作品タイトル不明
252 誕生日 2
300万円だと、交換レートを考えると、金貨120枚か。向こうの金銭感覚だと、日本人にとっての1200万円相当かな。
アデレートちゃんのデビュタント・ボールを仕切った時に私が貰ったのが、金貨260枚だ。
それでも、通常よりはかなり安かったらしい。
まぁ、あの時は、向こうの世界で手に入る食材とかは全部子爵家の予算で買ってくれたから、全体経費としてはもっとかかっているだろうけど……。
そして、アデレートちゃんのお 家(うち) は、新興の子爵家だ。
それに対して、ボーゼス家は古株の伯爵家であり、しかも侯爵への 陞爵(しょうしゃく) 目前。
……うん、おそらく、使える予算が桁違いだろうと思う……。
花火に金貨120枚くらいかけても、問題なさそうだ。
そう思っていたら……。
「嬢ちゃん、どっかの会社の社長令嬢か何かか? で、創業祭か何かで打ち上げようってことか?」
……まぁ、両親の結婚記念日のサプライズで300万の花火を打ち上げる高校生はいないか。
「う~ん、まぁ、似たようなものかなぁ。かなりの大企業の社長令嬢の、成人祝賀パーティーでド派手にやりたいの。
……あ、私、こう見えても19歳で、社会人だからね。これは請け負った仕事なんで……」
「えええ!」
いや、そういう仕事は、別に珍しくはないだろう。少なくとも、花火師の工房主が驚くほどのことじゃないはず。
うん、今の驚きは、おそらく私が『19歳で、社会人』だって部分に対してのものだろう。
……うるさいわ!
そして、互いに商売としての打合せが始まった。
「打ち上げ速度は、遅いパターンでお願いします。そして数を減らして、玉を大きくしてください。
実は、観客達は花火を初めて観る人達なもので、一発ずつをじっくりと鑑賞させ、最後の締めで派手に連発でキメたいな、と……」
「小さい子供達が多いのか……。しかし、生まれて初めて観る花火となると、こりゃ責任重大だな。
よし、シーズンオフで暇だし、1年の稼ぎの殆どは夏場で稼ぎ終わってるから、代金はそのままだけど、中身をサービスしてやんよ。
あとは、日時と場所、打ち上げプログラムの打合せ、現地の事前確認とかだな。天候やその他の事情で中止になった場合のこととか、細かいことも決めにゃならんし。
当日まで、一ヵ月以上あるんだろうな?」
「……ごめんなさい、3週間……」
「オイオイオイオイ!」
そして、細かい打合せが始まったのであった。
* *
「……で、場所は近場なんだな?」
「はい、すぐに着きます」
まぁ、わざわざ遠くの会社を選ぶ者はいないわなぁ……。
そういうわけで、翌日、工房主……この呼び方でいいのかどうかは分かんないけど……のおじさんと、運転手兼現地確認担当の従業員ひとりと共に、工房のクルマで出発した私達。
うん、普通は1カ月以上前に契約するものらしい。ただ物を売るだけじゃなくて、現地確認、諸手続き、そして玉の製作とか、色々とあるからね。玉の製作は、文字が出るやつとかの特注品もあるらしいし。
だから、あまり時間的な余裕がないのだ。いくら暇な時期とはいえ……。
「お約束したこと、大丈夫ですよね?」
「ああ。こちとら、技術と信用が売り物の商売やってんだ。契約内容の厳守と客の情報に関する秘密保持は、安全の次に守るべきものと従業員全員に徹底してある」
事前に何度も念を押しておいたけれど、最後の駄目押しをしておいた。
……そう、これから、現地の事前確認に向かうわけだ。
当日、もしくは前日に器材を設置するわけだけど、現地を確認しておきたい、って工房主さんに要望されたから、こうして出掛けているわけだ。
うん、みんなは、現場がすぐ近くだと思っているからね。
本当は、この街は 日本邸(うち) からはすごく遠い。何百キロも離れてる。
うちからの距離は関係ないのに、わざわざうちの近くのところに頼んで身バレの危険を増やす必要はないからねぇ。
