軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29話

「魔女さまに失礼なことを……!」

私を不届き者呼ばわりした不審者に対し、ノエルは毛を逆立てて怒った。それは予想通りの反応であったが、そんな彼を面倒臭そうに男が見下ろしている。

「僕が話したいのはあっちなんだよね、黙ってて。……【命じる。子犬は静かな眠りにつけ】」

「っ……?」

男がそう命じると、ノエルの体がふらりと横に倒れていく。私は慌てて壁に這う蔦を伸ばし、ノエルが転倒しないように支えた。……今のがもしかして、本物の魔法だろうか。初めて見た。

「詠唱無し、か。……それとも魔法以外の力?」

(ひぃっ……! なんでわかるの!?)

彼はそのままずかずかと家の中に入ってきて、私の前に立った。細身だが背が高く、私を見下ろす姿には威圧感を覚える。そんな男から近距離で睨むように見つめられては悲鳴が止まるところを知らない。

とりあえず植物を操ってその場にハンモックを作り、ノエルをそのまま寝かせた。

「余裕そうだね。本物の魔法使いが訪ねてきても動揺しないんだ」

(本物……? ……ってことは、まさかこの人が……)

「僕は宮廷魔導士ニコラウス。……魔族の唯一の生き残り、最後の魔法使い。で、お前は一体何だ?」

正真正銘、本物の魔族が訪ねてきてしまったらしい。私は内心悲鳴を上げ続けているので、口角も上がりっぱなしである。笑えない心境の時ほど笑ってしまうこの体にも困ったものだ。

(ど、どうしよう……でも喋れないし、どう誤魔化そう……っ)

一歩後ずさったところで先ほどまで自分が座っていた椅子にぶつかり、そのままストンと座ってしまった。するとニコラウスの方も、テーブルを挟んだ向かい側の椅子へと腰を下ろす。普段はノエルが座っている椅子だ。

「獣人の子を眠らせたこと、怒ってるわけ? 別に傷付けてないでしょ」

(あれ……? 怒ってるように見えてるのか。口は笑ってるはずなんだけどな)

「獣人はあれくらいじゃ怪我しないだろ。過保護だな……それとも優しい魔女のフリをしてる?」

(うう……たしかに優しい魔女のフリはしてるけども……っ)

この状況、どうしたものか。私は話せないし、都合よく解釈して代わりに喋ってくれるノエルは眠らされている。目の前に座った本物の魔族からは質問攻めにあっているが、私が声を出せば死なせかねないので何も答えられない。

「喋れないんだっけ? それとも喋らないようにしてるわけ?」

(さっきから痛い質問しかしてこない!! この人めっちゃ怖い!!)

「魔族だっていうなら同胞の質問くらい答えたら? ほら、筆談もできないなんてことはないよね」

ニコラウスは懐から紙を取り出した。そして万年筆のようなペンまで出してこちら側に置く。非常に準備がよくて怖い。

私は日本語しか書けないのだ。村長のダオンによれば、日本語は古代文字として扱われている様子だった。だがそのダオンも詳しくは知らない様子で、似た形なだけで別の文字という可能性もある。

しかし逃げ場はない。私は恐る恐る「読めますか?」とだけ文字を書いた。

「……古代文字か。現代でこの文字を使うやつは、まあ確かにいないね。廃れて長いし、僕が子供の頃ももうあんまり使われてなかったし。……古く生きる魔女だって誤魔化すために文字を勉強したならとてつもない努力だね。僕を含めても読める奴は国内に数えるほどだよ」

なんと彼はこの文字が読めるらしい。ニコラウスは私からペンを奪い何かを紙に書いてみせたが、それは酷く崩れた字体で、日本語で言うところの草書体に近かった。読めるはずもない。向きの問題かと思い、紙を上下逆さにしてじっくり見てみたがやっぱり分からなかった。

「…………まさかほんとに読めないの?」

何を書いたのか知らないが、私が軽く首を傾げる以外の反応をしなかったことでニコラウスも少し驚いたようだった。読めていたら反応せざるを得ないような内容だったのだろうか。

「…………ほんとに五百年も山に籠ってたなんてこと、あるわけないじゃん」

(はい、ごもっともです……あるわけないですね……)

それはノエルとダオンが考えた設定だ。いつの間にか皆の共通認識となっているが、私は所詮魔境で育ったマンドラゴラである。五百年前の戦いとやらは知らないし、竜の血で育っていることから考えてその戦いのあとに生まれた存在だ。

実際に私がどれだけあの魔境にいたかは分からない。引っこ抜かれてからは一カ月程度をあの場所で過ごしたとは思うけれど、そもそも土に埋まって栄養を摂取し続けていた期間が長いはずなのだ。……ところで私は一体何年物のマンドラゴラなんだろう。

「生きてたなら……なんで会いに来なかった」

ぼそりと小さく呟いたニコラウスの声は震えていた。

魔族のたった一人の生き残り。もしかして彼は、ずっとどこかで同族に生きていてほしいと願っていたのだろうか。偽物に怒るのは、本物を探しているからではないのか。

(正体マンドラゴラでごめんねぇ……ううどうしよう、嘘を吐き通したらこの人は喜ぶかもしれないけど、バレたらやばいし罪悪感もやばいよ……)

心底申し訳なく思いながら、紙に「ごめんなさい」とだけ綴る。これは本心からの謝罪だ。本当に心の底から正体がマンドラゴラで申し訳ないと思っている。

「……お前が隠れてた理由に一つ心当たりがある。……動くマンドラゴラ、あれ僕のだろ。お前が盗んだな?」

(……え?)

その時、玄関から小さな影が走り込んできた。外の様子を見たくて呼び寄せた子株が一体戻ってきたのである。……呼び戻しの命令をしていたこと、すっかり忘れてたよ。