軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その時、歴史が動いた?(浦梅進)

2030年4月10日。

ところによっては新生活や新学期が始まり、ようやく落ち着きを見せた頃。

世界は突然、未曽有の超常現象に見舞われた。

突如投影された天使のような人物。

試練と祝福を与えるという支離滅裂な言動。

そして何より各地に現れた謎の建造物や大空洞――

テレビはどの局も緊急特番を放送し、ただ混乱しているということだけを映し出す。

SNSに真偽不明の噂や写真が飛び回り、上から下への大騒ぎだ。

日本という国もそれは変わらず、政を動かす閣僚たちが首相官邸に雁首を揃えて喧々諤々と議論を繰り広げていた。

といっても、その内容は整然としたものから程遠かったが。

「とりあえず該当地区の封鎖はできたが――」

「あのわけのわからん塔に圧し潰された人間は!?」

「なんでも出現地点にいた人はみんな『押し出された』と……」

「そもそもアレはなんだ!」

「それよりいつまでも放置しておくわけには――」

「じゃあ誰があの中に入る!?」

誰も彼もが不安から思いつくままに言葉を口にしていた。

しかしその中に一人、じっと貝のように押し黙っている男がいた。

この官邸の主、日本国第105代総理大臣・ 浦(うら) 梅(め) 進(すすむ) である。

浦梅は別に寡黙な人間ではない。

それなのに彼が議論に参加せず、どころか首相であるにも関わらず彼の頭越しに閣僚たちが唾を飛ばしあっているのには理由があった。

――浦梅進はお飾りの総理大臣なのだ。

「…………」

そもそも彼が当選 し(・) て(・) し(・) ま(・) っ(・) た(・) 総裁選は、本来ならば党内でも特に力を持つ二人の大物政治家のどちらかが勝つはずだった。両雄以外に有力者はいないと目されていたほどである。しかしこの二人はあまりにも票が拮抗しすぎた。そのせいでたまたま浮動票の捨て場所に選ばれた浦梅が僅差で勝利してしまったのである。

本人は記念受験くらいのつもりで、大した公約も口にせず、所信演説の用意など何もしていなかったというのに。

浦梅は政治家としての信念など何も持っていない。

ただ親が政治家だったから、自分もなぁなぁで政治家になっただけだ。

大した後ろ盾を持たない彼はそのままスケープゴートにされることとなった。

それまで押さえつけられていた不祥事が次々公にされ、彼はたまたまその時の首相であったばかりに矢面に立たされ続け、はじめは淡い期待を抱いていた国民からも唾棄すべき存在として見られるようになったのである。

このまま内外から叩かれ続け、ぼろ雑巾のようにされて、自分の政治家人生は終わるんだろう。そう思っていたところで今回の事件が起きた。

(どうして私ばかりがこんな目にあう? 不公平じゃないか……!)

自身の政治スタンスを棚に上げ、浦梅はふつふつと怒りに燃えていた。

体のいいサンドバッグにされ、挙句の果てに怪奇現象まで起きた。

今度はその責任まで取らされるのか?

「……静かに」

浦梅の口から、怒りに震える声が自然と出ていた。

それはあまりに小さな声で議論によってかき消されてしまう。

だから彼はもう一度大きな声で、机を叩き、立ち上がりながら叫んだ。

「静かにしろ!!」

しん、と水を打ったように会議室が鎮まる。

浦梅首相の声が飛び抜けてうるさかったのもあるが、誰もが「あのウラメが」と目を丸くして固まっていた。

(……もういい、どうにでもなれ。しったこっちゃない!)

ただただ自分を仲間はずれにする会議に浦梅は嫌気が差していた。

さっさと家に帰りたい。

その一心でそれらしい言葉を探す。

「 菊里家(きりか) 防衛大臣」

「……は」

「自衛隊に出動命令を出す。あの『塔』の内部を探らせろ」

途端にわっと喧騒が蘇る。

「それは防衛出動ということか!?」

「中に何があるのかまだ何もわかってないんだぞ!」

「もし犠牲が出たらどうするんだ!」

「いやそもそも、そんな簡単に――」

「だがしかし――」

「とにかくここは――」

閣僚たちの口撃を浴びながら、浦梅がすっと手を挙げた。

いつもなら無視されているところだが、今日ばかりは「どんな妄言を口にするんだ」と静寂が訪れる。

ここだ、と浦梅は思った。

自分の40年間の政治家人生で一度は言ってみたいと思っていた言葉。

それを出すなら今ここしかない。

「責任は全て、私が取る!!」

会議は踊る、されど会議は進まず。

そんな状況を吹き飛ばす鶴の一声だった。

浦梅進、一世一代の決意により停滞していた時が動き出す――

なお、不祥事が起きたら浦梅は真っ先に辞任してバックレるつもりである。

責任なんて一切取るつもりなどなかった。

浦梅進、総理大臣、67歳。

もしかしたらこの男こそ、今この国で最も自由な人間ではなかろうか。