「そう言やぁ、嬢ちゃんの名前、ナノハって聞いただけだよなぁ。帰ったら正式に依頼書書いてもらうからな。他にも、色々な届けや許可申請とかが必要だからよ。
なぁに、住所氏名、連絡先、日時、使用目的とかをちゃちゃっと書くだけだから、すぐ終わるさ。
申請はうちでやっとくからよ。あ、後でハンコ持ってきてくれよ」
「え……」
呆然。 淑女呆然(レディーボーゼン) 。
ここでは、名前は、万一に備えて『なんちゃって王女様』の方を名乗っている。
もし他国の連中にバレても、異世界の王女としての私が、地球で一番花火の技術が進んでいる(と私が思っている)日本の業者に依頼した、というのは、別にそうおかしくはないだろうから。
……でも、『山野光波』と結び付けられるのだけは、絶対に駄目だ。
工房主のおやっさんが小娘の言うことを信用してくれているのは、既に半金を前払いしているからだ。そうでなきゃ、自称19歳、見た目は子供、頭脳も子供っぽい私の言うことを丸々信じて、高額の仕事を簡単に受けてくれるはずがない。
いや、何なら、全額前払いでも構わなかったんだ。そう言ったけど、前金は半額だ、っておやっさんが言ったから、半額にしただけで……。
だから、 悪戯(いたずら) だと思われる心配はないと思っていたんだ。……なので、身元確認のための証明とかは求められないだろう、と……。
でも、考えてみれば、大掛かりな花火の打ち上げには色々な手続きが必要に決まってる。そしてそれには勿論、依頼者の個人情報が必要に決まってる。
あああああああ~~!!
ど、どうすれば……。
ま、仕方ないか。
後で 工房主(おやっさん) に相談しよう。
現地確認をした後で(・・・・・・・・・) ……。
* *
「あの先の、左側の空き地に駐めてください」
「……お? おぅ……」
私の指示に、怪訝そうな顔をしながらも運転役の従業員に指示してくれる、おやっさん。
まぁ、不思議に思うのも無理ないか。
あの空き地は、クルマが数台駐められる程度の広さしかなく、とても花火を打ち上げられるような場所じゃない。周囲にもイベントを開催できそうな場所は無く、街からも、そう大した距離ではないものの、駅から簡単に歩いて来られるほど近くはない。
でも、ま、そんなことは関係ないからね。『花火を打ち上げる、現場』には……。
そしてクルマが空き地に乗り入れて止まり、エンジンはかかったままだけど、ギアをニュートラルに入れてサイドブレーキが引かれたのを確認してから……驚いてアクセルをベタ踏みされて、ロケット発進されちゃ大変だから……、怪しい呪文を唱えた。
「異界の女神よ、 匠(たくみ) の技を持つ異世界の技術者達を、わが世界に招き 給(たま) え……。
開け、 異次元世界への道(オーラ・ロード) !!」
うん、いきなりでビックリさせちゃわないように、呪文の形を取って事前説明をしたわけだ。
これで、大体のことは察してくれるだろう。……日本人だからね!
「転移!」
「「何じゃ、そりゃあああ~~!!」」
そして、おやっさんと従業員のお兄さんの叫び声を残して、クルマごと、私達は地球から消えた。
「いらっしゃ~い!」
突然現れた私達に、開けたままだったクルマの窓に顔を近付けて歓迎の言葉で迎えてくれた、サビーネちゃん。
勿論、かなり習得した日本語で、だ。既にひとりで日本製のDVDやブルーレイディスクを観られるようになっているのだから、それくらいは軽いものらしい。
そして勿論、いくら私が連れてくるとはいえ、ちゃんとサビーネちゃんのすぐ後ろには護衛の兵士が数人立っている。
……うん、まぁ、ここ、王宮の敷地内だからねぇ……。
そう、王都の真ん中にそびえているここ、王宮が花火の打ち上げ場所、発射装置を設置するところなんだよねぇ。
街の中心部にあって、広い庭とか練兵場とかがあるから、最適の場所なんだ、これが。
そして……。
「「何じゃ、こりゃあああああ~~!!」」
景色の激変、可愛い少女、そして槍を持った兵士達の姿に、再び叫ぶ花火師のふたりであった……。