軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

71話

私はただ怒鳴り合う姿が怖かったのでちょっと静かにしてほしかっただけだ。注目されたかったわけでもないため、足元の音無し草はすぐに枯らした。

原因の植物が無くなったのだからもう無音の空間ではないはずなのに、なぜかその場には微妙な空気が漂い、誰もが私の行動に注目したまま動かない。

(そんなに見られると怖くて動きにくいんですけど……! ノエル、助けて……!)

私がノエルの方を見やると、察した彼はさっと駆け寄ってきて私の前に立ってくれた。本当に助かる、と思いながらその肩に手を添える。ノエルが前に立ってくれるだけでとても心強い盾を得た気持ちだ。

「魔女さまは争いがお嫌いなだけです」

(そうそう、大声で怒鳴るなんて怖いからね……みんな平和にやろうよ。さすがノエル、よく分かってる)

「チッ獣人風情……いや何でもないです」

舌打ちをしたガラの悪い冒険者を怯えながら見ると、目が合った彼はふいっと目をそらして黙った。しかし獣人の差別がここまで根深いとは思っていなかったので、どうしたものか。

獣人の女性とそれ以外の冒険者でキャンプ地を分けるべきなのだろうか。もう一か所作るとしたらどこに作ればいいのだろう。

冒険者たちの後ろで腕を組んで険しい顔をしているダオンを見た。彼は私の視線に気づくと頷き、彼らに近づいていく。

「揉め事はやめていただきましょうか。我々が戦うべきは魔物の脅威であって、人同士ではありませんのでな」

「……そりゃ、そうだ。だが、獣人と上手くやっていけるかは微妙なところだな。しかも女だろ、別の場所に移動してほしいってもんだ」

「……たしかに、男女で場所を分けるべきというのは一理ある。魔女殿、ご相談してもよろしいですか?」

(あ、それはそうだよね。問題はどこに作るか……あんまり近いと揉めそうだしなぁ)

そう思いながらノエルの肩を掴んだまま、怖い冒険者の集団から距離を取りつつ広場から離れ、森の小道へと戻ってダオンに近寄った。

いったん話は済んだと判断したのか、冒険者たちはおのおの広場にテントを張ったり、持ち込んだ荷物を広げたりと野宿の準備を始めている。かなり手慣れた様子なので私が宿まで作る必要はないのかもしれない。……それでもあとで小屋か、最低でも雨除けの屋根くらいは建てておこう。良い魔女アピールはかかせない。そうすれば私を脅かさないよう、静かにしていてくれるかもしれないし。

猫獣人の女性は他の冒険者に交じることができず、居心地が悪いのか落ち着かない様子で前髪をいじりながら私たちの近くに待機している。

「女性の冒険者は多くありません。今後も彼女以外に魔境対応に志願してくださる者がいるかどうかはわかりませんな」

(じゃあここよりは狭いスペースでいいんだ。……村に近い方でいいかな?)

私が村の方角を指さすと、ダオンは困ったような顔をした。そうして獣人女性とノエルにそれぞれ目を向けた後、ゆるりと首を横に振る。

「たしかに、女性一人が村に増えるだけなら問題ないでしょう。けれど獣人を住まわせることは……ノエルに悪いかと。彼のおかげで、村では獣人を忌避する空気がなくなっています。それでも村外に住んでもらっているのですから」

私は村に近い場所に女性用キャンプ地を作りたいという意味だったのだが、ダオンはどうやら彼女だけなら村の中に住んでもいいのではないか、という意味で受け取ったようだ。

ノエルがなじんでいるのでビット村に限れば獣人差別はほとんどないと言える。でもその功績者であるノエルを差し置いて、別の獣人を住まわせるのはどうなのか、という問題らしい。

「俺は気にしませんよ。……魔女さまと暮らせて、十分幸せなので」

「……まったく、本当にいい子だな」

「っ……お、俺はもうすぐ大人になるので、そんな風にほめなくていいですよ」

ダオンは大きな手でノエルの頭を撫でた。口では嫌がるようなことを言っているが、尻尾が揺れているのでノエルも喜んでいるのだろう。年頃の子供が背伸びをして気恥ずかしがる、という時期なのだと思う。

「魔女さまに改めて場所を作っていただくのは労力をかけすぎますからね、村内で事足りるならそれでもいいでしょう。……しかし今は空き家がないので、どうしたものか」

最近のビット村は栄えていると言っていい。商人が多く出入りして、物や動物が増えた。空き家は取り壊されて農地になったり、改造されて畜産動物の小屋になったりして、今は空いている建物がない状態だ。

