軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

既知との遭遇・上(千導満)

東京都渋谷区、代々木公園。

そのど真ん中に突如として現れた不可思議な塔は、古代西洋に見られるような円筒状の形をしていた。ただし窓もなく、つるりとしているのが不気味だ。

その内部を調査せよと命令された時、 千(せん) 導(どう) 満(みつる) 1等陸士ははじめ何かの冗談だと思った。

だが彼が所属する分隊――たまたまこの塔に一番近い駐屯地にいたがゆえ、連れてこられてしまった不運な人々は、天高くそびえる建造物を前にして、命令が冗談ではなかったことを悟った。

「 一二〇〇(ヒトフタマルマル) 、これより作戦を開始する」

いつもは鬼軍曹と恐れられている 小手(こて) 瓦(がわら) 2等陸曹の号令も今日ばかりは大人しい。

そのキレのなさに、この人も人間だったんだなと千導は思った。

「進め!」

塔は東西南北に4つの入り口を持っていた。

いずれも暗幕がかかっているように暗く、先が見通せない。

今回の作戦では4つの分隊がそれぞれの入り口から塔へ侵入し、内部の探索を行うことになっている。千導たちの分隊が担当するのは南口だ。

暗闇へ向かい、一糸乱れぬ歩みで部隊が向かっていく。

誰も彼もが顔をこわばらせながら、それでも隊列に乱れが生じないのは訓練の成果だろう。一塊の生き物となって塔の中へ吸い込まれていった。

まるで障子を突き破るような。

薄い膜を通り抜けた感覚のあと、彼らの前に苔生した岩壁と天井が現れる。

洞窟か何かだろうか。

照明もないのに不思議と薄暗い程度で済んでいる。

どこかから光が漏れていているのか。

それにしても俺たちは塔の中に入ったはずだが、と訝しむ千導の耳に、

――ピロン。

突然、あまりにも不釣り合いな電子音が聞こえた。

思わず飛び上がりそうになった彼へ、更に追い打ちがかかる。

『試練の迷宮へようこそ、あなたの挑戦を歓迎します』

その声は先刻誰もが聞いたあの天使の口調に似ていた。

『計測中……計測完了しました。あなたの 職業(クラス) は〈戦士〉です』

慌てて千導は声の主を探すがどこにも見当たらない。代わりに隊の誰もが自分と同じように首を巡らせているのに気づいた。

(俺だけじゃない? しかもこれって……)

塔の外観からは想像もできない洞窟のごとき内部。

「迷宮」に「職業」というワード。

それらが千導の頭の中で組み合わせって、一つの仮説にたどり着く。

(もしかしなくても『ダンジョンもの』ってやつじゃないか……?)

