軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

カワイイは作れる(西方小町)

「か゛わ゛い゛く゛な゛い゛……!!」

年季が入った三畳一間。

夜も更ける安アパートの一室で、フリーターの 西方(にしかた) 小町(こまち) は頭を抱えて叫んでいた。その叫びに呼応して壁が鳴る。

――ドンッ。

時刻はまもなく深夜0時に差し掛かろうとしていた。

どうやら小町の声が薄い壁を貫通し、隣の部屋まで聞こえてしまったらしい。

「ヒエッ」

慌てて見えもしない隣人にぺこぺこ頭を下げ、イヤホンを付け直す小町。彼女の目の前には座卓があり、その上にノートパソコンが置かれていた。煌々と輝く画面に映る「D-Live」のロゴ。

彼女は今、一日の締めくくりにダンジョン配信を見ていたのであった。

(そっちだって夜中まで通話してんじゃん! もう~!)

ブツブツと隣人への不満を心の中で唱えつつ、結局悪いのは自分なので受け入れるしかない。気を取り直してパソコンへ目を戻す。と同時に“着る毛布”の中でもぞもぞと足を動かし、適切な位置を探った。

電気代も馬鹿にならない昨今、小町なりの涙ぐましい節制術だ。

さておき。

(……うん。ほんっっっっとうに、可愛くない)

改めて、大手クラン「池袋ハンターズ」のダンジョン配信を見て小町が抱いた感想は、徹頭徹尾それに尽きた。かのクランは数ある大手クランの中でも特にダンジョンの最前線を目指すガチガチの“攻略思考”で、秘密主義のため、滅多に配信をつけない。

それが今回は攻略でなく低層での素材集めということで、珍しく配信していたため、興味本位で覗いてみたのだが……。

さすがにトップクランと謳われるだけあって、メンバー間の連携がスムーズだし、素材の回収や偵察の仕方一つとっても無駄がない。惚れ惚れする練度だ。きっと多くの探索者にとって参考になるだろう。

しかし、小町の興味は一切そこになく。

(どいつもこいつも適当な格好しやがって……。素材の味たって限度があんでしょうが! ちっきしょう、性能が良ければなんでもいいのかよ! あぁん?)

かれらが身に纏う“装備”に大変ご立腹だった。

小町はフリーターだ。といって、何の目的もなく日々を揺蕩っているわけじゃない。

彼女は服飾の専門学校を出た後、アパレルメーカーに就職し、東京の小売店で従業員の一人として働いていた。ずっと好きだった服飾関係の仕事に就くことができ、巡分満帆、未来は希望に満ち溢れている! と思えたのは最初だけ。

客の服装にいちいち口を出すくせに、流行も抑えず、自分より知識の劣る“意識高い系”の店長に嫌気が差し、衝動的に辞表を叩きつけてしまった。

昔から小町は感情の制御が苦手で、自分がこうと決めたものを曲げられない。

だから遅かれ早かれ、決まった運命だったのだろう。短期的なアルバイトならまだしも、彼女には雇われ人になる資質が致命的に欠如していた。

結局ファッション業界への夢を諦めきれず、デザインコンテストに応募する傍ら、東京にしがみつき、安アパートで爪に火を点す毎日。

郷里にいる親からは、いい加減戻ってきたらどうだと諭すメッセージも届いているが、その都度なにくそと負けん気が湧いてきて、無視している。いつか故郷に錦を飾るまで、帰るつもりなど毛頭なかった。

そんな小町には最近、新しい趣味が出来た。

――ダンジョン配信の視聴である。

友達に物見遊山でダンジョンに行ってみようよと誘われて、以来、何となく身近な存在になり、時たま空き時間を使って見るようになったのだ。

といっても、彼女にとってそれは“市場調査”の一環だった。

(あの鎧マッドスネークの皮よね、ツギハギだけど。……ぐああ、なんでそう雑な張り方するかなぁ! そりゃそれで十分機能するのかもしれないけど、普通気になんない!? 裏返しで服着てるようなもんでしょうがぁ!!)

声が出せない分、心の中ですったもんだを繰り広げる。

(大体何そのコーデは!? 己(おどれ) は無課金戦士か!!)

