軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

174 そして、長い年月が……

あれから、長い年月が過ぎ去った……。

……具体的には、1カ月くらい。

そしてヤマノ港には輸入擬装用の小さな倉庫が建ち、町には洋裁のための作業場が造られた。

洋裁の方は、作業場兼新人養成所である。最初は、高い 絹(シルク) ではなく、安い 綿(コットン) を使って練習させ、その結果できるであろう、失敗作というか不良品というか……、まぁ、売り物になりそうにないものは、領民に安く売るか、王都で孤児院や浮浪児達に寄付してもいい。

但し、それら不良品の製造元は極秘。そんな低品質のものがうちの領地産だと思われて、将来のうちのブランド名に傷が付いちゃうと困るからね。

ここで養成するのは、紳士や御婦人用のコート、スーツ等を作る『テイラー』ではなく、主に御婦人用のドレス等を作る『ドレスメーカー』である。

テイラーの方は、将来的に余裕ができたら手を出す予定。

作業場は、まだ 建屋(たてや) だけで、中身は空っぽ。

店長は、綿や麻、絹の仕入れのためのルートを開拓してくれている。

うん、別に店長は今の店を閉めるだとか、こっちへ来て指導するとかいうわけじゃない。今の店で普通に仕事を続けつつ、私が持ち込む様々な相談事の相手をしてくれたり、デザインや縫製の指導にあたってくれるだけだ。あくまでもここは、『地球の、開発途上国』ということで。

そしてその説明書や口頭での指導を、私がこちらの世界に持ち帰って伝えたり、ごくたまには、うちの縫製要員を店長の店へ連れていって、私の通訳で直接指導して貰うことも考えている。

……以前アデレートちゃんを採寸のために連れていった時のような感じで、うまく誤魔化して……。

そして時には、超高級品として、店長さんに日本の技術でドレスを作って貰えば、うちの領地産のドレスのブランド化は 容易(たやす) い……はずだ。

養蚕は、長期的な事業として、ゆっくりと。焦っても、碌な事にはならないだろうからね。

店長も、洋裁のプロではあっても、養蚕にはあまり詳しくないだろう。シルクの歴史、とかなら知っていても、蚕の病気だとか、蚕が食欲不振の時にはどうすればいいかとか、温度や湿度の管理、蚕が美味しく感じる桑の葉のコンディションとか、そういった現場の知識的なことは、そのあたりの本で調べても分かるようなものじゃない。

そのうち、経験者のところへ行って色々と教わるしかないか……。

でも、そういうのも、絹製品の販売の目途が立ってからの話だ。製品の販路も確立できていないのに、手を広げても仕方ない。当分は、絹として輸入。そして後には生糸を、主に中国、インド、ブラジル等から仕入れて、織物や編物を作る段階からの作業にしよう。養蚕は、まだまだ、ずっと先の話だ。

現在は機械で行われている乾燥・ 貯繭(ちょけん) 、 選繭(せんけん) 、 煮繭(しゃけん) 、 繰糸(そうし) 、 揚返(あげかえ) しとか、全て、温度や湿度、力加減、その他色々な、職人の技が要求される。これを、空調やボイラー、検査用の照明器具、自動繰糸機とかが無い世界で再現するのは、至難の業だろう。

……いや、昔の人は、そういう機械なしで、ちゃんとやっていたんだろうけど。

そして、こっちの世界にも、絹はある。それなりにやっているのだろうな。

こっちでのやり方を学ぶのは、……教えてくれるわけがないか。それこそ、それぞれの製糸工房の秘伝であり、門外不出かも知れない。ま、現代地球でのやり方を調べて、それをここの技術で再現することを考えた方が簡単か。100パーセント再現できなくても、ここの世界でのやり方よりは質のいいものができるだろう。……多分。

で、昔の手動織機あたりからスタートかな……。

勿論、店長さんが手動織機の使い手であるわけがない。

店長さんには、地球で買ってきた絹織物、つまり『もう出来てるやつ』からの縫製を、みんなに指導して貰う。これは、比較的早く開始できるだろう。

そして、織物部門は、昔の手動織機の再現から始めるので、製品の製造開始までにはかなりの時間が掛かる。まぁ、ここで製造できるレベルの動力なし織機の中では一番効率的なものを作るつもりだから、何とかそれが形にさえなれば、後は何とか……。

勿論、最初は地球産のもので開始する。どこかで手動のが手に入るかな。外国? 博物館?

ううむ、機械工作ができる技術者が欲しい! 銃のこともあるし、鉄を加工できる機械と、人材が……。

……『みんな助けて! 子爵領経営記』?

あそこでアイディアか人材を募集するか?

いや、しかし、あまり派手にやって、もし『ナノハ王女』としての私を知っている者の目に留まったら? 異世界のことに気付いた者に情報を売られたり、何かを企まれたりしたら?

自分が望む仕事ができるなら絶対に裏切らない、という、店長さんのような、分かりやすい人はあんまりいないからなぁ……。

でも、私ひとりじゃ、到底手が回らない。

うむむむむ……。

ま、焦っても仕方ない。のんびり行こう!