千導満・24歳、趣味はアニメ鑑賞とネット小説を読み漁ること。

もっぱら自分たちのような自衛官が登場する作品を数多く見てきた彼の頭に、既視感がちらついている。

にわかに隊の中でざわめきが起き始めた。

「総員、報告!」

そこへ隊長による一喝が降り注いだ。

ぴた、と静かになり、再び程よい緊迫が戻ってくる。

まずは千導が先陣を切って挙手し、状況を伝えることにした。

「突入直後、正体不明の声が聞こえました!」

「内容は!」

「迷宮へようこそ、ということと、自分の職業は〈戦士〉だといっていました!」

「方角は分かるか?」

「申し訳ありません! わかりません!」

すると他の隊員たちも報告を始めていき、わかったことは……。

「つまり、誰もが謎の声を聴き、自分の職業とやらを教えられたということか?」

「あの……隊長も同じでしょうか」

「ああ。俺の職業は〈拳闘士〉だそうだ。ふざけてやがる……」

そう吐き捨てる隊長に、内心「お似合いですよ」と思う千導だったが、そう言うと鉄拳が飛んでくるような気がしたので飲み込んでおくことにした。

それから中と外で通信が途絶されていること、ただし出入りは自由にできることを確認して、部隊の方針が定められる。

「――前進だ」

すでに幾つか情報を手に入れたとはいえ、これだけでは戦果といえない。

未だこの建造物が何なのかさえもわかっていないのだから。

それから十分ほど進んだろうか。

途中分岐路がありながらも真っすぐ進み続け、T字路にぶつかった。

曲がり角の先を確認した小手瓦が声を出さずハンドサインで「停止」を出す。それから彼は千導を手でこまねいた。

「千導、あれが何かわかるか?」

「は……」

小声でささやかれるまま、千導も曲がり角の先を見る。

そこにいたのは――

「……ゴブリン?」

身長120cmほどの小柄な体躯。頭から小さな角を生やし、肌は緑色。小汚い腰布一枚で局部を隠している。数は三体。手にこん棒や欠けた剣を持ち無邪気に振り回しているように見えた。

いずれの特徴も千導がフィクションの中で見てきたゴブリンと呼ばれる存在に合致している。だからついその名前を口にしてしまった。

「何だそれは」

「ええっと……」

なんと説明したらいいものか。

千導はしばらく口の中で言葉を転がせ、適切な語彙を探した。

「幻想生物、です。ファンタジーとかに出てくるような」

「……それは。友好的な生物なのか?」

「大体は敵対的です」

少なくとも千導が見てきた作品ではそうだった。

「集合」

結局、小手瓦は分隊メンバー全員を呼び寄せた。

千導はじめ五人の陸士が彼の元に集う。

「総員に告ぐ。この先に未確認生物の姿を確認した。これから慎重に様子を見にいく。……いいか、合図があるまで絶対に発砲するなよ」

それからの動きは迅速だった。

全員、装備の重さを感じさせない足取りで推定ゴブリンへと近づいていく。

彼我の距離が三十歩というところまできた時、まず小手瓦が両手を上にあげながら前に出た。

「言葉は通じるか! 我々は――」

「グギ!? グガアアア!」

あくまで対話から入った自衛隊に対するゴブリンの答えは、拳を振り上げることだった。

こん棒を持つ個体が小手瓦に殴りかかる。

「くっ」

その襲撃に対しては余裕をもって避けられたが、二体目三体目のゴブリンも彼に襲いかかろうと走り出していた。

たまらず隊員の一人が声を上げる。

「隊長! 発砲許可を!」

「やむを得んか―――― 射(て) ェ!!」

号令に合わせ千導たちは素早く小銃を構えると、一斉に撃ち始めた。

薄暗い洞窟の中でマズルフラッシュが瞬く。

「射ち方、止め!」

ぴたりと銃撃が止まる。

普通の生物なら肉塊になって原形も残らないはずだが。

「無傷だと……」

硝煙と土煙の向こうで、ゴブリンたちはかすり傷一つ負わずに立っていた。

ニタニタと口元をゆがませ隊員たちをあざ笑っているようにも見える。

「う、うわあああああああ!!」

邪悪な笑みに恐慌をきたしたらしい。

千導の横にいた隊員が許可を得ないまま銃を乱射してしまう。

「ゲヒャヒャ」

結果は先ほどと何も変わらなかった。

どころか撃たれたゴブリンは呑気に腹をかいて見せる始末。

「落ち着け! 向かってくるぞ!」

果たして小手瓦の忠告は届いたのかどうか。

三体のゴブリンがこちらへなだれ込んできて、接近戦が始まった。

小柄な体躯から繰り出される攻撃などたかが知れている。冷静に見極めれば容易に躱すことが出来るだろう。ただ頼りの銃器が通用しなかったショックから、動揺で動きの鈍い隊員もいる。何とか凌いでいるが防戦一方だ。

そんな混乱の中、千導は冷静に事態を観察していた。

(なるほど、現代兵器が効かない パ(・) タ(・) ー(・) ン(・) のやつか)

この空間に来てから今までのことを思い返し、仮説を口にする。

「隊長、たぶんコイツらに銃は効きません! 職業を使うんです!」

「あぁ゛!?」

「隊長は〈拳闘士〉なんでしょう! だったら拳で殴ってみてください!」

叫びながら、千導が誰よりも前に躍り出る。

そのまま彼は銃を 振(・) り(・) か(・) ぶ(・) っ(・) て(・) 、こん棒を持つゴブリンへ向かって叩きつけた。

「グギャ!?」

おそらく油断していたのだろう。何をしても傷を負うことのなかったゴブリンは、攻撃をまともに受けた。頭から血を流して吹き飛んでいく。

(やっぱりそうだ、俺の職業は〈戦士〉っていってたもんな……!)