それでもまあ、土地はあるので空いている場所にニコラウスに作ったような家を作ってあげればいいんじゃないかと思ったら、女性がそっと手を挙げて会話に入ってきた。

「……あの、さ。アナタの家は? 一人なんでしょ?」

「は……私の家、ですか? ……見知らぬ男の家に泊まろうとするのは感心しませんな」

それは植物にも分かるほど正論だったのに、猫の女性はショックを受けたような顔をして、そして目に涙をためた。どうして泣くんだろう、と思っていたら毛を逆立てながら瞳孔を細くして、ダオンを全力でにらみつける。

「ひどい! あたしと結婚するって言ったのに!!」

(えぇえ……!?)

猫の女性は衝撃の一言を叫んで、泣きながら水車小屋の方角へ走り去ってしまった。驚きながらダオンを見ると、彼もまた困惑している様子だ。

村長として過ごしている姿を見ていれば、非常にしっかりとした人であることが分かるし、ダオンが女遊びをして不誠実なことをする人間には見えない。かといってあの女性が嘘をついているのかといえば、そういう風にも見えなかった。……何か不幸なすれ違いでもあったのだろうか。

「まさか……あの時の……?」

「ダオンさん、結婚の約束をしてたんですか?」

「いや、あれは……子供をあきらめさせるための方便で……」

困った顔のままダオンが事情を説明してくれた。騎士を引退する直前、五年ほど前の最後の仕事で獣人の村を魔物から救ったことがあるらしい。

その時、村にいた猫の少女が「大人になったら結婚して!」と泣いて縋ってきたので、それをなだめたことがあるという。

「私は人族で人種が違う上に、もう三十五歳でしたからね。九歳の少女の夢見がちな告白を受け入れられるはずもありません」

(ん? 五年前って言ったよね……? ……さっきの女の人、十四歳……ってコト……!?)

彼女はすらりと背が高く、均整の取れた筋肉質な体つきをしており、ヒールを履いた私よりも大きいくらいの身長でどこからどう見ても大人の女性だった。獣人は寿命が短く成長も早いというが、これほどとは驚きだ。

「十四歳は獣人なら成人です。九歳ぐらいなら成長期に入ってるだろうし、すぐ大きくなるので……俺もあと五年あればダオンさんより大きくなるかも」

「……知識はあっても感覚が追い付かないな。人族の十四歳はまだ子供だ」

獣人族と人族では成長や年齢の感覚が違うのだろう。ダオンは子供を納得させる方便のつもりで、どうしても結婚すると言ってきかない少女に「大人になってもどうしても諦められなければ、その時はちゃんと考える」と答えてしまったらしいのだ。大人になるまでの年月が経てば冷静になり、ちゃんとふさわしい相手を探すだろうと思ってのこと。

しかしそれを信じて、そして「考える」という言葉を「結婚する」という意味に変換して思い込んだまま、猫の彼女は大人になって追いかけてきた――というわけである。けれどダオンは彼女にまったく気付かなかったので、とても傷付いたというところか。

「こういうことがあるから異種族恋愛はやめた方がいいって言われるんですよね。……俺、あの人と話してきます。たぶんダオンさんが行くと冷静に話せないだろうし」

「……すまない。落ち着いたら私からもしっかり話そう」

「はい。任せてください」

(まあ、そりゃ傷つくよね……そういえばあの人、家の方に走っていったっけ……私も様子を見に行こうっと)

傷ついていた彼女の様子は確かに心配だし、善良な魔女として追いかけるべきだろう。……一度敵意を持って睨まれたのが怖いから本当はあまり近づきたくはないのだが。善良な魔女は傷付いた女性を放置などしないのだ。

しかし不安はある。先ほどもダオンと話をしていたから(声を出せないので正確に話してはいないのだが)嫉妬で睨まれたのだろうし「この泥棒猫!」と飛び掛かられたりしないだろうか。……いや、猫は相手の方で私は根っこだけれど。

これまでの言動を振り返ると結構感情的な人だったのでやっぱり怖い。先にノエルに話しかけてもらおうと怯えながらそのあとをついていくと、彼は私を振り返って「やはり」と言いたげな顔で笑う。

「やっぱり、魔女さまも心配ですよね。……あの人、落ち込んでるだろうから」

(あ、うん……純粋に心配してるだけじゃなくてごめんなさい……)

私はちょっと反省した。人を思いやる気持ちが足りなかったかもしれない。