作品タイトル不明
238 戦いの肖像 5
「……では、お兄さまが?」
「はい。40門艦『エムサート』の士官として……」
『ソサエティー』のメンバーの家族や親族、知り合いにも、出撃した艦隊の乗員が何人かいた。
まぁ、貴族の四男、五男とかが就ける『名誉ある仕事』って、割と限られているよねぇ……。
「では、皆で、女神様にお祈り致しましょう……」
みっちゃん主導で、祈りを捧げるみんな。
うん、ここは神の存在を信じるどころか、つい最近、御使い様が現れたり奇跡が起きたりして、その存在は『厳然たる事実』と思われているからねぇ……。
しかも、このメンバーはその奇跡のひとつが『自分達のおかげで起きた』と信じ込んでいるから、そりゃお祈りにも力が入ろうってもんだ。非公式にだけど、この子達は『聖女』と呼ばれているそうだしね。
神殿の連中もそれを否定することなく、自分達の宣伝に利用しているみたいだし……。
神殿に取り込もうとする動きには注意するように、とみっちゃんから警告してもらったけど、何も知らない平民の娘じゃないんだから、そのあたりは親がしっかりと管理してくれているらしいから、安心だ。
砲撃戦で船が沈むことはそう多くはないらしいけど、沈む時は沈むし、沈まなくても砲弾や銃弾、火災、斬り込み隊による白兵戦とかで、死ぬ者は死ぬ。船が戦闘能力や航行能力を失って降伏し、捕虜になることもあるだろうし、捕虜になった者達が全員、五体満足で生きて帰れるとは限らない。
……私が介入?
うん、場合によってはそのつもりではあるけれど、別にひとりも死なせないように、なんて無謀なことを考えているわけじゃない。双方、程々に戦力をすり潰してくれればいいな、とか、ワンサイドゲームになってどちらか片方による一強多弱体制になるのではなく、睨み合いの状態を維持できるのがいいな、とか考えているだけだ。
近代の海戦なら、艦種や武装、練度や性能、隻数その他で大まかな予想が立てられなくもないけれど、帆船は分かんないよねぇ……。指揮官の能力、天候その他、運や流動的要素が多すぎる。初弾が偶然にも旗艦の船尾楼を直撃、司令部が全滅、とかいう確率も、ゼロじゃない。
戦いは、水物。何が起こるか、分かりゃしない。
そして勿論、この子達の家族や親族だけは死なないように選択的に護る、なんてことができようはずもない。私はあくまでも『なんちゃって御使い様』であって、本物じゃないんだから……。
なので私にできることは、ただ、みんなと一緒に祈ることだけだ。
みんなの大切な人が、無事帰ってきますように、と……。
* *
ヴァネル艦隊はただ直進しているだけ、ノーラル艦隊は問題の植民地近くの海域に進出して 遊弋(ゆうよく) していただけなので、偵察飛行はほんの数回 行(おこな) っただけだ。
そしてその内の1回は、協力してもらっている国の強い要望に逆らいきれず、大型ヘリによる偵察となった。
いや、海軍のヘリも、レーダーくらい積んでるよ。
艦隊の推定存在圏はそんなに広くないし、現場海域までは転移で行くわけだから、初回の広域捜索(主に、ノーラル艦隊捜索のため)以外では小型機やヘリでも問題はなかったんだよね。
まぁ、念の為、レーダーは搭載している機体が望ましかったけど……。
そして勿論、 偵察(しごと) を終えた後に陸地へと向かい、無人の地域で良い場所を探して着陸。
狂喜する学者先生達がたくさんの採取用容器が入ったバッグを持って飛び出し、護衛の兵隊さん達は学者先生達の護衛兼動物を捕らえるために、慌ててその後を追った。
勿論、無制限にサンプル採取を許可したわけじゃない。
動植物や鉱物は、貴重な取引材料だ。なので、いくら航空機を出してもらっているとはいえ、取り放題はサービス過剰だ。
だから、動物は死んだやつを一種類だけ。植物も、同じく一種類だけを数株持ち帰ることを許可した。鉱石は石を1個だけ。
こっそり隠して、なんてのは無理。何せ、私が転移の時にそういうのは除外するから。そのあたりは事前にちゃんと説明していたから、おかしなことをする人はいなかった。
容器をたくさん持っていったのは、手分けしていろんなサンプルを採取して、後でみんなで検討してそのうちのひとつを選ぶためだったらしい。
それで、その『選択のための検討会』が大荒れして、大変なことになっちゃったんだよねぇ。
まぁ、そりゃ、みんな自分が選んだやつにしたいだろう。もしそれが大当たりだった場合、刻が経って情報秘匿制限が解除されたら、『異世界から〇〇鉱石を持ち帰り、大発見をもたらした者』とかいって歴史に名を残せる可能性があるわけだから。自分が一生を捧げた研究畑において。
……そりゃ、譲れんわなぁ……。
勿論、 鉱石(いしころ) だけでなく、植物と動物も同じ。
そして、誰も譲らず 埓(らち) があかないので、仕方なく私が『あと10分以内に決まらなければ、その品目は持ち帰りなしにします』と言ったあとが、酷かった。
痩せて非力に見えたり、温厚で優しそうに見えたりする知的な学者さんも、リミッターが外れて死ぬ気になれば、学者仲間どころか、止めようとした屈強な軍人さんを殴り飛ばせるんだなぁ。
相手が怪我をしようが全く気にしていない、フルスイングで。
……怖いわ!
