果は、左腕の骨折は一応ちゃんと整復してあったらしく、このままでも問題はないとのこと。顔の腫れやアザも、問題なく綺麗に治るだろうとのことで、ひと安心。
可愛い女性の顔に傷が残ったりしたら、それはもう、許されざる凶悪犯罪だ。
あ、いや、可愛くない女性なら顔を傷付けてもいい、ってことじゃないけどね、勿論。
そして、いくら治るとは言っても、女性を傷付け、痛い思いをさせた極悪人達の情状酌量を考慮してやる必要はない。綺麗に治るというのはあくまでも結果論に過ぎず、女性を傷付けたという事実をどうこうできるようなことじゃない。
……そして、今回は警備員がひとり、亡くなっている。
おそらく、正義感が強く、職務に忠実な人だったのだろう。
商人は、カネと商売のセンスで戦うもの。
そこに暴力と非合法な犯罪行為を持ち込んだなら、……それはもはや、戦争だ。
但し、国際法もハーグ陸戦条約も適用されない、血で血を洗う殲滅戦。
……ヤマノ一族の、怒りを見よ!!
マッコイさんに鎮痛・抗炎症剤のテープ型湿布を顔に貼り付けられて、ちょっとみっともない状態になってしまったラルシア。
……マッコイさんって、外科じゃなくて、内科の部長さんだっけ……。
他にも、経口鎮痛剤を渡して、私から使い方を説明しておいた。
そして、マッコイさんには別室で他の従業員の治療状況を確認してもらい、私はその間にラルシアから事情聴取。
ほほぅ。
ふむふむ。
なる程ねぇ……。
明らかに怪しい者がいるけれど、証拠がない。
官憲は、まともに調査している様子がなく、そのつもりもないらしい。
うんうん、よくあるパターンだ。
「すみません、証拠がなくては、どうしようもなく……。
そして、もし証拠や証人がいても、おそらく握り潰されると思います……」
悔しいのか、床の、俯いたラルシアの顔の下の部分に、ぽつ、ぽつと黒い染みが増えてゆく。
……泣かせたな……。
大切な、私の仲間を泣かせたな……。
「ひっ!」
ありゃ、心配させないようにと笑顔を保つよう努めていたのに、怖がらせちゃったか。
まあ、初代みっちゃんに言われたことがあるからなぁ。昔、溢れる怒りを堪えて無理矢理 笑(え) みを浮かべていた時に……。
『暴悪大笑面』かッ!!
って……。
* *
ラルシアからの事情聴取が終わり、マッコイさんによる他の怪我人の診察も終わった。
どうやら、後遺症が残りそうな者はいなかったらしい。ひと安心だ。
この世界でも、整復術とかはちゃんと存在しているらしい。
その後、襲われた時に居た従業員と警備員を全員部屋に集めてもらった。
そして、私からの訓示。
今回のことに関しての 労(ねぎら) いと、またこういうことがあった場合、決して無理に抵抗せず、人命第一、怪我をしないこと第二、お金や商品なんかどうでもいい、という方針を守るよう厳命。
そう言うと、今回亡くなった人が馬鹿みたいに聞こえるけれど、亡くなった50歳過ぎの男性は、暴力を振るわれそうになった若い女性を 庇(かば) ったために犯人のひとりから執拗に暴行を受けたとのこと。
……そう、商品を守ろうとしたわけではなく、女性を守ろうとして亡くなったのだ。
訓示の後、全員に慰労の品を配布。
地球で買った、ルビー、エメラルド、サファイアのペンダントである。1個1万円くらい。
勿論、天然ではなく、合成宝石だ。
合成とは言っても、天然物と同じ組成であり、『本物』である。決して偽物じゃない。
……うん、最初は金貨1枚ずつ、と思っていたんだけど、こっちの方が安上がりだったからね。
合成宝石自体はもっと安いけれど、座金やらチェーンとかでかなり高くなってる。
それでもまあ、天然物に較べれば 無料(ただ) 同然だけどね。
そしてここでは、これは天然物としての価値を持つ。
遠慮なく、売って換金してくれ、と言ったのだけど、みんな首をぶんぶんと横に振って、家宝にする、とか言ってた。
いや、1万円くらいの安物なんだけど、……まぁいいか。
考えてみれば、いくら他国の者とはいえ、貴族家の当主から宝石を贈られるなんて、平民にとっちゃあ名誉なことというか、大事件なのかもしれないなぁ……。
養殖真珠のペンダント……ネックレスじゃなく、一粒だけのやつね。1万~2万円くらい……も考えたんだけど、真珠は有機物だから劣化するからねえ。きちんと手入れしても、せいぜい20年くらいが精一杯、手入れが悪いとほんの2~3年でテリが失われて変色したり、金具の部分が錆びたりするらしいから、真珠はやめて合成宝石の方にしたんだ。
売らずにずっと持っておくなら、こっちにして良かったよ。
あ、イリス様に渡したやつも、そんなに保たないのか。あの時には真珠がそんなに早く劣化するとは知らなかったからなぁ……。
まあ、ベアトリスちゃんの結婚式には着けられるだろうから、それで勘弁してもらおう。
贈り物は怪我した人にだけ、とかにしちゃうと、賊に抵抗したことへの御褒美、みたいに思われるとマズいから、襲われた時に居合わせた人全員にあげないとね。
……そして勿論、この場にいない人、いや、『この場に来ることができなかった人』にも……。