軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

プロローグ(第四章)

一月一日、元日。

地球にダンジョンを創ってから、この星で初めて迎えるお正月。

俺は前世の実家、山戸家に顔を出し、こたつでおせちを突きながらゆったりしていた。ちなみに除夜の鐘は聴いていない。さっきまで地球の衛星軌道上――ロゼリア号で爆睡していたので、日が明けてからこっちにきた形だ。

フクレをお供につれ、まず龍二のところへ冷やかしにいき、双子ちゃんに正月らしい華やかな 操霊術(エーテリア) を披露した後、親父と母さんのところにも新年の挨拶にいったら、そのまま捕まってしまった。

無言で俺にお年玉をくれようとする親父と、意地でも着物を着せてこようとする母さんとのバトルが繰り広げられ、新年早々もの凄く疲れた……。

とりあえずそれも落ち着いて、まったりムードだ。

特に母さんがやばかった。

俺がどんなに女の子でも、ましてや男の子ですらないと力説しても、そんなの関係ないとばかりに笑顔で着つけてくるので、最後の方はこれも親孝行かと死んだ目で天井を仰ぐことになった。

男物だとか、女物だとか以前に、 有翼人種(ハーヴェン) 専用じゃない服は羽を畳まないといけないから嫌なんだよなぁ。

もちろん、それまで着せる相手がいなかった母さんの気持ちも分かるから、一瞬だけ着はしたけど、写真を撮った後にさっさと脱いだ。

まぁ、十分家族サービスしただろう。

「……ん、美味しい」

黒豆を口に入れて思わず呟く。

17年ぶりに食べる母さんのおせちは、昔と何一つ変わらない。好きなものばかり食べようとするから、よく叱られたものだ。

時刻は真昼過ぎ。

台所から母さんの鼻歌が聞こえてくる。親父は元日なのに畑の様子を見に行ってくると出ていった。視界の端でフクレと柴犬のコタローが何やら一芝居。

『コタローよ。常々思っていたのだが、貴様、吾輩のことを軽んじているのではないか?』

「ハッハッハッ」

『よいか。吾輩はいと尊き神の血族に仕える――のわっ、これ! 舐めるでない!?』

「ヘッヘ」

尻尾をぶんぶんと振り回し、コタローがフクレのクラゲ頭を舐めまわす。ぷるぷるの感触が気に入っているのか、あるいはグルーミングでもしてやっているつもりなのか。

真相は分からないが楽しそうだ。

そういえばこの間、フクレに犬は“序列を作る生き物”だって話をしたなぁ。

だからフクレ的に自分の方が上だと示したかったんだろうけど、おそらく無理な相談だ。何故ならフクレはいつも俺の後ろを歩いている。つまり、コタローの頭の中で“俺>フクレ”というヒエラルキーが出来ているのだ。

そんな俺は両親に頭が上がらない。

そして、コタローからしてみれば新参者だ。

ここから導き出されるカースト図は、ずばり“母さん>親父>コタロー>俺>フクレ”となろう。

『レ、レグ様~!』

……平和だなぁ。

「別に食べようとしているわけじゃないから大丈夫ですよ。コタローなりの愛情表現でしょうね」

『これがデスか!?』

「さて、お正月番組は何がやっていますかねー」

フクレについては、まぁ、後で綺麗にしてあげるとして。

こたつの上にあったリモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。

どの局もお正月らしく、漫才やお笑いバラエティーを放映していて、何となく流し見していく。17年ぶりに見ると知らない芸人ばかりだ。そんな中に、自分でも知っている昔の芸人が大御所として映っていると、何だか嬉しくなる。

こんなところにも時間は流れて、一定じゃない。

まぁあんまり興味がないからチャンネルは変えるんだが。

“――総理にとって、去年はどんな一年でしたか?”

お。正月早々、討論番組なんて珍しいな。

昨年、ニュースで散々お茶の間を賑わわせた現職の 浦梅総理(おっちゃん) が、ふかふかのソファーにこれでもかと深く腰を下ろして、キャスターの質問に答えようとしている。前見た時より、ちょっと顔色が良くなったか?

“……そうですね。激動の一年でした。荒波に揉まれて、日本という名の船が転覆しないよう、とにかく必死にオールを漕ぐばかりで。国民のみなさんには、さぞ心配をおかけしたと思います”

“ははぁ。ここにデータがあるんですけどね、ほら、世論を見てみますと、凄い支持率ですよ。歴代でもトップに迫るほどです。総理のいう心配からはほど遠いように感じますが”

“いや、私なんてまだまだですよ。本当に、もっと厳しいご意見があってもいいと思いますけどね。本当に。ええ、ええ。もっと下がってもいいと……”

謙虚も過ぎれば嫌味になるというが、総理のそれは自然体だ。

心の底から思っていなければこうはなるまい。

管理者として、あまり特定の国に肩入れするのも限度があるので、おっちゃんにはこのままwithダンジョン時代を牽引して貰いたいところ。

さすがに激務で潰れてしまうんじゃないかと思っていたが――

“なるほどぉ。いや、頼もしいですね! そんな総理に、ズバリ、今年の抱負をお聞きしたいのですが、いかがでしょうか?”

