軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56話

翌日の早朝、寝起きのノエルに留守番を任せ、私は魔境がある山の方へと向かった。

私の家はこの山と村の間に位置するので、魔境の魔物たちが溢れてきた場合、真っ先に襲われるのは我が家である。

(私の大事な家だからね……絶対守らないとね)

これまでは村をぐるりと囲う茨の植物を生やしていただけだったが、それだけでは足りないだろう。壁を築く必要がある。植物の壁だ。

問題はどこにその境界線を作るかである。私が増やした植物があるところくらいは守りたいな、と思いながら川沿いを歩いて茨の外に出たら、そこには先客がいた。

「ああ……魔女殿、おはようございます。奇遇ですね」

川辺で何らかの紙を広げながら佇んでいた人物は、振り返って私を見ると金色の隻眼を柔らかく細めて笑った。今日も笑顔のレオハルトである。

周囲に他の人影はなく、もちろん魔力で存在が分かるニコラウスもいない。それでもどこかに騎士の仲間がいるのではないかとあたりを見回す。

「他の者はいません。魔女殿の茨と浄花のおかげでこの辺りにはほとんど魔物がいませんから、下見くらいは一人で充分だと判断しましたので」

どうやら今は一人らしい。村人は私の家がある水車小屋までは来ても、そこを通り過ぎて魔境側へ近づくことはない。鎖薔薇という植物で私の家と村を囲い、魔境から出てくる魔物から守っているとはいえ、危ないものに近寄らないに越したことはないからだ。

茨の出入り口は魔境側である南と、その反対にある北にある。北に進めば他の町や王都に着くらしく、イライなどはそちらに続く道からやってくるのだ。

魔境側へと出ていくのは調査に向かう騎士団員くらいのもので、彼らのために南口は開けているようなもの。魔物が来ればそこも閉じて茨でからめとるように指示をしていて、捕まった魔物は私が食料にしている。

「魔女殿は見回りでしょうか。お疲れ様です」

(レオハルトさんこそこんな朝早くから仕事なんだね。聖騎士って大変だなぁ……)

人がいるなら派手なことは控えておくべきだろう。見回りという言葉に頷いておいた。すぐに帰っては怪しまれそうなので、ひとまずレオハルトに近づく。

「……魔女殿、二人きりなので大丈夫です」

ひそひそと小声で話しかけられ、しばし間を置いてそれが「声を聞かれる心配はないから話してもいい」という意味であることに気づく。

呪い無効体質であるレオハルトは私の声に影響されることがない。それでも私には「拡散声」というスキルがあり、声が拡散されやすい性質のため、周囲に人がいないことを確認していても小声で話す必要がある。

「……下見、というのは……」

「……ええ、魔女殿が茨を作ってくださっていますし、この辺りに防衛拠点を追加しようかと計画しておりまして。怪我人が出た場合の治療所や、備品の管理倉庫、見張り台と……」

レオハルトが持っていた紙はどうやら設計図だったらしい。ここに拠点を築く計画が進んでいて、そのための下見だったらしい。

私は彼の設計図を見せてもらいながら、イライが材料集めの話をしていたことを思い出した。……これのために危ない人間が出入りするかもしれない、という話だ。

(うーん……だいたい私が作れそうだね。イライさんの言ってた通り、私がいれば建造物の資材はいらないかも。……でも、ちょっと近いなぁ)

どうやらこの拠点は私の張っている茨のすぐそばに作る予定らしい。しかしそれでは、私の守りたい範囲のずっと内側なのだ。

(私が多様化で作った植物がある範囲って実は結構広いんだよね。そこまで人間に守ってもらおうっていうのはさすがに……)

私が撒いた植物は、成長に関する命令をしていなければ普通に繁殖するし、育っていく。その気配を探れば範囲もおおよそ分かるのだけど、どうやら魔境の境目あたりには浄花が繁殖しているようだ。

それはつまり、レオハルトが倒れていたあの場所である。元々そのあたりまでは川沿いに生やしたけれど、その後は魔境から流れてくる毒物と魔力を吸収して育っているようで、浄花による境界線が引かれている状況なのである。

(まあ離れていた方が都合いいよね。いざという時は自分で守りに行けばいいし、人間に見られないくらいの距離の方が都合良いから)

さすがに人間に守ってもらうには範囲が広すぎる。だからひとまずここに人間用の拠点を築き、境界についてはまた別で考えることにした。

レオハルトの手元の紙を改めて覗き込む。近づきすぎて驚かせたのか、小さく息を飲むような音が聞こえた気がした。顔を上げるとばっちりと目が合う。

「あの、レオハルトさん」

「……はい」

「私が、好きにしても……?」

「っ……どうぞ」

周囲に人影は見当たらないが、やはり小声で問いかける。レオハルトもそれに合わせて堪えるように小さな声で応えてくれた。

レオハルトは隊長らしいので、ビット村での対応の決定権があるはずだ。そんな彼に好きにしていいとお墨付きをもらったのだから、私が好き勝手に拠点を作っていいのだろう。

(設計図に合った建物の同じ機能があればいいんだよね。よし、頑張ろう)

壁はともかく建物はそこまで頑丈にする必要はなさそうだ。暮らすための家ではなく、一時的に使う建物だからだろう。ならばニコラウスの宿ほど凝る必要もない。

要は拠点として使えるよう、防御の壁といくつかの箱があれば十分なのだ。自分が取り込んできた植物を様々組み合わせ、人のための拠点を作り上げる。

同時に壁の内側に柵はいらないので、こちらは枯らして撤去した。これは壁の外側に再配置すればいい。

(砂場でお城でも作るみたいな気分だね。ちょっとわくわくするなぁ……)

せっかくなので、村を覆っていた茨も範囲を広げて背を高くして、壁を築いた。茨の棘はすべて外側に向け、内側は別の植物の葉も組み合わせ庭園の生垣のようにして、万が一人がぶつかっても怪我しないように配慮している。

そして茨の間に種をマシンガンのように飛ばしてくる花や、食虫植物のように魔物を食べようとする草、ココナッツのように堅い実が成った頭を振りまわして撲殺しようとしてくる木など、襲ってくるものを攻撃するような植物を生やしていく。

これらには私も魔境で驚かされたので、他の魔物にも有効に違いない。攻撃は最大の防御である。もちろん人間には攻撃しないよう命じてあるため、人間にとっては安全だ。中々の要塞に仕上がったのではないだろうか。

しかしさすがに魔力の使いすぎか少しくらりときた。……空腹を感じるので、浄花の水に浸かるか魔物狩りに行きたいところだ。

「魔女殿、これは……」

「足りないものがあったら、いつでも言って」

「……いえ、充分でしょう。ここまでしていただくつもりは、なかったのですが……魔女殿がここまで国に尽くす必要も、ないのでは」

レオハルトがなんだか微妙な表情をしている。……もしかして調子に乗ってやりすぎただろうか。人ならざる化け物とかに見えていたらどうしよう。

(て、点数稼ぎをしなきゃ……!)

もし化け物だとバレたとしても、友好的で善良で仲良くできることがわかっていれば討伐されないかもしれない。人間たちの好感度を上げておくのは重要だ。

「……ほしいもの、ある?」

「私の欲しいもの、ですか……? 私の欲しいものは……」

人と話さなさすぎて、あまりにも直接的に賄賂の内容を尋ねてしまった。これでは口止め料に他ならない。レオハルトも非常に戸惑った顔をして、黙り込んでしまった。