まぁ、お偉い学者先生に怪我をさせるわけにはいかないから、軍人さんが手加減していたのと、完全に油断していたからなんだろうけど……。
とにかく、学者に専門分野のことで『命を懸けてもいい』と思わせちゃ駄目だ、ということだけは、よぉく分かったよ。
……で、植物チームの人達が、『 何卒(なにとぞ) 、何卒2種類を!!』って縋り付いてきたけど、冷たく却下。大事な切り札なんだから、無駄遣いはできないよ。
そしてその時、ふと思い立って、学者先生達の中で一番偉いであろう人の耳元で、小声で囁いたのだ。
(ヘリを降りるまでに、個人的な連絡先を書いたメモをこっそりと戴けませんか? 個人的に御相談したいことができた場合に備えて……)
眼の細いおじいさんが、くわっ、と両眼を見開いたその顔は、怖かった……。
勿論、帰りのヘリの中で、小さく折り畳んだメモ用紙がそっと私に手渡された。
* *
というわけで、船乗りの感覚ではそんなに遠くではないものの、それなりの長期航海が必要な植民地への旅もそろそろ終盤となった。
帆船の速度は遅い。
いや、強めの追い風(正確には、少し横風)ならばかなり速いけれど、そりゃ向かい風の時もあれば、無風の時だってある。暴風ならば航行どころじゃないし。
向かい風でも、 間切(まぎ) ってジグザグに進むことにより風上に 遡行(そこう) できるけれど、対地速度というか、進出速度としてはそんなに速くは進めない。……だから、長期間の速力を平均すると、4~5ノットくらいかなぁ。日本で言うところの、時速8キロ程度。
……おっそ!
現代地球の軍艦なら、余程の悪天候以外は常時巡航速度20ノット以上は出せるだろうから、時速にして36キロ以上。実に、4~5倍の違いだ。
いや、帆船も、条件がいい時には最高巡航速度14~15ノット、最高速度20ノットを叩き出すことができたらしいけれど、そりゃ、最高の船、最高の乗員、そして最高の風と天候と海面状況(うねり、風浪等)が揃った場合だ。そんなの、全航海日程のうち、ほんの少しだけだろう。
なので、本人達にとってはそこそこ長い航海であり、それも命を懸けた戦いに向かうという 状況(シチュエーション) は、それを更に何倍にも長く感じさせたことであろう。
……でも、私にとっては、転移で一瞬。
いや、ごめん!
そして、眼下に見えるは、両国の艦隊。
ヴァネル艦隊はしばらく前にこの海域に到着していたけれど、ようやく両艦隊が相手を発見したというわけだ。
今日の私の乗機は、対潜哨戒機。
この時代の海戦は長丁場だからね。日を跨ぐとか、数日間続くとかいうのも珍しくはない。ぐるぐると回って有利な位置を確保しようとしたり、逃げる相手を追いかけたりして……。
今回は、魚雷、ミサイル、対潜爆弾等の武装は、なし。そして胴体側ハードポイントには、カメラポッドが装着されている。勿論暗視機能もあるので、夜間も安心だ。
そして長期戦に備えて、基地には交替の機体と 乗員(クリュー) が待機している。
私が転移で基地の燃料タンクから機体に転送給油を、と考えなかったわけじゃないけれど、その案について相談したところ、関係者全員から蒼白な顔で猛反対された。
……まぁ、ほんの少し位置がズレたら、機体が空中に出現した燃料の塊に突っ込むわけだからねぇ、火焔を吹いているエンジンごと……。
ほんの数メートルズレただけでも、コクピットとか機内に燃料がどぷん、と出現して……。
そりゃ、反対するわ……。
とにかくそういうわけで、両艦隊、パワフル戦闘開始!!