作品タイトル不明
232 パーティーまたたび 2
私との会話の主導権を争って客同士の揉め事になる寸前のところを、主催者の伯爵が仲裁に入ってくれて、何とか場が落ち着いた。
……というか、仲裁の隙を衝いて私が逃げ出して、料理コーナーに退避したからだけどね。
料理を載せた取り皿を手に持っている者には話し掛けてはならない、というありがたいマナーには、いつも助けられているよ。多分、料理を口に入れている時に話し掛けられると困るから、という理由だけでなく、男にしつこく話し掛けられて困っている女性を救済するための、先人の知恵、というやつかもしれないな……。
このマナー、旧大陸と同じなんだけど、たまたま社交界として必要なルールだから同じようなものが自然にできたのか、昔、どちらかの大陸の者が海を渡ってやってきて、広めたものなのか……。
しかし、主催者の伯爵、ちゃんと 主人役(ホスト) としての仕事をこなしてくれたのは、助かった。どこぞやの伯爵野郎とは大違いだよ、うん。
ちょっと、何かで便宜を図ってあげようかな。
ヤマノ子爵に誠意を示せば見返りがある、って噂が広まれば、何かと便利かも。
……うん、『見返りがあるかも、という噂が流れる』というだけなので、私は何も約束するわけじゃないから、何の義務もない。ときたま、気紛れで便宜を図ってあげるだけだ。別に私の損になるようなことじゃなく、相手を誰にしても私の利益は変わらない、という時とか、充分私にもメリットがあるような場合に。
うむうむ。
……そろそろいいかな。
さっきは、抜け駆け野郎のせいで堤防が決壊したけど、普通ならあんなことは起こらない。
仮にも、貴族のパーティー、紳士淑女の社交の場なんだから、 無様(ぶざま) で 無粋(ぶすい) な真似や、はしたない姿を晒すようなことはない。……はずだ。
なので、貴族の矜持に期待して、取り皿をテーブルに置いて、グラス(ノンアルコールのジュース)片手に、皆の方へと。
……飲み物は、手にしていても話し掛けて構わない、ってことになってる。
ま、そりゃそうか。
「ヤマノ子爵、近隣の国々を旅して廻られたとか? 何か面白いものはありましたかな?」
うんうん、こういう話題から始めるもんだよね、紳士淑女の会話というものは……。
そして、何気ない話題のようだけど、私が周辺国を廻った目的……外交、商売、情報収集、その他諸々……についてのヒントを探ろうとしているわけだ。
うんうん、いいねいいね、腹の探り合いというか、情報戦というか……。社交界たるものの本領発揮、ってわけだ。
「いえいえ、ただの物見遊山の旅で、有名な観光地を 巡(めぐ) っただけですよ。……ついでに、レフィリア貿易の提携店に顔を出してきましたけど……」
ぴくっ!
ぴくくっ!!
ふふふ、周りで耳をそばだてている連中が、面白いように反応しているぞ。
レフィリア貿易が周辺国に提携店を持っていること、それも一国につき一店のみという基準であることは、当然、とっくに知られているだろう。それが、レフィリア貿易との繋がりだけでなく、直接ヤマノ子爵家とも繋がっているということが、今、はっきりと公表されたわけだ。
……つまり、レフィリア貿易に何かあった場合、ヤマノ子爵家は主要取引先を他国の商店に移すことが可能であり、その場合、拠点そのものをその国へと移す可能性がある、ってことだ。
……その『レフィリア貿易にあったこと』が、何者かの悪意によるものだとか、私が危険を感じたり、この国を拠点とすることが不適当だと判断するような『残念な出来事』であった場合とかは、特に……。
僅かな会話の中に、こちらから伝えたい情報をさり気なく仕込み、相手の動きを封じる。
香辛料の容器をうちの領で作った粗末なやつにして、うちの国の技術力が低いと思わせる作戦といい、欺瞞活動の方も順調だ。
「ヤマノ子爵、ひとつ、お伺いしても良いかな?」
次に、別の貴族、……ええと、子爵かな、40歳くらいの人が話し掛けてきた。
「はい、何でしょうか?」
「どうして、ヤマノ子爵領から運ばれてくるお酒の瓶はあんなに高度な技術で作られているのに、塩や香辛料が入れてある容器は全て粗末な作りなのだ?」
「あ……」
しまった! お酒を全部こっちの瓶に詰め替えるのは大変すぎるから、そのまま売ることにしたんだった! そして、あの瓶が作れるのに、他のものはあんな初歩的な土器に入れて売るとか、不自然にも程があるゥ!