探索者の装備はもともと私服からスタートした。それがモンスターのドロップ品へと変遷していき、最近では生産職の手によるものも加わっている。

今日日、初心者は探索者協会からレンタル装備も借りられるようになって、ジャージや近所のコンビニにでも出かけるような恰好の人間は絶滅危惧種になったといっていい。

かれらにとって、装備に求めるものは強さだ。

モンスターの攻撃から身を守ってくれる強靭さはもちろん、動きやすさや耐久性も重要視されている。

つまり、見た目が二の次なのだ。

(そりゃ膝丈5cmは無理だろうけどさぁ)

曲がりなりにも服飾の道を志す小町として、こんなにも不満なことはない。

もちろん、命を守るのが第一なのは分かる。

だからといって、 組み合わせ(コーディネート) を一切考えない 混合(キメラ) 装備や、雑に強い素材を張り付けただけの布切れを服と呼称するのはいかがなものか。

(……よし、決めた。明日はダンジョン行こう!)

怒りは時に人を動かす原動力となる。

今、小町の瞳はごうごうと燃えていた。

使命感という名の炎を燃やし、衝動のままに叫ぶ。

「今度という今度こそ、アタシの“作品”を認めさせてやるんだから!!」

そう意気込んで、天井へと拳を突き上げる小町。

そんな彼女の覚悟に呼応して、隣人がまたも壁を叩いた。

ドンドンドン、と先ほどよりも荒々しい音。

「――ヒエッ」

言外の圧に屈して、小町が布団へ駆け込んだのは言うまでもない。

◇ ◇ ◇

明けて早朝。

東京摩天楼の中へ吸い込まれていく人々の中に、小町の姿もあった。

入り口で探索者ライセンスを提示し、慣れた様子で入場していく。目的はダンジョンに潜ること――ではない。小町の足が向かったのは探索者協会のロビーでも、第一層へ続く扉でもなく、別区画に向かう回廊だった。

東京摩天楼の第零層は実に広く、探索者協会の本部以外にも、荷物をしまったり着替えたりするためのロッカーや、 死に戻り(リスポーン) した際の転送先、今の 職業(クラス) から別の職業へ移ることが出来る“転職の間”など、様々な部屋が存在している。

中でも生産職の使用を想定された加工スペースは工房と呼ばれ、日夜〈錬金術師〉や〈鍛冶師〉たちがスキルを駆使したモノづくりを行っていた。

そんな工房区画へ小町が歩いていく。

ダンジョンから〈裁縫師〉に指定された彼女もまた、工房を利用する人間の一人。ただし、今回用があるのはその手前だ。

(……チッ。一等地は全部埋まってるか)

見ると、工房へ続く広い廊下のあちこちで、ござや敷物を引いて座り込む人々がいる。かれらは一様に自分たちが作り出した商品――武具や薬品を並べて呼び込みをし、まるでフリーマーケットのような様相を呈していた。

(どこか空いてるところはないかなー、と)

現在、ダンジョンから産出した品はダンジョン外へ持ち出すことを禁止されている。偏に、社会秩序を守るためだ。だから探索者たちは手に入れた魔石や資源の数々を探索者協会へ売り払い、以降の販売・提供ルートを協会が一括管理することで、ものの流れを完全に把握していた。

このルールは生産職についても同じだ。

モンスターからドロップするポーションは持ち出せないのに、〈錬金術師〉が作成するポーションは持ち出せるとなったら、何のために制限をかけているのか分からない。まして凶悪なモンスターたちを倒すために作り上げた武器など、法治国家で自由に販売できるはずもないだろう。

しかし、生産職の力が無くばダンジョンの攻略が回らないのも事実。

そこで協会は生産職の作品も買い取ってオークションを開催したり、常設の納品依頼を掲げてポーションなどを集め、代理の販売窓口を買って出ていた。

クランに所属しない野良の生産職たちは、大半が協会へ作ったものを卸すことで生計を立てているのだ。そして、他の探索者は協会を介してそれを買うのである。

自分で販売できない分、どうしても利益は少なくなる。ゆえに、何とかとしてルールの網を潜れないかと知恵を絞った結果、生み出されたのが――

(いやいや、Sポに小魔石10個て。おにーさん、その値段はボリすぎでしょ)

今、小町の目の前に広がる闇市だった。

あくまで探索者同士がダンジョン内で物々交換しているだけ。

その建前を守るため、かれらは金銭でなく魔石を使って取引している。結局その魔石は後で協会へ持ち込まれ、現金に変換されるので、完全に言い訳でしかないのだが、意外にも黙認されていた。

