軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

71 今後について

カントリーハウスに戻り公爵を見送った後も、私の興奮状態は続いていた。

領内に貯水槽を設置して回ることを想像して、鼻息を荒くしていたかもしれない。

レイモンに自室に来てもらい、「領民たちの反応はどうだった?」と聞くと、「皆、たいそう喜んでおりました」と期待通りの言葉が返ってきた。

「材料はあれで足りましたでしょうか? 随分と大きな物に様変わりしておりましたが、マルティーヌ様はお疲れではございませんか? 相当なご負担だったのではないでしょうか?」

「あら! 材料ならあの半分でも十分だったくらいよ? 次からはもっと減らしてもらって構わないわ」

「さようでございましたか。それでは実際にマルティーヌ様が作業を始められるときには、少し量を調整させていただきます」

ん? 「始めるときは」って、どういう意味? 今日から始まっているんじゃないの?

「レイモン? 私は明日からでも領内を回れるわよ? 既に設置場所が決まっているところがあるでしょう?」

レイモンは、一拍間を空けてから口を開いた。

あー、これ――私の意図したことと違うことを言うときの彼の癖だ。

「モーリスの小麦畑に貯水槽を設置したのは、いわば宣伝のようなものでございます。『領主様の記念事業』というものが、どれほど素晴らしいものなのかを知らしめるための物でございます。領内に貯水槽を設置して回られるのは、早くても年が明けた春頃になるかと思います」

「どうして?」

何だか出鼻をくじかれた感じ。

「すべての設置場所が決まるのが、その頃の予定だからです。さすがに特定の農地から順に数個ずつ設置していくと不平不満が出てしまいますから。効率は悪くとも、まずは各地に平等に一基ずつ作っていっていただきたいのです。その後はマルティーヌ様の体力面などを考慮して決めさせていただくつもりです」

「そうなのね……」

良かれと思ってやっていることが 諍(いさか) いの元になったりするのは嫌だ。

ここはレイモンの助言に従おう。

「――ですが、川底の掘削は別です。 一度(ひとたび) 決壊すれば甚大な被害をもたらす暴れ川がございます。領民たちも過去の被害を忘れてはおりません。年内は――寒さが厳しくなる前までになろうかと思いますが、その川を筆頭に何箇所か護岸工事を行っていただきたいところがございます」

「わかったわ。それならば、まずはその暴れ川ね。フランクール公爵から派遣していただいた方に一緒に来ていただいて、どこをどんな風にすればよいのかご教示いただきたいわ」

「それではその件は、私の方で諸々調整をさせていただきます」

よろしく!

それからというもの、今か今かと川へ行く日を心待ちにしていたのに、一週間経ってもそれらしい気配がなかった。

それでもレイモンを急かすのは躊躇われて、サッシュバル夫人と学習する日々を過ごしている。

最近では、講義のない日に私が自室で一人でお茶をしたいと言うと、ローラが物凄く張り切って準備をしてくれる。

どうやらアルマも休講日のお菓子作りには気合を入れてくれているみたいなので、周りのみんなに少しばかり心配をかけているのかもしれない。

ため息はついていないと思うけど、気落ちした顔を見せていたのかなぁ。

領地に戻ってから、なんだかんだで早二月以上が経った。

いつの間にか日差しは和らぎ、風からは熱が失われた。

最近では、夜は薄物一枚だけだと肌寒く感じるようになった。

「あっという間だったなぁ……」

今日も三時のお茶は一人にしてもらった。

季節の移ろいに思いを馳せていたけど、目の前に食べ応えのあるシュークリームが置かれると、俄然、そちらに目がいってしまう。

ローラは本当によくわかっている。

誰の目にも触れずに頬張れるときは、私は自分の拳よりも大きなシュークリームに、あむっとかぶりつきたいのだ。

口の中へクリームを押し込むようにしながら食べ進める。これぞシュークリームの正しい食べ方。

あむあむと堪能しながら、口や手を一度も休ませることなく完食。大満足!

アルマの作るカスタードクリームは絶品で、その固さというか粘度というかが、「滑らかなんだけど、噛めそうなくらいの固さを主張してほしい」という私の我が儘な注文通りなんだよね。

「あぁHPの上限を超えて回復したわ」

ローラが、「エイチピ……?」と不思議そうな顔をしたけど、もういちいち「何ですか?」なんて聞いてこない。

「マルティーヌ様は、たまに訳のわからないことをつぶやかれるけれど、精神に異常をきたしている訳ではない」と、とっくの昔に結論付けてくれたのだ。

ローラが黙って空いたティーカップに熱々の紅茶を注いでくれた――そんな絶妙のタイミングでレイモンが部屋に来た。

「マルティーヌ様。報告に伺いました。どうぞ、そのままお茶を召し上がっていてください」

「聞いているだけでいいっていうことは、特段、問題などは発生していないということよね?」

レイモンが、「はい。もちろんでございます。何かあればすぐにご報告いたしますから」と、明るい表情で答える。

「貯水槽の設置の件ですが、調査と意見集約につきましては順調に進んでおります。モーリスのところの貯水槽を見た者たちは、設置箇所を早く決めることで一日でも早くマルティーヌ様に作っていただきたいと、内々に擦り合わせているようなのです」

「ものすごく期待されているのね……」

タンクをいくらたくさん作ったところで、長期間日照りが続けば焼け石に水だ。そもそも雨に代わるだけの水を蓄えられるはずもない。

「ご心配なく。『個々の要望には応えられない』と言ってありますから。マルティーヌ様はお忙しい中、わざわざお時間を調整されてまで、ご自身の魔法を駆使してあのような素晴らしい貯水槽を作っておられるのです。それだけで十分尊い行為なのですから、気負われる必要などございません」

そう言われてもねぇ。

「それはそうと……。サッシュバル夫人からは、『マルティーヌ様の空いたお時間はダンスの練習に充ててほしい』と伺っております。リエーフにはマルティーヌ様の足を引っ張ることのないよう一刻も早く熟練の域に達するよう申し伝えてあります」

……もぉ。ダンスの話は聞きたくない。練習相手のリエーフの話もね!

リエーフときたら、生まれついての才能があるようで、一度聞いただけで難なくステップをものしてしまうのだ。

私のダンスの学習時間に夫人がリエーフに手解きしたら、ものの数分で基本のステップをマスターしてしまった。

「まあ! これほど優秀な方は初めてですわ」

リエーフは元々姿勢がいいけれど、軸がぶれずに軽やかに動く姿は美しかった。

夫人の目も心なしかハートになっていたような……。

そうか。リエーフはもうすぐ熟練の域に達するのか。

私が遠い目をしていると、レイモンが、「こほん」と咳払いをした。

「それはさておきまして。本日は、収穫祭についてご相談がございます」

「収穫祭?」

収穫祭!?

うぉぅ! 何か楽しそうなんですけど!

あれかな? カカシみたいな大きな人形を燃やしたりするやつ?

トマトを投げ合ったり、牛に追いかけられたりするのも収穫祭だっけ?

ここでもそういうことをやっているんだ?