「あ、アレは、お酒の瓶は他国から輸入していまして、母国では回収して何度も再利用しているんですよ! お酒の容器は、丈夫で見た目もいいものでないと台無しですからね。割れたり漏れたり、おかしな味や匂いが付いたりしたら大変だし!
その点、塩とかは容器が割れても大部分は回収できるし、容器にそんなに高いお金をかけるような商品じゃないから……」
よし、完璧な回答だ! 完璧の母!!
「いや、しかし、胡椒まであんな脆くて安物の壺なのはおかしいだろう? 胡椒やクミンとかは、お酒以上に高価なものだから、あんな容器ではなく……」
うあぁ、うるせー! しつこいぞ、テメー!!
「い~んですよ、細かいこたー!」
* *
「……というようなことがありました……」
「ぶわっはっはァ! そりゃ、この国で売ってる酒をそのまま売りゃあ、怪しまれるに決まってるだろうが! ラベルの文字とかも、どこの国の文字だよ、ってことになるだろうが……」
「…………」
地球に戻って、話に少しフェイクをかけてウルフファングの隊長さんに話したら、思い切り馬鹿にされて笑われた。
「いや、だって、全部向こうの容器に入れ替えるのは面倒すぎるんだよ! 容器の容量にもブレがあるし、割れやすいし、密閉度の問題、フタの問題、その他諸々……。だから、仕方ないんだよ!」
そう、仕方ないのだ!
「それと、私が 女友達(ガールフレンド) になってあげた男の子がね、」
ガタガタガタッ!
……え? どうして周りでそれとなく私と隊長さんの話を聞いていた隊員さん達が色めき立つのよ?
「じ、嬢ちゃん、そいつの 彼女(ガールフレンド) になったのか!」
え?
えええええ?
「なっ、何言って……。ただの 女友達(ガールフレンド) 、って……。
あれ? あれれ? いや、その、えええ?」
おかしい。
頭の中で、ひとつの言葉が異なる意味を持って交差している……。
女友達(ガールフレンド) 。……恋愛感情のない、ただの女友達。
彼女(ガールフレンド) 。……恋愛関係にある、女性の恋人。
ああっ! 私が喋る時には、既に日本語と化している『ガールフレンド』という言葉を意識しているから、日本での意味である『ただの友達』と認識するけれど、隊長さんが喋っている英語の中の『ガールフレンド』は、英語での意味である『彼女』という意味で受け取っているんだ!
英語だと、『彼女』は『Lover』と違うんかいっ!
え? それは『恋人』?
ただの女友達は『friend』? 『ガール』は無しで、男女共通?
はっ!
私、まさか軍人くんの前で『ガールフレンド』って口に出してないよね?
え~と、え~と……、大丈夫、脳内でしか使ってない!
セエエエエェフウゥゥゥ……!
あ、でも、私が日本の『ガールフレンド』の意味で喋ろうとすれば、当然現地のそれに相当する言葉で喋ることになるわけだから、問題ないのか!
たまたま、完全に日本語化した英単語を『日本語』として認識している私と、それと同じ発音で意味が近い単語を使っている……というか、本家本元の……英語を常用語としている人との会話という、不幸な偶然がもたらした悲劇であった……。
ウルフファングのみんなの誤解を解いておかないと、今後色々と弄られたり、マズいことになりそうだなぁ。
仕方ない、詳細説明を行うか。
……ハァ。