探索者協会としても、攻略を進めるための必要悪だと思っているのか。

実際、ダンジョン内で全てが完結しているのも事実だ。

(……お。あの辺空いてるじゃん)

小町はそんな闇市の中に、ぽっかりと空いた場所があるのを見つけ、そそくさと近づいていく。そして両隣の出店者にぺこぺこと頭を下げて、鞄から折り畳んでいた敷物を取り出すと、一気に広げていった。

次いでスキルを一つ発動する。

「【 保管庫(クローゼット) 】」

ぽんっ――という音とともに、現れ出でたる籐の箱。

【保管庫】は生産職が覚える共通スキルだ。〈裁縫師〉の場合、衣服やその素材となる魔物の皮、糸などが収納できる。数多あるスキルの中でも珍しい“成長するスキル”で、使用者のレベルに応じて収納量が増えていく。

そんな箱から小町が取り出したのは、己の“自信作”たちだ。

グラスウルフの革をベースに縫い上げた浅黄色のベスト。

スリープシープのフェルトから織り上げ、大烏の羽をあしらったキャバリエ・ハット。

マッドフロッグの皮を縫合し、つま先に吸盤イメージの意匠を張り付けたブーツ。

などなど、エトセトラエトセトラ。

本当は小洒落た陳列台やマネキンが欲しいところだが、そんな都合の良いものここには存在しないので、せめて丁寧な気持ちを心掛けて敷物の上へ並べていく。それから鞄を漁って値札を取り出し、商品の横に設置した。

これで準備完了だ。

「よしっ」

小町は額の汗をぬぐうような仕草をして、深々と頷く。

それから【保管箱】を最奥――壁側に置き、その上へ腰を下ろしてから声を張った。

「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。西方洋裁店、ただいまオープンだよ!」

フリーター兼〈裁縫師〉の西方小町。

彼女が今日、この東京摩天楼へやってきた理由。

それは――自分が作った装備を探索者へ売り込むためだった。

威勢の良い声に引かれて、早速何人かが足を止める。

「おっ」

「へぇ……」

「ねね、ちょっといい感じじゃない?」

反応は上々。だが小町の経験上、ここからが問題だ。

立ち止まり、小町の店を遠巻きに物色する探索者たち。

かれらの目が一様にして あ(・) る(・) も(・) の(・) に向けられた途端――

「あっ」

「うーん」

「……買い換えるほどじゃない、かな」

誰もが回れ右して、その場を去っていってしまった。

初見の反応が良かっただけに、落胆も大きい。

ニコニコと接客用の笑顔を浮かべていた小町は、客の姿が見えなくなってから深々と溜め息をつく。

「…………はぁ~。やっぱりだめかぁ」

東京摩天楼で闇市に参加するようになって、しばらく経つが。

小町の営む「西方洋裁店」は今日も閑古鳥が鳴いていた。

とはいえ、実を言うと閑古鳥の理由にも大方察しがついている。

「うぅ……。やっぱり値段、下げるべき?」

小町の店は、他と比べるとほんのり高級志向なのだ。

たとえばグラスウルフのベスト。相場だと小魔石200個ほどが適正値の装備を、小町は2倍の小魔石400個で販売している。同じ“防御力”が手に入るなら、より安いものを買いたいと思うのが人情だろう。

だが小町に言わせてもらえば、あんなものはベストじゃない。ただの革だ。ちょっと腕を通す穴を開けて着やすくした革なのだ。とても型紙を起こして縫い上げたとは思えないお粗末な出来。

前世紀の山賊だってもっとマシな格好をしていたに違いない。

そこに来て小町の制作したベストは、きちんと洋服の体を成している。

(そりゃ私のだって拙いところはあるけどさ。競合他社と比べれば、悪くないと思うんだけどなぁ……)

初見のお客さんはみんな、「西方洋裁店」の価格設定に引いてしまう。

どんなに最初の反応が良くても、値札を見た瞬間蜘蛛の子散らすように消えるのだ。

一事が万事そんな調子で、小町が技術料を上乗せして値付けした商品の数々はイマイチ売れ行きが悪く、探索者協会のオークションへ卸す分にはそれなりに売れるのだが、いざ闇市の土俵に上がると苦戦を強いられるのであった。

学生時代、技術を安売りしてはいけない、その行為は自分だけでなく、同業者を苦しめることにも繋がる――と恩師から薫陶を受けた彼女は今、現実と理想の狭間で揺れていた。最も、個人で商売している以上、どうしたって安く多く売るモデルは難しいのだが。

