作品タイトル不明
140 腐女子一代女
岸山則子。通称、『きっしー』。またの名を、『姫きし』。
二つ名の由来は、『姫騎士鎧』のコスプレを得意としていたからである。
コスプレがまだ一般的ではなかった、黎明期からのコスプレイヤーであるため、最近 流行(はやり) の姫騎士鎧ではなく、昔流行ったやつ、つまり、俗に言うところの『ビキニアーマー』世代であった。
後に、露出度の少ない衣装も手掛け、その全てを自作していた。
そして、コミケ会場で知り合った友人達に頼まれて作成したセーラームーンのコスプレ衣装でその裁縫の腕前を発揮し、他のコスプレイヤー達からも作成依頼を受けるようになる。
その時の経験から、『着用者の魅力に合わせたコスプレを作成して着せる』という楽しみに目覚め、年齢の問だ……、げふんげふん、自身でコスプレをする機会が減少するに伴い、若手の……、げふんげふん、他の、自作が苦手なコスプレイヤー達のためにオーダーメイドのコスチュームを作成することへと傾倒していった。
そしてコスプレイヤーとしての第一線を退いた時には、それまでに万端の準備を整えていた、自分の店を開店。
……別に、コスプレしかやっていなかったわけではない。ちゃんと、本来の仕事も、勉強もやっていたのである。そして、その本来の仕事というのが……。
『乙女洋裁店』
普段は、普通の洋裁店である。しかし、依頼がはいると、コスプレ衣装の製作を行う。
使う素材は予算によるが、たとえ依頼主にお金の余裕がなくて安い素材での依頼であっても、縫製に手を抜くことはあり得ない。それが、乙女の 嗜(たしな) み。
そして、生活するために意に染まぬ仕事もするが、時たまはいる『やり甲斐のある仕事』、『創作意欲を刺激される、 無料(タダ) でも受けたい、というような仕事』を楽しみに、日々を過ごすのであった。いつか、何かがやってくる日を夢見て……。
ある日、夢のような依頼が舞い込んで、予算を気にせず自分の全てを捧げた作品が創り出せる日。
……そう、こんな小さな町の個人経営の洋裁店になど決して訪れることのない、決して叶わぬ夢。
その日までは……。
「店長さん、ドレス作って下さい! 予算は気にせず、外国の貴族のパーティーに着て出られるようなやつ! 大至急!!」
「な、ななな、何ですとぉ!!」
幼児の頃から知っている近所の子、光波ちゃんが、とんでもないことを言ってきた。
貴族のパーティー? 素材、最高級のシルクにするぞ?
え、なに、それでいい?
マジですかあっ! 手付金として、これだけ先払い? デザインとかは全部任せた?
よっしゃあ、任せろっっ!!
……そして徹夜続きで完成した、会心の一作。
へへ、燃え尽きたぜ……、真っ白にな……。
久々の、心が燃える仕事だった。これで、あと3年は戦える……。
そう思っていたら、光波ちゃんから報告が。
ななな、何と! ドレスが外国の方々に好評で、美味しい仕事が取れただと!
おおお!
おおおおおおお!!
今日はもう店を閉めよう。
そして、半月分の食費をぶっ込んで、フレンチレストランで祝杯だ!
お店は勿論、フレンチレストラン『シュークル』。金井シェフに電話して、予約だあぁ! グルマン・ディナーコースに、ワインは、ヴーヴクリコの白!
* *
ああ、あの日は、燃えたなぁ……。
また、ああいう仕事が来ないかなぁ……。
「店長さん、外国の貴族の娘さんの、社交界デビューのドレスを作って貰いたいんですけど!
絶対に失敗は許されない、その子の未来を左右しかねないという重要な仕事なんだけど、受けて貰える? 3着で、予算は無制限。……とは言っても、さすがに300万以上とかは勘弁して下さい……」
マジかああああああああぁっっ!!
「な、ななな、何と言う光栄! 何と言う至福!!」
思わず光波ちゃんに抱きついてしまったが、役得……、いやいや、そんなの関係ねぇ!
永久に訪れることはないと思っていた、夢のような仕事! 貴族の少女の社交界デビューのドレスを、こ、この、この私がっっっっっ!!
もう、生涯二度と訪れることのない機会である。文字通り、この命を燃やし尽くして、日本人の力を見せてやる! この岸山則子の、命の 煌(きら) めきを見よッッ!!
え? 何々、寸劇をやる?
ネタは騎士王?
得意! それ、私の得意分野ああああぁっっ!! はぁはぁ……。
剣の用意? 任せろ!
その代わり、写真を、写真を頼む! できればムービーも! そしたら、値引きしたげるから!
あ、その前に、本人に会えれば……。本人に会うと、イメージが湧くんだよね。その子にピッタリのイメージのデザインが思い浮かぶんだよ。
それと、外国となれば、その国特有の傾向とか流行りとかがあるし、脚は見せないとか、露出は控え目とか、色々なしきたりというか、暗黙のルールがあったりする。そのあたりの情報と、なるべく多くの見本を確認したい。
だから、その国で現在流行しているデザインのドレスのサンプル写真を、なるべくたくさん見たい。光波ちゃん、お願いできるかな?
できる? よっしゃあ!
じゃ、なるべく早くね、頼んだよ!
「キタキタキタ~!!」
来たよ! 本当に来やがったよ、外国の貴族の少女が!!
……で、どうして目隠しなんかしてるんだ? さっさと取って……、
「超美少女キタコレ!」
身体計測を行い、光波ちゃんの通訳で美少女と会話。
おおお、生きてて良かった……。
漲(みなぎ) るパワー、 滾(たぎ) る血潮、萌える情熱!
行ける。私は、まだまだ行ける!!
そして、帰り際に光波ちゃんが渡してくれた、メモリーカード。
早速パソコンで開いてみると、店頭に飾ってあるドレス、ベッドの上に広げられた、誰かの持ち物らしきドレス、そして……、おおお、持ち主がわざわざ着てみせてくれたらしい写真の数々が!
可愛い! おおお、ポーズ取って微笑んで……、あああああああ、光波ちゃん、ありがとう! 一生、ついていきます!!
* *
渾身の自信作であるドレスを納入して、7日。既にパーティーは終わっているはずだ。
そろそろ。そろそろ来るはず……。
「店長さん、」
キタ~~!!
光波ちゃんが言葉を言い終わる前に、その手からメモリーカードを引ったくり、パソコンへ向かってダッシュ!
いかん、手が震えて、うまくセットできない……、よし、 挿(さ) し込めた!
ぶふ。
いかん、鼻血が……。
たらり
いかん、 涎(よだれ) が……。
ぽたぽた
いかん、涙が……。
おお、おおおおおおお!
受けている。私のドレスが。私のドレスを身に纏った少女が、異国の貴族達に絶賛されている!
言葉なんか分からなくても、この動画を見れば、そんなことは一発で分かる!
おおおおおおお……。
後ろで光波ちゃんが何か言っているけど、そんな雑音は気にしない。
今はただ、この幸せを噛みしめるのに精一杯だ……。
* *
光波ちゃんにメールを送った。
不在がちらしく、なかなか捕まらないから、メールが一番確実な連絡手段らしい。
『次の貴族の少女の仕事はまだか!』
そして、光波ちゃんが私のことを『腐女子店長』と呼んでいるらしいことに気付いたため、それに対するクレームを。
『私は、「やおい系(BL)」ではない、「百合系(GL)」である! なので、「腐女子」ではない! 呼び方を改めるように!』
……光波ちゃん、『お姉さま』と呼んでくれても構わないんだよ?