作品タイトル不明
229 頑張れ!軍人くん 1
「……ミツハちゃん、困ったことになっちゃった……」
久し振りに会った軍人くんが、泣きそうな顔で、そんなことを言い出した。
「いったい、どうしたの? まぁ、こんなところで立ち話も何だから、とりあえず、いつものお店に……」
顔繋ぎと、例の『船魂作戦』による状況を知りたくて、軍人くんに会おうとしたところ、何だか様子がおかしい。
軍人くんが乗っている船、『リヴァイアサン』には、船魂は出現していない。
これは、船魂が出現していない船の乗員が、今の船魂騒動をどのように受け取り、どう考えているかを調べるために、軍人くんの乗艦をわざと外したためだ。
勿論、他の全ての船に出現させたわけではなく、船魂が現れたのはほんの10隻前後であり、それはヴァネル王国海軍が保有する全艦艇の数からすると、ごく一部に過ぎない。
なので、その関係で困っているとは思えないんだけど……。
そして、いつもの店の、奥まったテーブル席を確保。
いや、こんな状態の軍人くんから話を聞くのに、外から見える席とか、店の真ん中あたりの席とかはマズいだろう。元々、この国の人から見ると異国人っぽくて少し目立つ私と、今の軍人くんとの組み合わせでは、いささか目立ちすぎる。
注文を済ませ、飲み物が来るまでは話の核心には触れず、当たり 障(さわ) りのない会話を。
そして、飲み物が来てウェイターが席から充分離れてから、他の客に聞こえないよう声を落として軍人くんに話し掛けた。
「……で、どうしたの?」
軍人くんが、自分の仕事や個人的なことで、会った途端に私にこんな顔で泣き付くような真似をするはずがない。海軍軍人としても、女の子の前では見栄を張りたい男の子としても。
……つまり、これは私絡みのことで、しかも私にとってマズい話、ということだ。
でも、私は軍人くんにとって、ただの 女友達(ガールフレンド) に過ぎない。
別に、海軍軍人は 女人(にょにん) 禁制、とかいうわけでもあるまいし、軍人くんの友達という以外には何の関係もない私が、何らかの問題となるはずが……、って、ああっ!
「ま、まさか、先輩か上官に、私を譲れ、って強要されたの?」
うん、それしかない!
後輩から、金持ちで美貌の少女を奪い取ろうという奴が湧いても、不思議じゃない。いや、湧いて当然だ。何せ、美貌の……
「いや、そんなことはない」
あ、ソウデスカ……。
「じゃあ、どうしたのよ!」
私の語調に少しトゲがあるように聞こえるのは、気のせいだ。
「……実は、司令官に呼ばれて……」
オイオイオイオイ!
軍人くんが乗っている艦の艦長が、大佐だったよね、確か。
他の艦は中佐が艦長だけど、軍人くんの乗艦は、最新鋭艦で戦隊の旗艦だから。
そして、同じく大佐である戦隊司令が乗艦している。
……戦隊『司令』だ。
でも、今、軍人くんは『司令官』って言った。『司令官』って……。
それって、もっと上の人じゃん。
まぁ、焦っても仕方ない。とにかく、話を聞くのが先決だ。
「先日、うちの艦長と戦隊司令に頼まれたナイフを受け取っただろ? あれを受け取った戦隊司令が、何かの集まりで自慢したらしいんだ。それで……」
ああ、また、追加注文かな。……いや、それだと、申し訳なさそうな顔はしても、女の子の前でこんな情けない顔はしないか。仮にも、男の子だもんねぇ。
「どこで入手したのか、って聞かれて、僕のことだけじゃなく、ミツハちゃんの名前まで出しちゃったらしくて……」
「いや、どうして戦隊司令が私の名前を知ってるのよ!」
「……ごめん……」
はいはい、戦隊司令に入手先を聞かれた時に、喋っちゃったわけね……。
まぁ、自分の 女友達(ガールフレンド) の名前を言ったところで、何の問題もないし。
それに、私、軍人くんにも『ミツハ』というファーストネームだけで、家名は名乗っていないしね。
軍人くんは何度も聞こうとしてきたけれど、私が色々と誤魔化してきたんだ。
そりゃ、適当な偽名を名乗ってもよかったけれど、不要な嘘はなるべく吐きたくないし、軍人くんも、私が偽名を名乗れば簡単なのにそうせずに色々と言い訳をして教えないものだから、却って信用してくれている模様。
おそらく、身分や家格を知られたら自分が 退(ひ) いてしまうのでは、と私が恐れているのだとでも思っているのだろうな。
……で、じゃあ、どんな問題が起きたかと言うと……。
「で、司令官が、ミツハに会いたい、って……」
「やっぱりイイイイィ~~!!」
そういうわけで、司令官とやらに会うことになってしまった……。
いや、下っ端の軍人くんが、そんなの断れるわけないじゃん!