“抱負? フム……”

口元に手を当て、考え込んだ総理の瞳が光る。

“一意専心、かな”

その言葉には覇気が宿っていた。

思わずキャスターと一緒にほう、と息を漏らしてしまう。

“つまり、より一層政務に力を入れられるということですね!”

総理大臣にとっての「一意」などそれ以外にあるまい。

昨年、あんなに大立ち回りしておいて、まだ上を目指そうなんて……。俺も負けてられないな。もっともっとダンジョンを盛り上げないと。

“え゛――”

カメラの前でキメ顔を披露するくらい余裕があるんだから、まぁ総理のおっちゃんは放っておいても大丈夫だろう。

何か他に面白い番組はやってないかな……と。

む、グルメ番組かと思ったら、これモンスター肉の食べ比べをしてるのか。

ファングボアとスーパーの豚肉、美味いのはどっち?

ははぁ、視聴率のためにあの手この手を考えるもんだ。

結果は普通の豚肉が優勢。ファングボアはちょっとジビエっぽいという評価。調理の仕方もあるだろうが、概ね正しいように思う。

基本、ダンジョン深くへ潜れば潜るほど素材の質が高くなるようにしてあるしな。

「肉料理を見ながら肉を食う。これも一つの贅沢ですね」

誰にともなく語りかけ、重箱の中心におかれたローストビーフをぱくつく。

おせちにこれを入れるかどうかは判断が分かれるところだと思うが、山戸家だと恒例の一品だ。うーん、柔らかい。やっぱりこれを食べないと正月って感じがしないな。

さておきモンスター肉に限らず、迷宮品――ダンジョンから産出される様々な品は、ようやく一般社会に流通しだした。といっても、日本の場合はダンジョン省が販売網をがっちり掌握しているので、まだ誰でも、いつでも買えるというほど手軽じゃない。

それでも研究機関以外まったく手出し出来なかった時と比べれば大前進だ。

こうして珍品としてテレビに露出するくらいにはなっている。

この辺は外国の方が緩いくらいで、ポーションが既存薬品を駆逐してしまうのでは、とか新しい薬物中毒者を生み出してしまうのでは、なんて真しやかに語られている。

だが、ポーションに中毒性はないし、せいぜい“中級ポーション”までしか確認されていない現状、迷宮品がドラッグストアの商品棚を埋め尽くすことも考えにくい。どちらかといえば、ポーションの原理を解明して市販の薬を改良していく方が正攻法だろう。

こればっかりは俺の仕事じゃないし、地球人自身が頑張らなきゃいけない分野だ。

時々忘れそうになるが、地球の文明レベルを上げるのが最終目標だからな。

まぁそこに至る道は目いっぱいファンタジーで舗装しておくけど。

……なんて、ぼんやり考え事をしていたら、番組の合間に短いニュースが流れてきた。

“昨年末から各地で症例が確認されていた、新型の感染症ウィルスHCSS-17の罹患者が、今朝国内でも初めて確認されました。ヒルタ熱と呼ばれるこのウィルスは、とても感染力が強く、高熱を引き起こすため、水際対策が重要とされ――インフルエンザの流行にヒルタ熱も加わると――より一層の衛生管理が――”

喜怒哀楽もなく、原稿を淡々と読み上げるアナウンサーの声は、どこか無機質で恐怖を煽る。それはきっと内容のせいもあるだろう。

病気ってやつは一つ克服しても、また一つ新しいのが生えてくるから厄介だ。

そういえばハーヴェンに転生してからこっち、風邪を引いた覚えがない。

デザイナーベイビーだから、生まれる前に遺伝子改良されていそうな気もする。

たぶん天恵――知識の焼き付けを受けていたら、この辺の事情も分かったんだろうが、今度ゼル爺に聞いてみようかな。

「耕助~、お汁粉食べる~?」

不意に、台所から母さんが顔を出す。

焼いた餅の香ばしい匂いが後から追いかけてきた。

「……! はい! 食べます食べます!」

お汁粉。それは季節限定スイーツの極みだ。

夏に食べても、秋に食べても、なんか違う。いつ食べても美味いのは認めるが、お正月、こたつでぬくぬくしながらぱくつくと、充足感まで得られる。去年一年いろいろあったなぁ、今年も頑張るかぁという気になるのだ。

何より山戸家のお汁粉は俺の好みに合わせて、ちょっぴり甘さ控えめだった。

食べないという選択肢はない。

喜び勇んで手を打ち合わせる。

「フクレちゃんの分もあるから、顔を洗っていらっしゃい」

『御母堂。吾輩のことは“ちゃん”ではなく……』

「あらら、間違えちゃった? ごめんなさいね、フクレくん」

『いや、雌雄の話でもなく……』

「もしかして……フクレくんちゃんさん?」

『…………』

これも異文化交流っていうのかね?

母さんはちょっと天然入ってるから、傍から見ると漫才みたいだ。

俺は頬杖をつきながら、そのコントを見守りつつ、思う。

地球の管理者になってから、早九か月。

桜が散る頃に生まれたダンジョンも、まもなく一歳だ。

時は移ろい、ゆっくりとだが流れている。

果たして、今年は一体どんな一年になるだろうか――