作品タイトル不明
138 ルディナ
12歳で、孤児院を出た。
収容できる人数には限りがあるのだから、仕方ない。私が出れば、代わりに、幼い子供がひとり、はいれるのだから。
多分私も、誰かがそうやって出ていってくれたから、4歳の時に孤児院にはいれたのだろう。だから、感謝はしても、恨みなんか欠片もない。12歳というのは、ひとりで生きていくには充分な年齢だ。少なくとも、裏通りでゴミ箱を漁っていた4歳児に較べれば、ずっと……。
勿論、孤児院を出る時には、院長先生があちこちの伝手を使って就職先を探して下さった。そして決まった、とある商店での住み込みの下働きの仕事。
餌(しょくじ) と薄い毛布が与えられるだけの、薄給での奴隷同然の扱い。
……悪くはなかった。少なくとも、ゴミ漁りの生活に較べれば。
15歳になれば、大人の庇護下にいる義務がなくなり、自由に暮らせる。就職先の選択肢も大きく広がり、孤児の足元を見たこんな店に居続ける必要はなくなる。
多分この店は、その後もずっと薄給で 扱(こ) き使えると思っているのだろうけど、私も、そこまで馬鹿じゃない。だから、仕事の合間に、色々と商売の勉強をしているのだ。
将来に備えて読み書きを教えてくれた院長先生には、感謝している。いつか、御恩返しをせねば。
15歳になるまでの、3年間の我慢。そしてそれは、勉強し、準備をするための時間。
……そう思っていたら、1年後に、お店が潰れた。
……あは。あはは。あはははははは! ……はぁ。
13歳では、まともな就職先はない。喰わせて貰えるだけの、無給の丁稚奉公の口でもあればいいほうで、それも、大半はコネのある子供が占めている。何の 伝手(つて) もない孤児が簡単に潜り込めるようなものじゃない。
そういう子供にできるのは、スリ、掻っ払い等の犯罪か、春ひさぎくらいのものである。
あと2年。
普通の仕事に就けるようになるまでの2年間を、何とか生き延びられれば。
できれば、犯罪行為や春ひさぎには手を染めずに……。
しかし、それが簡単にできるなら、あんな店で3年も我慢する必要はなかった。始めから、そっちにすれば良かったのだから。
この国では、人の命は安く、軽い。……特に、孤児の命は。
そして当然、その労働に対する報酬額も安かった。
僅か数日の食費で無くなる小銭をポケットに、夜逃げで無人となった店を後にして仕事を探してうろつき、片っ端から追い払われる日々も、今日で3日目。
孤児院が用意してくれた『庇護年齢者労働許可証』は、勝手に他の職場に移れないようにと店主に取り上げられたまま、返して貰えなかった。ただ単に返すのを忘れていたのか、夜逃げの準備でそれどころではなかったのか、それともそれを改竄して浮浪児でも無料で扱き使うつもりか、偽造書類屋にでも売るつもりなのか……。
いずれにしても、もう許可証は戻ってこないということだ。
孤児院に頼んで再発行をお願いするのも、申し訳ない。
役所で正規の手続きをするにも、許可証の類いを発行して貰うには、賄賂が必要だ。それも、「無くしたから再発行を」というような、許可証を二重取りしようとする者の常套手段のようなものには、特に。
先進国とやらにいい顔をするために、「15歳未満の者が働くには、ちゃんとした許可証と、大人の庇護下にあることが必要」とかいう法律ができたらしいが、それは、庇護者とやらが許可証を取り上げ、衣食住を与えるだけの、ただ同然での労働を意味した。
許可証無しでは、本人も雇用主も摘発の対象となり、逮捕されたくなければ高額の賄賂を払わなければならないため、なかなか雇っては貰えない。
たとえ雇って貰えるとしても、それは、「そういう仕事」が殆どだ。
先進国ならば、15歳未満の者は事情が明らかでないと労働させてはならない、というような法律が子供達を守るために機能するのかも知れない。
しかし、この国のような場所では、それは子供達をますます縛り、搾取の対象にするだけである。多分、この国の偉い人達は、それを承知でこの法律を作ったのだろう。先進国とやらの何とか団体が喜び、この国の金持ち達、つまり子供をただ同然で働かせる者達や、賄賂を受け取る役人達、みんなが賛成することによって。
……クソ喰らえ!