そして私も、『いくら偉い人でも、私は軍人じゃないから関係ありません』とか言って無視するわけにはいかないよねぇ。
いや、私は問題ないよ? 民間人で、軍とは関係ないんだから、平時において軍人の命令を聞く義務はないだろう。……特に、知らないおっさん軍人からいきなり呼び付けられた未成年の少女、とかは。下手をすれば、事案モノだろう。
でも、それだと軍人くんの立場がなくなっちゃうだろうからねぇ……。
そりゃ、私はこのまま姿を消して二度とここには来ない、ってことでもいいけど、軍人くんには色々とお世話になってるし、悪い人じゃないから、迷惑は掛けたくない。
……多分、『迷惑』程度では済まないだろうし。
別に自分の 女友達(ガールフレンド) を上官に紹介しなかったからといって軍規的に問題はないだろうけど、ひとつ上の上官、兵曹あたりならばともかく、戦隊司令や、その上の司令官とかの頼みを蹴って恥を掻かせた下っ端水兵が職場でどう扱われるかと考えると、……うん、ないわ~……。
そういうわけで、私にできる返事は、これしかなかった。
「お招き、喜んでお受け致します……」
「全然、喜んでるようには見えないけど……」
うるさいわっ!
「ごめん……」
自分から言ったくせに、私がムッとしたのを察知したのか、そう言って素直に謝る軍人くん。
うん、私が嫌がってるって分かるなら、なのになぜ受けたか、っていうのも分かるよね、当然。
そーだよ、てめーのためだよ!!
* *
「どうぞ、こちらへ」
案内されたのは、船ではなく、陸上にある司令部らしき建物。
そこの、如何にも『偉い人の部屋』と言わんばかりのところへと案内された、私と軍人くん。
そりゃ、私だけ、ってことはないよ。いくら下っ端でも、軍人くんが一緒に決まっている。
でないと、それこそ『軍とは何の関係もない少女を、勤務時間中に自室に呼び出したお偉いさん』ということになってしまう。
……アウト!
それも、ダブルプレーか、下手をするとトリプルプレー、一発チェンジかゲームセットものだ。
さすがに、そんな馬鹿な真似はするはずがない。
案内してくれているのは、若手士官。
なんでこんな子供と水兵が、と怪訝に思ってはいるだろうけど、対応はすごく丁寧だ。
そりゃ、今の私達は、『下っ端水兵と子供』ではなく、『司令官の招待客』だからね。VIP扱いだよ。
そして、案内の人がドアをノックして、『お客様を御案内致しました』とか言って、そのままドアを開けてくれた。
ふぅん、『入れ!』とかの入室許可を待たずに、そのまま開けるんだ……。
まぁ、元々来客の時間は決まっているし、私室でもないのに中でおかしなことをしているわけがないよね。それに、『入れ!』というのは、案内の人に対してはいいけれど、一緒にいる来客に対しては失礼な言葉だからかな。
ま、そんなのはどうでもいいか。
私が先に立ち、部屋へと入る。
……呼ばれたのは私だし、軍人くんが『入ります!』とか言って先陣を切るには、この部屋はあまりにもハードルが高いだろう。
「失礼します。お招き戴き……」
「やっぱり、嬢ちゃんか……。そうだろうと思ったよ……」
え?
えええ?
私を知っている? 王都のパーティーかどこかで会った?
私が混乱していると、正面の高価そうな椅子に座っている人……当然、私達を呼び出した司令官……が、説明してくれた。
「バーで会っただろう、ミツハ嬢……」
「え? あ、あの時の、バーのお客さんのひとり?」
あ~、あの時、家名は名乗らなかったけど、『ミツハ』という名は名乗ったな、確か……。
そして、戦隊司令経由で、軍人くんが漏らした『ミツハ』という名を聞いて、私だと思ったわけか……。まぁ、このあたりでは珍しい名前だろうし、異国っぽい外見、そして『珍しいナイフ』と『珍しいお酒』という、『珍しい』繋がり。
そりゃ、どちらも異国産、と考えて連想するのも無理はないか。
……で、その私に、いったい何の用が?
「あの時、護衛を付けて送り届けようとしたのに急に消えるから、心配したぞ! あまり大人を振り回すんじゃない!」
あ……。
「ごめんなさい……」
確かに、あんな時間に小娘がひとりで、なんて、心配させて当然か。私が悪かった……。
「で、実は、重要な話がある。おい、外へ出てドアを閉めろ!」
司令官の台詞の後半は、開いたままのドアのところに立っていた、案内の若手士官に対してのものだ。
そして、若手士官が部屋から出て、ドアが閉められた途端、まだ椅子を勧められてもおらず立ったままの私達に向かって、司令官が声をひそめて言った。
「……あの酒、手に入れられるか?」
重要な話って、それか~~い!!