会心の出来に喜びよりも安堵が零れた千導の横で、小手瓦は驚いていた。

しかしすぐさま銃を捨て身軽な状態になると、

「よくわからんが、わかった! とにかく殴ればいいんだなァ!!」

仲間がやられて動揺していたゴブリンに思い切り右ストレートをお見舞いした。

「アガァ!?」

先ほどとは比べ物にならない勢いでゴブリンが吹き飛ぶ。

そのままボーリングのピンのようにもう一体のゴブリンと、倒れていたゴブリンをも巻き込んで、三体のゴブリンが絡まりながら転がっていく。

そこから先は消化試合だった。

小手瓦隊長による 踏み付け(ストンピング) とボディプレスでゴブリンたちの息の根が止められる。

ただし――

「っ、消えた……?」

倒したはずのゴブリンは、皆ポリゴンのようなものをまき散らして消滅してしまった。千導以外の隊員たちは新たな怪奇現象に目を白黒させて驚く。

その跡地に、翡翠色に輝く小石が 三(・) つ(・) 転がっていた。

◇ ◇ ◇

「するってぇと何か、ここはゲームの中みたいなもんだと?」

「正確にはゲームのシステムを再現した空間、でしょうか」

戦闘後、小手瓦隊長は部隊の点呼を取り、怪我人の有無を確認した。

幸い擦り傷を負った者がいるくらいで死者はいない。

各員へ警戒と装備点検が命令されたところで、千導は隊長の元へ近づいていって、自身の中にある仮説を披露していた。

「フィクションだと大体こういう場所って現代兵器が通用しないんですよ。あくまで提示されたルールの中で戦わなきゃいけない。銃は全て攻撃力がゼロに設定されているというか……えーと、 職業(クラス) を使った攻撃だけが相手に通用するみたいな」

もはや物理法則に対する挑戦状だ。

「もしここが創作物によくあるようなダンジョンなら、倒した敵が消えたり、ドロップ品……ええっと、戦利品が落ちたことにも合点がいきます。この調子ならレベルアップの概念もあるんじゃないでしょうか」

「……敵を倒せば倒すほど強くなれるってことか?」

「わかります?」

「俺はやったことねぇけど、子どもがなァ」

他にも千導は定番の罠や宝箱の存在など思いつく限りの仮説を列挙していく。

それはもう生き生きと、小手瓦が引いてしまうくらいに。彼は部下の思わぬ一面を見てしまい動揺しながらも話をまとめた。

「もういい。とにかく常識が通用しないってことだな。お前の推論が正しいかどうかはこれから確かめていけばいい。それよりも――」

各人が見張りに勤しんでいる中、一人だけ心ここにあらずという者がいる。

鬼軍曹の目が千導から彼の方へ移った。

「おい 久良木(くらき) ィ!」

「っ」

「お前 チ(・) ョ(・) ン(・) ボ(・) だぞ。帰ったら始末書だからな!」

何も警戒に身が入っていないから怒られたのではない。

彼は――久良木2等陸士は先ほどの戦いで、一度目の発砲のあと、許可がまだ出ていないにも関わらず銃を撃ってしまった。

(顔は怖いけどなんだかんだ甘いよな、隊長も)

と千導などは思うのだ。

一つ間違えば隊員の誰かに当たっていたかもしれない。

そう考えると紙ぺら一枚で済ませるのは温情といえた。

「……はい、申し訳ありませんでした」

「声が小せぇ!!」

「申し訳! ありませんでした!!」

それはそれとして、やっぱり怖いけれど。