新時代のダンジョン世界を己のファッションで染め上げる。

そんな野望は夢のまた夢。

芽が出ない日々は辛く、苦しい。

こんなところで遊んでいる暇があったら、バイトに精を出し、自宅でスケッチブックと向き合っていた方がいいんじゃないのか。いやいや、これも貴重な経験だ。自分の作品を企画会議も経ずダイレクトに販売できる機会なんて滅多にない。

しかし、それでも、だって――

まるで泥沼へ落ちてしまったかのように、ちっとも明るい考えが浮かばず、唸る小町。

そんな彼女の元へ次なる客がやってきた。

「やぁやぁやぁ、僕が来たよ! 朝からこの僕がやって来たよ! って、おや。西方クン、そんなに俯いてどうしたのかな。何かお悩みかい?」

「う――い、らっしゃいませ。……アーサーさん」

「君、今『うげ』って言おうとしなかった?」

「……ははは、そんなまさかぁ」

騒々しい挨拶とともに現れたのは、中規模クラン「†円卓の騎士†」のリーダー、アーサーだった。その独特の空気についていけず、小町は乾いた笑いを浮かべる。

「フム。元より困難な道。人から理解を得られるとは思っていないが」

「はぁ……」

「さておき、投稿を見たのでね。矢も盾もたまらず飛んできた次第だよ」

「あ、開店告知。見てくださったんですね。どうもありがとうございます!」

ダンジョンに入る前、西方洋裁店の名で管理しているSNSアカウントを更新したので、それを見て来店したのだろう。

客足の少ない店だが、それでも小町の作品を気に入ってくれる人たちは僅かながらにいて、「円卓」はその中でも特にお得意様と呼んでいいほどだ。クランメンバーが着ている防具のほとんど全てを小町が担っている。

それだけ聞くと、熱心な常連客がいるのだから、現状を悲観する必要などないように思えるかもしれないが……。

「それで、今日のご用件は」

「ああ。一つは仲間の装備を預かってきたから【 修繕(リペア) 】を頼みたい。それとまた予備の服を作って欲しいんだよね」

【修繕】とは〈裁縫師〉や〈鍛冶師〉が覚えるスキルだ。

生産職が作成した装備に限り、その耐久力を回復させる。刃こぼれしていたら直し、穴が開いていれば繕う。ただし【修繕】を使うごとに最大耐久力――修繕できる上限値が減っていき、最終的にその装備にスキルそのものが効かなくなってしまう。

探索していれば、どうしたって装備は傷ついていく。そんな時、パーティーに生産職がいて【修繕】が使えれば、そのまま探索を続行できるが、いない場合は撤退するか、あらかじめ用意しておいたスペアに着替えるほかない。

アーサーの注文は見た目や言動の奇天烈さにそぐわず、至極まっとうなものだった。

だが、小町の表情は優れない。

「分かりました。【修繕】の方はパパっとかけちゃうんで、そこに積んでください。それから予備の方は…… い(・) つ(・) も(・) 通(・) り(・) ですか?」

「もちろん! 原作(オリジン) に忠実で頼むよ!」

「……あの、アーサーさん。いつも言ってるんですけど、うちはコスプレ衣装屋じゃありませんからね」

「ハッハッハッ」

「笑って誤魔化そうとしないでくれます!?」

小町がこの太客を心から歓迎出来ない理由がこれだ。

アーサーはじめ「円卓」のクランメンバーが着ている装備には全て 元(・) ネ(・) タ(・) がある。とある漫画に出てくるキャラクターたちにそっくりなのだ。もちろん偶然似たわけでなく、似せたのだ。小町が。

漫画をめくり、キャラクターを上から下までつぶさに観察し、その衣装を三面図に起こしている時、自分は何をやっているんだろうと何度我に返ったことか。ちなみに鎧は門外漢なので、担当していない。

オーダーメイドといえば聞こえはいいが、その実、やっていることはコスプレ衣装作りと大差なかった。

唯一、使っている素材がダンジョン産というだけで。

「……まぁやりますけど」

不満はある。それでも結局、小町は不承不承頷いた。

アーサーの金払いがいい、というのはもちろんある。だが儲けたいのなら、はじめから高級志向など目指さず、ほどほどの値段で、ほどほどの服を作ればいいだけだ。生産職の数は常に足りず、必然、需要は高いのだから。

