軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

70 貯水槽を作るぞ②

公爵が右手を前に突き出したので、私もすかさず両手を突き出す。

いい具合に、瓦礫の山のてっぺん辺りに指が付いた。

では、いざ!

まずは直径三メートルくらいのタンクの底を思い浮かべる。

瓦礫の山に目立った変化は見えないけれど、その隣に、硬い岩石を薄く伸ばしたようなグレイの物体が円形に広がっていく。

遠くから見ている観衆たちには、まだ変化がわからないみたいだ。

「このような魔法は初めて見た。非常識というか何というか……」

公爵は両手を突き出したまま平静を保っている。驚いている様子など微塵も感じさせない冷静な声だった。

うっかりすると、一瞬でボンッと完成してしまうため、それこそ底から一センチずつじわじわと上に伸ばしていくようなイメージでスピードを調整する。

底から十センチほど円柱が伸びてくると、ようやく人々の目にも変化が伝わったらしく、ざわめいている様子が伝わってきた。

――よし。落ち着け。早くならないように、このまま。このまま。

私は敢えてゆっくり作っているんだけど、公爵には苦戦しているように見えたらしい。

「このまま続けて大丈夫か? 途中で止めたからといって元に戻ることはないのだろう? 何度か休憩を挟んでも構わないのだぞ?」

いや、心配ご無用。

「大丈夫です。慎重にやっているだけなので。ちっとも疲れていません」

「そうか」

「はい」

そこからは私の集中力を乱さないようにとの配慮か、公爵は一言も発しなかった。

逆に観客たちは次第に興奮を募らせていき、大声で叫ぶ人まで出てきた。互いに抱き合ったり、手を取り合って泣いている人までいる。

大成功だね!

タンクの高さがとうとう私の身長を超えた。

さて。打ち合わせでは高さは五メートルもあれば十分だろうと結論付けたけど、それってどれくらい?

目安となるものがないのでわからないぞ?

そろそろ公爵の頭を超えるなぁと思っていたら、「ふむ。ここで少し止められるか?」と、聞かれた。

「はい。できますけど?」

「ならば私が先に離れるので、その後君も手を離して少し下がりなさい」

「はい……?」

公爵に言われた通りにすると、彼は目の前にあるタンクの縁の部分を超えて中に手を入れた。

……え? 何をするつもり? と、うっかり怪訝な表情を見せてしまった。

「心配するな。中に少し水を入れるだけだ」

「水?」

そう問い返す間にタンクの中に水が溜まっていく。

公爵は水魔法の使い手だったのか!

うわぁー。なんか、いかにもって感じ。文字通り周囲を氷漬けに出来るんだろうな。

「何を考えている?」

げっ。バレた?

「フランクール公爵の属性を――水魔法だとは伺っていなかったものですから」

誤魔化したな? と目で叱りながらも、公爵は三十センチほど水を溜めてくれた。直径三メートルの円柱の三十センチって、結構な体積だと思う。

「弁の開閉もテストしておくべきだろう」

「はい! ありがとうございます」

これは本当に助かる。完成後すぐに水の出具合を調整できる!

いつの間にか静まり返った観衆たちに、続きを披露しなければならない。

既に私たちの手元はタンクで隠されているので、公爵はもう手を伸ばすことなく黙って私の作業を見守った。

少しだけスピードを早めてタンクを伸長させていく。

もういいかな? と思ったところで、少し離れてタンクの縦横比を見ては更に伸ばしていくという作業を何度か繰り返した。

結構、大きなタンクが出来上がったと思う。

公爵も腕組みをしながら見上げている。どうですか? 感想は?

