作品タイトル不明
230 頑張れ!軍人くん 2
「……あ、すまん、座ってくれ」
私達を立たせたままだということに気付いたのか、ようやくそう言って応接セットの方を手で示してくれた司令官。
そして自分も、執務用の席から立って、応接セットの椅子へと移動してきた。
いくらこっちが客でも、さすがに上座に座るわけにはいかない。そして勿論、こちらが先に座るわけにも……。
軍人くんも、いくら下っ端だとはいえ、さすがにそういう教育は受けているらしく、きちんと対応していた。
まぁ、 軍人の(こういう) 世界では、乗用車に乗る時は偉い人が先、バスや 短艇(カッター) 、エレベーターとかに乗る時は偉い人が後、とか、厳密に決められているそうだからなぁ……。昔、お兄ちゃんが言ってた。
で、お言葉に甘えて、司令官に続いて遠慮なく座って、と……。軍人くんも、さっさと座る!
「……で、どうなんだ?」
「はい、売り物としてたくさん運ぶかどうかの参考にと、高いお酒を飲み慣れている皆さんに試飲して戴いたのです。結果が良好であれば、販売品目に加えようかと考えておりました」
「売り物? ……あ、その前に、その喋り方はやめてくれ。何だか気持ち悪い」
うるさいわ!
まぁ、私の喋り方が変だというわけではなく、バーでは普通に喋っていたから、取って付けたような敬語がしっくり来ないのだろう。仲のいい友人に、ある日突然敬語で話されたら、気持ち悪いもんね。それと同じなんだろう、多分。
「……分かった。でも、あとで無礼討ちや侮辱罪で軍法会議、ってのはナシね!」
「どこの暴君か!」
心外な、というような顔でそう言われたけど、貴族っぽく振る舞っている私はともかく、軍人くんに累が及ぶと申し訳ないからね。そのあたりは、ちゃんとしておかないと……。
「うち、他国から食べ物やお酒、その他色々なものを輸入してるの。あのお酒もそのうちのひとつで、あのレベルのを飲み慣れている人達に試飲してもらって様子を見ようと思ったのよ。そして、お世辞やら言葉を飾った感想なんか聞いても何の役にも立たないから、みんなが飲んでる様子を観察してたの。
それで、好評みたいだったから輸入することにしたんだけど、……生産国でも大人気で品切れ、高値でほんの僅かしか手に入らなくなっちゃったの。なので、とても輸出に廻せるほどの量は……。
まぁ、他のメーカーの同等品とかもあるし、似たやつで良ければ都合をつけられるけど……。
ほぼ、あれに匹敵するやつだよ」
そう、あの時に出した白州のシングルモルト12年物は、原酒が売り切れてメーカー休売中。
そりゃ、12年物を『好評につき、急遽大量増産』ってわけにはいかないよねぇ……。今、大量に仕込んでも、12年後にブームが終わってりゃ意味ないし。
そりゃ、ネットで何万も出せば手に入るかもしれないけれど、そこまでしなくてもいいだろう。
高値で掴んでも、その何倍もの価格で貴族や金持ち、軍の高官とかに売れるだろうとは思うよ?
でも、そういうのはあまりやりたくないし、地球の酒好きの皆さんに申し訳ない。だから、同じメーカーの他の製品か、他のメーカーの同等品でいいや。
「頼む!」
即答かい! そして、『くっくっく……』という声が聞こえてきそうな、その悪い顔は……。
あ~、自分が飲んで楽しむだけでなく、他の者に自慢してやろう、とか考えてるよね、絶対……。
この国の高級士官は殆どが貴族だから、いくら高かろうが、金額なんか関係ないんだろう。問題は、『いくらお金を積んでも手に入らないものが、自分には手に入れることができる』ってことで……。
でも、王都の貴族や金持ちの間には既に出回ってるよ、日本のお酒……。
まぁ、数は僅かだし、さすがに、白州12年レベルのはまだ売っていないけどね。
そして、この司令官さんにとって私は『行きつけのバーで知り合った、海軍贔屓の貴族の娘』にして、『艦隊に勤務する若手水兵の女友達』に過ぎないけれど、この人経由で私が用意したお酒のことが広まれば、そのうちバレるよねぇ。
……私が、今、王都でブイブイ言わせている『ミツハ・フォン・ヤマノ子爵』その人だということが……。
いくら貴族であり軍の高官であっても、この軍港の街でずっと勤務しており王都に近付くことがなければ。そして貴族のパーティーに出ることがなければ、私のことを知る機会はないだろう。うちが扱っているお酒についても。
でも、私が出たパーティーに出席したことがある者や、レフィリア貿易が扱うお酒を飲んだことがある者なら……。
お酒を飲んだだけであれば、ただ単に『あ、レフィリア貿易のお酒だ』で済むだろうけど、さっき私は、『うちが輸入している』と言った。……ならば私は、レフィリア貿易かヤマノ子爵領、どちらかの者ということになり、そしてそこまで知っている者が『ミツハ』という名を聞いたなら、それがヤマノ子爵のことであることが分からないはずがない。
うん、別に隠す必要はないから、構わないんだけどね。隠すつもりがあれば、最初から偽名を使ってるよ。
王都とこの街の移動にかかる日数的に、私の行動について矛盾が出ない限り、問題ない。元々私は、あまり人前に姿を見せないし。……普段は日本や旧大陸にいるからね。
そして、実際には矛盾が生じていても、わざわざ私の滞在日を調べて比較しようなんて考える者が現れるとは思えない。そんなことをする意味がないからね。
この部屋に入ってから、軍人くんはひと言も喋らず、置物状態。
ま、それは仕方ない。今回用件があって呼ばれたのは私であって、軍人くんはただの水兵に過ぎず、司令官と話すことなんか何もないんだから。ただ単に、私を呼ぶためのオマケとしてくっついているだけの、言わば私の『付属品』だもんね。
でも、私が司令官とタメ口で話すような立場だと知って、以後の関係がぎくしゃくするようになったら嫌だなぁ……。
「それと、あのナイフ、もうひとつ手に入るか?」
はいはい。
テオドール様と言い、男ってのはみんな、ナイフが好きだよねぇ。お兄ちゃんもだけど……。
でも、似たような 折り畳み(フォールディング) ナイフばかりじゃ芸がないかな。リクエストを聞いてみるか……。
「どんなのがいいですか? 同じような 折り畳み(フォールディング) ナイフ? それとも、 鞘に入れる(シース) ナイフ? ダガーナイフ、ブーツナイフ、ツールナイフとか……」
「う~ん、とりあえず、 折り畳み(フォールディング) ナイフを頼む」
とりあえず? 気に入ったら、あとで追加注文する気かい!