「さすがは虹の織り手だ。嗚呼、これで君に 原作愛(アガペー) があったなら……!」

「入りませんよ、クランには」

「ああん」

すげない態度を取りながらも。

小町がなんだかんだと「円卓」の仕事を引き受ける理由。

それは――

かれらが皆、なりたい自分になろうとしているからだ。

たとえその夢が創作世界のキャラクターだとしても。

小町がその“憧れ”を馬鹿にすることは決してない。

何故なら彼女のスタートラインもそこだからだ。

幼い頃、平々凡々な自分でも可愛い洋服に身を包めば、特別な誰かになれた。

それが始まり。

いつしか着る側から作る側に回りたいと思うようになったのは自然なことで。

あの時の感動を一人でも多くの人に届けるため、小町は服飾の道を志したのだ。

だから曲がりなりにも理想の自分を追いかけ続ける「円卓」の依頼を断ることはしない。少し、多少、いやかなり不本意だが、コスプレ衣装だって真面目に作ってみせると、全身全霊を注いできた。

別にコスプレだからと馬鹿にしているわけじゃない。小町には小町の作りたいものがあるからという、それだけのこと。「円卓」の仕事による経験が最近の装備づくりにも生きているので、人生何があるか分からないものだ。

ただし。

「たまには小物でもいいから買ってくださいね」

「あ、それは無理」

にべもなく、良い笑顔で断るアーサーを見ていると、選択を間違えたのではないかと思うこともあるが。こだわりが強すぎるのも考えものである。

「……とりあえず【修繕】は終わりましたんで、予備の方はまた後日。手持ちの素材で作っておきます」

「ありがとう! 支払いはいつも通り半々でいいかな?」

「はい。魔石半分、素材半分でお願いします。あと万能糸も」

「ああ、はいはい。あれね。分かったよ、また取りにいくとしよう」

万能糸とは東京摩天楼の第9階層で入手することが出来る素材だ。

ジャイアントクロウラーというモンスターを倒すか、フィールドに点々とぶら下がる繭を切り裂くと手に入る。柔軟性があり、かつ丈夫。〈裁縫師〉が扱う汎用素材として大変人気を誇っている。

そうした小町には独力で入手出来ない素材を取り寄せてくれるという意味でも、アーサーとのつながりは得がたいものだった。

なにせ、協会で買うよりも断然オトクなのだ。

「では頼んだよ、西方クン! ハーッハッハッ!」

「ありあとやしたー」

交渉が成立し、上機嫌に帰っていくアーサーの背中を見送る小町。

その目がほんのり遠くなっているのは秘密だ。

(……ほんと、徹底してるなぁ。あの人)

今日はアーサーだけだからまだ良かった。

もし「円卓」メンバーが全員集合していたら、目の前で即興劇が繰り広げられていたであろう。それも小一時間ほど。

そうならなかったので、内心ほっとする。

ああ見えて、探索者としての実力は上から数えた方が早いらしい。

人間、見た目で分からないものだ。

「ふー……」

【修繕】の連続使用で少し重くなった頭を振って、小町は一つ息をついた。それから壁に背中を預けようとしたが、足音が聞こえ、慌てて体を起こす。

どうやら、もう次の客が来たらしい。

たとえ冷やかしだったとしても、あそこの店主は態度が悪いと言われたら大変だ。

この世における最も強力な宣伝は口コミなのだから。

そう思い、慌てて顔を上げると、

「いらっしゃいま――うぇ!?」

小町はうっかり奇声を上げるハメになってしまった。

そこに予想外の人物が立っていたからだ。といっても知り合いではない。

「あの……ちょっと見ていってもいいですか?」

「へぁ! も、もちろん、どうぞどうぞ!」

「ありがとうございます」

穏やかな雰囲気を纏った、二十代前半と思しき青年。黒髪黒目で、革鎧には歴戦の傷跡が走っている。腰に佩いた剣が小首を傾げるのに合わせて微かに揺れた。

彼は小町の返答に微笑を浮かべると、背後の同行者へ視線を送る。

「明日原さんも、いい?」

「は、い」

青年の背中に隠れるようにして、少女が一人立っている。

古ぼけたローブのフードにすっぽりと顔を包み、僅かに見える表情も長い前髪で隠れて曖昧だ。そして、蚊の鳴くような声でささやく。

――誰が呼んだか勇者パーティー。

〈見習い勇者〉小浪勇と〈祈祷師〉明日原祈。

一風変わった組み合わせの二人は、有名な探索者であり、先日の「禍つ星なる竜アリス・テスラ」討伐戦でも大活躍した功労者だ。

それゆえ、小町もその名前をよく知っていた。

あの戦いで彼女は前線にこそいなかったが、後方で【修繕】を撒く仕事をしていたので、恐るべき竜に単身突撃していく勇の雄姿と、それを献身的に支えた祈の背中は、今なお目に焼きついている。