そしてポケットの中の小銭がパン4個分となった時、その貼り紙が眼に入った。
『店員募集 ギャラリーカフェ「Gold coin」』
よくある募集広告。
だが、他の募集広告とたったひとつだけ違うところがあった。
……その募集広告には、お約束として必ず書かれている、あの 文言(もんごん) が書かれていなかったのである。
そう、『15歳以上』との、年齢制限が。
どうせ、ただ単に書き忘れただけだ。
そう思いはしても、一縷の望みを託さずにはいられなかった。
* *
「あ、あの、ルディナちゃ……、さんは、何歳でしょうか?」
「はい、13歳です!」
「ど、どうしてこの店に応募を?」
「はい、募集要項に、年齢制限がなかったからです!」
面接官は、私より年下の女の子だった。
多分、親が金持ちで、お遊びでお店ごっこをやるつもりなのだろう。
でも、そんなの私には関係ない。今はただ、生きていくのに必要なお金が稼げれば。そのためなら、悪魔とでも契約する!
……でも、女の子は、私の言葉を聞いたまま固まっている。やっぱり、あれはただの書き漏れだったんだ……。
「……あの、だ、駄目ですか?」
固まったままの女の子に、更に言葉を続けると……。
「希望職種は、店長とウェイトレスの両方にマルが付けてありますが、料理の方は?」
あ、復活した。
「ひととおりは……。計算も得意です」
* *
「では、この陣容で、ギャラリーカフェ『Gold coin』の運営チームを編成します」
……夢か?
採用通知が来た時には、何かの間違いかと思った。
何しろ、15歳未満の者を雇うにはリスクが大き過ぎるのだ。
嘘を吐いて雇用されても、後で問題になるだけだ。だから、面接で正直に言った。孤児院出身であること、お店が潰れて『庇護年齢者労働許可証』を返して貰えなかったこと、再発行で孤児院に迷惑をかけたくないこと……。これで雇ってくれるところは、非合法の仕事をやっているところか、売春宿くらいだ。
他の応募者はみんな15歳以上で、何の問題もない。なのに、なぜその者達を蹴って、私を雇う?
ギャラリーカフェというのは、売春宿のハイカラな呼び方だったのか?
「募集要項に書いた通り、これで考えています」
「何か、意見や希望はありますか?」
そして、オーナーは「開店準備のために使え」と言って、大金を置いていった。受け取り証も書かせずに……。
馬鹿なのか?
……。
…………。
………………。
……どうやら、 本気(マジ) らしい。
テーブルの上に置かれた大金。
それをじっと見つめる、私とシルア、ついさっき私の部下となった、17歳の女性。
ふたりが固まったまま、たっぷり3分間は経っただろう。私は、ようやくのことで口を開いた。
「……信じて貰ったんですよねぇ……」
「信じて貰えたんでしょうねぇ……」
そう、言葉を返すシルア。
そして私は、シルアに、私の初めての同僚にして、初めての部下に、はっきりと告げた。
「あの、馬鹿でお人好しで世間知らずのオーナーを裏切る者を、私は決して許さない……」
すると、シルアが、にやりと凄絶な笑みを浮かべた。
「……私もです……」
そうか……。どん詰まりで、どうしようもない状態から救われたのは、別に私だけというわけじゃなかったか……。
そして、人畜無害の気弱な少女を装っているのも……。
「じゃ、ふたりで頑張ろう。客を増やして、利益を出して、……そして、オーナーを落胆させず、敵は跳ね返す。それでいい?」
「上等です!」
そして、ふたりの戦いが始まった。
* *
3日後、オーナーがやってきた。
「はい、これ」
そう言って、私の『庇護年齢者労働許可証』を手渡された。
そして、世間話の時に、オーナーもまた家族全員を亡くし、天涯孤独の身の上だと知った。
オーナーが帰った後、私はシルアを呼んだ。
「この前の話ですけどね。ちょっと変更したいんです」
「……どのように?」
「『オーナーを落胆させず、敵は跳ね返す』というのを、『オーナーを喜ばせ、敵は叩き潰す』に」
「……上等です!」