軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

52話 レオハルト

魔境から起こるであろう魔物災害についての会議を休止し、続きは翌日へと持ち越しとなった。

ニコラウスも休むために花の魔女が作った宿へ行き、雨が上がったためか魔女に任された緑株も感謝の敬礼をして出て行った。部外者がいなくなり(正式には魔物が一体紛れてはいるが)、騎士団員たちは夜の支度を始めている。

レオハルトも眠る前の習慣である剣の手入れや装備の確認をしていたところへ、リッターが話しかけてきた。

「今日のお前は珍しく余裕がなかったな、レオハルト」

「……ええ、未熟を恥じ入るばかりです」

「未熟っていうか……お前は魔女殿のことになると余裕がないんだな。まあ、気持ちは分かるぜ。好きな女のことだと視野が狭くなるもんだ」

返答に迷ったレオハルトは無言を選び明言を避けた。好いた相手がいて視野が狭くなるというのは同意するが、さすがに人前で奇妙な膝枕を披露するリッターほどの奇行に走った覚えはない。せめて人目のないところでやってほしい。

「でもお前にも人間らしい一面があるんだなってちょっと安心した。お前はいつも完璧すぎたし、気を張ってる。魔女殿と関わるようになって少し素が出るようになったみたいだ」

ついリッターの顔を見た。彼は紫株の葉に植物が元気になるという薬を丁寧に塗っているところで、こちらを見てはいない。

レオハルトも再び手元の剣に視線を落とし、刀身に魔物の体液が残っていないか確認する。

(……たまに鋭いな。誰にも気づかれていないと思っていたんだが)

常に正道の騎士を演じてきた。仕事でも、私生活でも。誰の前でも、一人でいる時ですらそれを崩さなかったから、これを演技だと見抜く人間がいるとは思わなかったのだが、リッターは案外鋭いところがある。異性関連では目も当てられなくともそれ以外ではやはり優秀な観察眼を持つ騎士なのだ。

「お前はいつも先陣切って、よく他人を庇うしそれで怪我をすることもある。仲間としては心配にもなるしな。……好きな女のところに帰りたいなら、もうちょっと自分を大事にな」

「……そうですね」

正論ではある。しかし恋愛経験皆無で、ついには女体型のマンドラゴラと恋愛を始めてしまった特殊な方向性の相手に正論を語られても、素直に受け入れがたいのは何故なのだろう。

夜の日課も終えて、騎士団員もそれぞれ就寝に入る。騎士団が宿として借りているこの建物は元々倉庫であり、ただ広い一室しかなかった。そこに布のカーテンで仕切りを作り、十人全員分の寝具を用意したのが花の魔女である。

宙づりの寝具は寝心地も悪くない。よく眠れるし、硬い地面や床で眠るよりもずっと体の負荷も少ないため、非常にありがたかった。

「まずは私が寝ずの番を。疲れたでしょう、皆は先に休んでください」

「ありがとうございます、隊長。それではお言葉に甘えて……おやすみなさい」

就寝時も一人は見張り番を立てておくものだ。前半と後半に分かれて見張りは交代するため、その前半をレオハルトは自ら引き受けた。

ランプ草で照らされたテーブルに座り、今日の打ち合わせの内容をまとめた資料を作っておく。僻地では補給に難を抱えるものだが、今回ばかりは花の魔女のおかげでそちらの心配はなさそうだった。

明かり用にろうそくや油、ましてや火の魔動具を使う必要もない。物資の節約ができ、村人たちに協力をお願いするような迷惑もかけずにすんでいる。……非常にありがたい。いつかここが戦場となっても頼もしい存在だろう。

(しかしあの人には……戦いから離れ、穏やかに暮らしてほしい。そう願うのは私の我儘、だろうか)

五百年前に死地で戦い、生き残った魔女。同族をすべて失い、声を聞かせるだけで人に嫌われるような呪いを持っていることもあって、魔境の片隅でマンドラゴラを拠り所に生きるしかなかったような人だ。もう穏やかに、平和な日常を送ってもいいだろうに、世界と彼女の優しさがそれを許さないらしい。

ならばせめて自分が先陣を切ろうと思った。レオハルトができる限り早く魔物を片付けて、起きる災害を乗り切ればいい。そうして魔女が穏やかに暮らせる日常を取り戻したい。……リッターには自分を大事にしろと言われたが魔女のためになら死んでも構わないと思っている。

(……そもそも誰にも愛されたことなどない人間が、自分を大事になどできるものか)

レオハルトの目の呪いは、成長するにつれて強まった。しかし「嫌われる」程度であったころは家族と暮らしていたのだ。伸びた前髪の隙間から、気味悪そうに自分を見る家族の顔を見て育った。

兄弟が褒められる姿を見て、同じことをしてみても罵られるだけだったし、食事まで抜かれる始末。何をしても環境が悪くなることはあっても改善することはなかった。

結局どのような行動をしても「呪いの目」がある限り、レオハルトが愛されることは決してない。

家族と縁を切り、呪いの目を隠して他人と関係を築くようになり、人から好かれる理想の騎士を演じて誰にも本心を見せられないのは、目が合えばこれまでの全てを否定されるからだ。

積み上げてきた信頼も、好意も、目が合うだけですべてが無に帰す。……本心で接していたらその瞬間に否定されるのは自分自身。しかし演技であれば、否定されるのは上っ面の自分である。どちらの方が傷つかないか、考えるまでもない。

愛されたくて正道の騎士を演じてきた。同時に、本心を見せないことは自己防衛でもあったのだ。

(何もしていなくても、何をしても、自分の価値が何一つ役に立たず、自分の行いに関係なく殺意を抱かれ否定される恐怖など……魔女殿以外には、理解できないだろう)

だからこそレオハルトは、遮る物のない視界で唯一見つめることのできる相手が特別だ。魔女だけは呪いに関係なく、レオハルトという人間を見て判断してくれる。彼女から向けられる感情だけがレオハルトという人間への正しい評価となるのである。絶対にそれは呪いで覆ることなく、変わるとすればレオハルト自身の行いがすべてだろう。

(だからこそ逆に、本心を見せるのが怖いというのもあるが……なんだ、結局私は臆病者なのだな)

人に愛されてみたいが、否定されるのは恐ろしい。だから自分を見せられない、ただの弱くて臆病な人間。……これが正道騎士とは笑わせる。

(まあ、しかし……魔女殿は、このように情けない本音を聞かせたとしてもあざ笑うことはないのだろうな……)

誰かに本心を見せることは慣れていない。けれど魔女にならいつか、それができるような気がしている。だからこそ親しくなりたいと思ってはいるが、愛されたことも本心から愛したこともないような人間が、他人との正しい関係の築き方など知っているはずはなかった。

どう関わるのが正しいのだろう。個人的に親しくなる方法など知らない。……それが恋愛感情ならなおさらのこと。

(……そういう点においてはリッターの方がよほど経験豊富か。……しかし恋の相手がマンドラゴラというのはな……)

さすがにマンドラゴラとの関係の築き方は何の参考にもならないだろうな、と思った。