あっちもこっちも、全力でやっていたら身体が保たないよ。

これでも、他の田舎領よりはずっとマシな状態のはずだ。餓死する者も、子供を間引いたり人買いに売る者も、老人を山に捨てに行く者も、領地から逃げ出す者もいない。それだけでも、大したものだ。……ここは、そういう世界なのだから。

そして、あまりにも急激な変化や、近隣他領との極端な差は、余計な 軋轢(あつれき) を生むだろう。無理やゴリ押しは禁物だ。

他にも、陶器やら何やらの案もあるけれど、手が足りない……。

やっぱり、技術者が欲しい。技術者が……。

地球で募集する? いや、それは最後の手段だ。医師のマッコイさんにも言った通り、もし地球から連れてきた人達がこちらの世界にいる時に、私の身に何かあれば? こちらの世界に取り残された人達はどうなる? その人自身もだけど、地球に戻れなくなって 自棄(やけ) になったり、野望に燃えたりして、地球の知識を悪用して世界征服を企んだりしたら?

……胸熱だ。

いや、そうじゃなくて!

とにかく、焦っちゃ駄目だ。

まだまだ時間はあるし、こんなド田舎の小さな町村で、そんなに急激な変化が起きたら、みんながついてこられない。急に金回りが良くなったりしたら、贅沢や酒、博打に溺れたり、 他所(よそ) からヤクザや詐欺師がやってきて、とか、色々あるし……。

みんなは、『姫巫女様の領地で悪さをしようとする者なんかいない』と言うけれど、それは、人間の悪意とか金や権力に対する執念とかを甘く見過ぎだ。それに、やってくるのはこの国の者達だけとは限らないしね。

他国から来た者は、私のことを『 神輿(みこし) に担がれただけの、ただの貴族の小娘』と思っている者も多いはず。今までは全く価値のない貧乏な田舎領だと思われて……、って、事実その通りだったけど……、おかしな連中がやってくるようなことはなかったらしいけれど、裕福になれば、金目当ての連中が、それなりにやってくるかも。

うちは、基本的に、小悪党は看過しない。……勿論、大悪党も。

ま、たかだか総人口700人弱の領地に、生産性のない犯罪者や寄生虫を養う余裕はないよ。賄賂やら何やらで、そいつらを見逃すような役人とかもね。

犯罪者達が、証拠を残さずうまくやっても、そんなの関係ない。

何しろ、領内においては私が、立法機関であり、行政機関であり、司法機関だ。

三権分立? 何、ソレ。美味しいの?

とにかく、王宮から口出しされるような、国の根幹に関わるようなことにでもならない限り、領内のことは私の自由なのだから、悪党を処分するのには、『私がそう決めた』という理由だけで充分であり、別に証拠も何も必要ない。

それが『善き領民達』の反発を買うことであればともかく、いや、それすらも含めて、私のやりたい放題なのである。少なくとも、悪党や犯罪者の処分に関しては。

ビバ、封建制度!

……って、あれからそろそろ1カ月だ。

時々レフィリア貿易に商品を納めに行くだけで、むこうがどういう状況になっているか、全然分からない。レフィリアも、商売としてはかなり名を売ってきたらしいけれど、貴族のパーティーに出るわけじゃないし、他の商人達とも、商売の話や世間話はしても、貴族のこととかはあまり話題に上らないらしい。

まぁ、いくら飛ぶ鳥を落とす勢いの新興商家の経営者とはいえ、15~16歳くらいの少女相手にデリケートな貴族の話題を振るのもどうかと思われるのは、仕方ないだろう。

魅力的な商品を独占販売しているとはいえ、商人としては新米も新米、自分の商店の手代並みの経験も無さそうな、子供や孫と同年代の少女に対して、危険な話題を振りたくはないだろう。それも、その少女自身がどっぷりと関わっていることとなると……。

そういうわけで、そろそろ状況確認をしなきゃ。こちらとしても、市場に食い込んで、色々と影響力を強めたいし……。

「また、忙しくなるの?」

「あ、うん……」

目敏(めざと) く私の表情から心中を察知したらしきコレットちゃん。

一応、コレットちゃんには、私が新大陸で色々とやっていることは簡単に説明してある。

サビーネちゃんには何も言っていない。サビーネちゃんに教えると、王様に伝わる可能性や、お友達としてではなく、『第三王女様』として何か言われると厄介だからね。

でも、主に安全上の理由とお風呂・お手洗いの事情から、基本的に新大陸では宿泊せずにこちらへ戻っているし、毎日連続して行っているわけでもない。だから、コレットちゃんもサビーネちゃんも、ずっと放置しているわけじゃないんだけどなぁ……。

「家臣候補なんだから、勉強も兼ねて、私も手伝いたい!」

そんなことを言い出したコレットちゃんだけど、コレットちゃんもサビーネちゃんも、向こうの言葉を話せないし、私にとっては人質としての価値が高すぎるから、ごく一時的な場合を除いて、新大陸には連れて行けないんだよねぇ……。

「コレットちゃんは、向こうの言葉を話せないからね。『ニホン』へは、時々連れていってあげるから、それで我慢して……」

『しゃべれるよ?』

「え?」

『うちに帰化した、船の乗員だった人達から教わった。まさか、私が言われたことしか勉強していないとか思ってたりしないよね?』

「げぇっ!」

実際には、発音や文法が少し怪しい、たどたどしい喋り方であるが、『言語自動習得機能』が、『コレットちゃんが喋る、少し怪しい新大陸語』というカテゴリーの言語を頭に焼き付けてしまったため、私にはコレットちゃんが新大陸の言葉で言っていることがスムーズに聞こえ、完全に理解できる。

……何じゃ、そりゃああぁ~~!!