まぁ、折り畳みじゃないやつはこの国のと大差ない、と思っているのかな。そりゃ、その他のは特殊な機構が付いているわけじゃないから、デザイン的なものが少し違う程度、とでも思っているのだろうな。
実は、使われている鋼の材質とか、グリップの材質、人間工学の粋を極めたデザインとか、かなり違うんだけどね。 折り畳み(フォールディング) ナイフを見れば、そのあたりに気付くかもしれないけれど……。
ま、サバイバルナイフやコンバットナイフの類いは対象外にしておこう。
ダガーナイフ、ブーツナイフは、暗器っぽいから嫌なのかな。ツールナイフは、多分どんなものか分からず、ショボいやつだとでも思ったのかな? 武器としてではなく、軍用の道具としてはとても便利なのに……。
他にも、船乗りとか軍人が喜びそうな小物は色々とあるけれど、わざわざ便利なものを教えてあげる必要はない。渡さざるを得なくなったもので、あまり大きな影響を与えないもの限定だ。
あまりうちの科学が進んでいると思われるのは困る。
お酒や食べ物が美味しいと思われるのは、別に構わない。そういうのの美味しさと科学力は、あまり連動していないからね。もしそうじゃないなら、イギリスは開発途上国未満の未開の地、ということになってしまう。芸術作品とかもそうだよね。
そして、実はレフィリア貿易に卸している商品の中には、うちの領地で作っているものも混じっているのだ。……主に、容器として。
そりゃ、うちの領地の村でも、土器くらい作れるよ。縄文時代や弥生時代でも作れたんだから。
本格的な窯じゃなくて、野焼きに毛の生えた程度、まぁ、弥生式よりは少しマシ、という程度なら、そう難しくはない。
勿論、そんなものを容器として売ったのでは、商売になるはずもない。
でも、その中に塩や香辛料が入っていたら?
そう、そういったものを入れて売るための容器として使ってるんだよね。
領民が作ったものを私が買い上げて、それに地球産の液体や粉末状、ペースト状の商品を入れて売る。それを買った新大陸の人は、中身を使ったあとは、何かの容れ物として使おうが、捨てようが、自由だ。
……で、何が言いたいかというと、それらの容器を見た新大陸の人達は、うちの文明レベルが低いと思ってくれる、ってことだ。
香辛料が採れたり、美味しい食べ物があったり、宝石があったりするけれど、作っている壺や 甕(かめ) を見た限りでは、あまり文明が進んでいるようには見えない知名度の低い国。
うん、全然警戒する必要のない、輸出品で甘い汁が吸えそうな『良い国』だ。うむうむ。
そういうわけで、ナイフとお酒のための予算と、その予算内で何本のお酒が欲しいか、そしてどういうタイプのものが欲しいか……アルコール分強めか弱めか、ウイスキーとブランデーのどちらが欲しいか、リキュールは欲しいか、等……を確認した後、再び若手士官の先導で司令部を後にする私達であった……。
ちなみに、軍人くんの私に対する態度は、あの後も全然変わらなかった。
最初から私がかなりのお金持ちの家の娘だと思っていたそうで、顔立ちから移民系の家だと判断していたとか。
なので他国に親戚がいても不思議じゃないし、そういう繋がりで親が貿易商だというのは充分考えられるということで、想定の範囲内、とか言っていた。
まぁ、私が最初から金持ちの娘として振る舞っていたから、そう考えるのもおかしくはない。
でも、私がお金持ちだと思っていても、私にお金を出させたり、利用しようとしたりしないのは、立派だなぁ。さすが、ヴァネル王国の紳士!
おかしな下心なんかは無いよね、勿論。
……無いよね?