そんな英雄が現れたことで、つい気が動転してしまったのだ。

(う……小町、平常心、平常心よ! 誰がお客でもやることは変わんないでしょ!)

自分で自分に喝を入れ、気を取り直す小町。

真剣な目つきで商品を眺めている勇の装備は、よく見るとあちこち痛んでいた。それで西方洋裁店に立ち寄ったのだろう。

光栄だが、おそらく彼のお眼鏡に叶うものはほとんどないはずだ。

何故ならば。

(……見たこともない生地ばっか。たぶん鎧はドロップ品よね。グローブはレッドグリズリー、かな? 【鑑定】してみないと分からないけど、他はもうさっぱりだわ。はぁ~……やっぱり最前線って違うのね)

勇が身に着けている装備と、小町が陳列している装備。

両者の間には、大きな差があった。

端的にいって“強さ”が違う。

ダンジョンという異空間において、装備の強さとはイコールで素材の質だ。小町のようなクランに所属しない野良〈裁縫師〉だと、どうしても扱える素材が限られてくる。最新の攻略階層から産出した素材など、大枚をはたかない限り手元に回ってこない。

どうしたって型落ちの素材を使わざるを得ないのだ。

一方、勇者パーティーの「サザナミ」は二人組にして、トップクランに引けを取らない超人的な存在だ。ゆえに、纏う装備も相応に質が良い。

きっとこの店では彼の希望に応えられないだろうと思うほど。

(お連れさんの方は……だーめだ、何も分からん)

勇から目を移し、祈の方はどうなのかと言えば、ローブの下に何を着ているのかさっぱり見えないので、何も判断できなかった。強いて言えば鼠色のローブは地味で、可愛くないなということくらい。

勇の肩越しからチラチラと商品を覗いている辺り、まったく興味がないわけでもないのだろう。見ていると、小町の胸に無性に庇護欲が湧いてきた。

小動物のような少女。その視線の先には――

「すみません」

「っ、はい! なんでしょう!」

「このグローブを一つ、もらえますか? 作りがしっかりしていて丈夫そうなので」

勇の声で小町は慌てて我に返る。

どうやら小物くらいなら、ギリギリ勇者様の水準を満たせたらしい。

「ありがとうございます! えーっと、小魔石300個ですね」

「中3個でも大丈夫ですか?」

「はい、構いません」

魔石のレートは日によって多少変動するが、大抵、小魔石100個は中魔石1個に相当する。小町としてもじゃらじゃらと石を持ち歩くより、少ない数にまとめてもらった方が楽だ。交渉が成立し、愛しの我が子が新たな主人の元へ旅立っていく。

この瞬間は何度経験しても嬉しく、ほんのり寂しい。

「……ぜひ大切にされてください」

「はい、分かりました。なんて、こんな仕事をしていると確約しづらいんですけどね……。生産職の皆さんには、いつも本当に頭が下がります」

「い、いえいえ! そんな!」

「あはは。それじゃあ僕たちはこれで……明日原さん?」

じ、と目線を落としていた少女が、声をかけられて肩を跳ねさせる。

「っ……!」

「明日原さんも何か買いたいもの――」

「だい、じょうぶ、です」

「……そう?」

こくこくと首を縦に振る少女に、青年は訝し気な声を出すが、それ以上問い正すことはしなかった。二人とも、ぺこりと頭を下げて立ち去っていく。

「ありがとうございましたー!」

珍しく商品が、それもあの有名な「サザナミ」に売れたとあって、小町が満面の笑みで見送ったのは言うまでもない。

たとえ一品でも作品は作品だ。

(気持ちの良いお客さんだったなぁ)

願わくば、末永く使ってほしいもの。

ただ探索者にとって装備は消耗品だ。そして、日々更新し続けなければいけない。その願いは儚い夢と散るだろう。

そして同時にもう一つ、小町には気になることがあった。

(それにしてもあの子……本当に何もいらなかったのかな)