天井部分は、雨と一緒にゴミが入らないようにしておくため、もう一手間必要だ。

ポケットをあさっていたら、公爵に、「完成したのか?」と聞かれてしまった。

「ええと。九割ほどは。雨水を貯める容れ物なのですが、ゴミが入らないように天井部分を布で覆いたいと思いまして」

そう言ってポケットから麻布を取り出して、タンクに押し当てた。

「そんな薄いものでよいのか?」

「はい。こちらも少し分厚いものに変化させますので」

麻布を二重にしてタンクの先端を覆い、その上にタンクと同じ石素材を、アップルパイにみたいに粗い網目状にして被せた。

これで布が飛んでいくこともないし、嵐などで飛んできた木の枝やその他諸々がタンクに入るのを防ぐことができる。

「ほう――」

公爵が珍しく感心している。

「では最後に、水の蛇口を作ります。恐縮ですが、反対側に回っていただき、もう一度タンクに魔法をかけるふりをしていただけますか?」

「承知した」

二人して逆側に行き、公爵がタンクに触るのを見てから、私も真似をするように手を当てた。

水が出る蛇口部分は、ウォーターサーバーの注ぎ口をイメージしてレバーを取り付ける。開け閉めがしやすいからね。

ただ、壊れた場合に備えて、タンクに近いところに元栓も作っておく。

「面白いな。その元栓を開けて、レバーを回すと水が出るのだな」

おー。公爵に褒めてもらったよ。

ふふふ。ほんと、我ながら上出来。

後は、メンテナンス用に梯子を付けて上まで登れるようにしておく。

タンクの側面に、『異常を発見したらカントリーハウスまで』って書いておきたかったなぁ。

やっぱり、こういうときも各地にKOBANもどきを設置していると便利だよね。

「これで完成です」

そう伝えると、公爵はタンクから手を離し、またしても「ほう」と呟いてタンクを見上げた。

私は観衆にサービスするため、大きく手を振って完成をアピールすることにする。

すると観衆たちが一斉に駆け出しこっちに向かってきた。

えぇぇっ! ちょっ、ちょっ、ちょっと待って!!

パニックになりかけたとき、集団の先頭に向かって走るリエーフとギヨームの姿を見つけた。

私たちから少しだけ離れていた二人は、いち早く異変を察知して私と公爵の前に立ち塞がってくれたのだ。

ギヨームが大声で、「止まれ!!」と叫んだかと思うと、パパンと火花が散った。

大きな音で我に返ったのか、群衆の足がピタリと止まった。

「不敬であるぞ」

ギヨームは周囲に聞こえるように冷たく言い放った。

まぁ想定以上に興奮されて驚いちゃったけど、感激してくれたってことだもんね。

お祭り騒ぎを扇動したのは私だし、今日のところは素直に喜んでもらいたい。

「皆さん! 落ち着いてください。この後好きなだけ見ていただいて構いません。ですが、まずは使い方を説明しますので、私の周りに集まって静かに聞いてください」

ギヨームとリエーフがまだ睨みを利かせているせいで、集まった全員が、私を遠巻きにして神妙な顔をしている。

「えー。オホン。これは雨水を溜めておくものです。後見人のフランクール公爵のお力をお借りして無事に設置することができました。水不足の際の一助となれば嬉しく思います。では実際に水を出してみますので、どなたか使ってみたい方はいらっしゃいますか?」

私が尋ねると、間髪を容れずに「はいっ!」と返事をして、群衆から一歩前に出てきた少年がいた。

「ジェレミー?」

そうだよね。いないはずがないよね。

ま、モーリスの畑だし、いっか。

ジェレミーに声をかけようとしたら、父親のモーリスが進み出た。

「マルティーヌ様。私が代表してご教示賜ります」

うん。一番相応しい人物だ。

「じゃあまずは、この元栓を少しだけ左に回してみてちょうだい」

「はい」

キュキュッと音をさせてモーリスが元栓を開いた。

「このレバーを右に振ると水が出ます」

「はい」

モーリスがレバーを動かすと、水がチョロチョロと出てきた。

「うおぉぉーー」と歓声が上がる。

「なれないうちは、いきなり元栓を全開にしないでね」

「はい」

「じゃあ、もう少し元栓を開いてみて」

「はい」

モーリスは元栓を更に緩めて水量の変化を確認した。

「蛇口はこれくらいで大丈夫かしら? 元栓を更に開いて水量の最大量を見てくれない?」

「はい」

モーリスは思いっきり元栓を回した。

バシャーーッと地面に穴を穿つほどの水が出た。

「うぉー」

「すげぇ」

あちこちから拍手が起こった。

モーリスはもう十分だと思ったらしく、元栓を閉めてレバーを左に戻した。

「マルティーヌ様。ありがとうございます。これに水がいっぱい溜まりましたら、畑四面くらいは何とかなるでしょう。本当に助かります。ありがとうございます」

モーリスは感極まっている。そんなにペコペコと頭を下げなくてもいいのに。

「水圧がかかり過ぎるとレバーが壊れる可能性があるので、横着をして元栓を開けっぱなしにしないでね。それと、飲み水には絶対に使用しないこと。それだけは守ってちょうだい」

「はい。かしこまりました」

そこからは水汲み体験会となった。

大人も子供も皆バケツを持ってキャッキャキャッキャと騒ぎながら並んでいる。

何とも和やかな風景だ。

まぁタンクを当てにする日が来ないことが一番なんだけどね。

天気のいい日に、だだっ広いところでワイワイガヤガヤって、秋にぴったりな過ごし方だと思う。

こんな感じになるんだったら、軽食を振る舞う準備をしてくればよかったなぁ。