作品タイトル不明
72話
私とノエルは獣人女性を探して家までの道を歩いた。すると、我が家の畑の前で彼女がしゃがみこんでいる姿が見える。
後ろ姿からも分かりやすく、尻尾がへにゃりと垂れて地面についているので、かなり落ち込んでいるらしい。……これだけ気分が落ちていたら、いきなり飛びかかってくるということはないかもしれない。
「あの、大丈夫ですか?」
ノエルが声をかけると女性は目元をぬぐってから立ち上がり、振り返った。泣いていたのは間違いないけれど、気遣わせないためかにこりと笑っている。
「……ああ、さっきの……うん。大丈夫だよ、もしかして心配してくれた?」
「はい。……魔女さまも心配していました」
「そっか……あの、ごめんなさい。あたし、取り乱しちゃって……花の魔女さまにも、失礼して……」
(いや、威嚇されなきゃ全然大丈夫だから気にしないで)
彼女は申し訳なさそうに緑青色の瞳を伏し目がちに隠して、髪と同じ灰色の耳をしゅんと垂れさせている。さすがにここまでしおらしい人を前に恐怖は感じないし、先ほどまでは何らかの理由で興奮していただけで、普段はいい子なのかもしれない。
「あたし、ミリヤっていいます。信用できないかもしれないけど、ちゃんと魔物討伐の仕事はするから安心して」
魔物討伐の仕事はちゃんとする。それを聞いて私はちょっと震えたが、彼女が討伐するのは私ではなく魔境の魔物たちだ。……大丈夫、怖くない。いややっぱりちょっと怖い。魔物だとバレたら、私も彼女の討伐対象なのである。
「俺はノエル、こちらは花の魔女さまです。魔女さまは魔法の代償でお話ができないので、俺が代わりにしゃべりますね」
「すごい魔法を使うもんね。魔族ってやっぱりすごい。……あの人が、あたしのこと忘れて夢中になるのも分かるよ」
「あの、ミリヤさん。……ダオンさんは、貴女のこと忘れたわけじゃないですよ。人族は俺たちみたいに鼻がよくないから、においで人の判別はできないし……俺たちみたいな成長もしないから、わからなかっただけです」
「……ほんと?」
ダオンははっきりと彼女のことを話していたので覚えていなかったわけではない。ただ、記憶の中の姿と今の姿が大きく違っているから、同一人物だと気づけなかっただけなのだ。
それをノエルが説明すると、彼女の目が希望を帯びてきらりと光り、少し力を取り戻したように見えた。
「あ、でも……魔女さまってダオンと、いい関係だったりしない?」
(しないしない。私が人間と恋人になれるはずがないからね)
何せ私はマンドラゴラなのだ。触れるだけで相手を吸いつくし、下手をすれば先ほどの木のように灰にしかねない。……改めて考えるとだいぶ怪物じみている。今後一層気を引き締めて、決して人間を殺さないように気を付けなければ。
(体は怪物かもしれないけど、心まで怪物にならないようにしないと)
根が善良であれば、厄災扱いの魔物だって世界や人間を脅かすことなく、平和に穏やかに共存することができるはず。私は今、それを体現しているところなのだ。
「ミリヤさんは、やっぱりダオンさんと結婚したいんですか? ……その、人種が違っても」
「うん。恋に種族なんて関係ないよ。たとえあの人が魔族でも……もっと違う、人に化けた怪物だったりしても、あたしを助けてくれた恩人なのは事実だから。……そこから生まれた気持ちに変わりはないし」
どうやらミリヤには人種の壁など関係ないらしい。特に「人に化けた怪物」でもいいという点において、私はとても好印象を抱いた。
実際に魔物の私からすれば彼女のようなことを言ってくれる人がいる、というのは非常に嬉しいことなのだ。……善行を積み、人から好かれていれば、魔物であっても受け入れてもらえるかもしれないという、はっきりとした希望に見えるから。
「種族は関係ない、か……」
彼女の話を聞いたノエルは、そう呟きながら何故か私をちらりと見た。
(……え、もしかして、私が人じゃないのバレてる……!?)
それ以外に私を見る理由が思い当たらず、悲鳴を上げるしかない。しかし彼は私の種族に言及することはなく、すぐにミリヤに向き直った。
「この村にはもっと種族の壁を越えている人がいるので、人種の違いくらいは……そんなに大したことでも、ないのかも」
(種族の壁を越えた人……? …………ああ、リッターさんか……)
人間でありながら植物に恋をするとんでもない 変態(かわりもの) が脳裏に浮かび、そしてノエルが私を見ていたのも眷属である紫株を思い出したからだろうと納得した。
たしかにアレに比べれば、獣人と人族なんて大した差はない。人間同士なのだし――本人たちが納得すれば、悪いことではないのかもしれない。
「え、そんな人がいるの? ……あたしの恋の参考になるかな」
「いや、参考には……どうだろう……」
(うーん……参考にはならないけど……勇気はもらえる……かも……?)
植物との恋の仕方なんてリッター以外の誰も求めていないだろう。だが、人知を超えた恋愛をしている彼を見れば、自分の恋くらい普通のもので頑張れそうだという勇気は育つかもしれない。……たぶん。
「あたし、これから頑張る。……あ、もちろんちゃんと仕事もね。飛び出してきたこと謝って、住む場所についても話さなきゃ」
「それは、そうですね。戻りましょうか」
「うん。……あとで、その種族を超えた恋愛をしてる人、紹介してね」
純粋な笑顔を浮かべるミリヤにアレを本当に見せていいものだろうか。……まあ、いいか。村にいればどうせ目に入るし、知らずに過ごすことはおそらく不可能なのだから。