勇者の後ろに隠れていた控え目な少女。

フードと前髪に邪魔されて、その顔はよく見えなかったけれど、小町には彼女の姿に心当たりがあるような気がした。言うなれば、そう。ガラス越しに見つめる綺麗な服を、どうしても欲しいと親に言えず、そのまま通り過ぎてしまった過去の自分そっくりで。

他人の胸の内を計るなど、良くないことと知りながら、どうしても考えてしまう。

だから敷物の上に再び影が落ちたことに、すぐ気がつくことが出来なかった。

「……あの」

「――うひぇっあっはっはい!!」

突然声をかけられて、小町はわたわたと手を振り回した。

今日は何だか、やたらに来客の多い一日だ。

次はどんなお客さんが来たのか、期待半分、不安半分で目をやると――

「……あれ? 何か忘れ物でもされましたか?」

そこに、先ほど会計を終えたはずの〈見習い勇者〉が立っていた。

思わず小町は目をぱちくりさせてしまう。

「忘れ物といえば忘れ物ですね」

「はぁ」

「そのローブも買わせていただけませんか?」

頬をかき、へにゃりと笑う勇。

彼が指し示したのは小町謹製、シルクスパイダーの糸を織って作ったフード付きのローブだった。絹糸のような肌触りもさることながら、耐火性に優れ、何よりちょっとした“遊び心”を付与した自慢の一品だ。

もっとも自慢でない作品など存在しないのだが。

そのローブには猫のような耳が生え、後ろにも猫の尻尾を模したバックベルトがついている。探索者にはもっと格好良く、もっと可愛くあれ! という小町の願いを籠めた最新作で、お値段は正直、安いとは言えない。

まずシルクスパイダーの糸自体が高いのだ。

少なくとも鎧姿の勇には不要な装備。

わざわざ大枚――魔石をはたいてまで買う必要があるように思えない。

(ははぁん、やるねぇ)

だが、小町にはすぐ見当がついた。

「もちろん! 良かったら お(・) 包(・) み(・) しましょうか?」

「あ、えと……じゃあその、よろしくお願いします……」

「はい喜んでぇ!」

先ほど、祈が熱心に見ていたのはこのネコミミローブだった。

つまり彼女が欲しそうにしていたのを察知して、こっそり買いに来たのだろう。サプライズプレゼントというわけだ。

小町は口元がによによと緩みそうになるのを必死に堪えて、迅速かつ丁寧に、自慢の商品をラッピングしていくと、満面の笑みでそれを手渡したのであった。

「ありあとやしたぁ!!」

「……ど、どうも」

今日一番の挨拶が木霊する。

結局、この日の客は彼が最後で、後はもうまともに売れなかったのだが。

工房で「円卓」からの依頼を少しだけこなし、ダンジョンを出る段階になっても、小町の心はちっとも萎れず、気持ちが良いほど晴れ晴れしていた。

――西方小町が思うに、探索者の衣文化はまだ夜明けの段階だ。

皆、在り合わせのもので何とかやり繰りしている。

きっとそれは、余裕がなかったからだ。

探索業は自転車操業のようなもの。稼げるが、稼ぐために必要な投資をし続けなければ効率が落ちていく。だからファッションなんてものは余分なものかもしれない。だが、その余分を愛せるのが人間なのだ。

自分が〈裁縫師〉であることが分かり、何となく飛び込んだ世界で、芽が開くかどうかは分からない。それでも“欲しい”と思ってくれる人がいるのなら、もうちょっとだけ踏ん張ってみようじゃないか。

コンクリートジャングルの中で一人。

もがき苦しむ新米ファッションデザイナーは、ほんの少し光明を見た。

ダンジョンの中だろうが外だろうが、彼女の目指すものは変わらない。

袖を通せば自信が湧いてくるような。

生活に彩を添えてくれるような。

成りたい自分になれるような。

探索者の衣文化がようやく よ(・) ち(・) よ(・) ち(・) 歩(・) き(・) を始めたように。

小町のファッション道はまだ、始まったばかりなのだから――

なお、一つ誤算があったとすれば。

この頃、勇者パーティーの「サザナミ」が配信の始めと終わりに、少しだけ視聴者からのコメントを読むようになった、ということだろう。

新しく〈祈祷師〉の少女が着ていたネコミミローブは大変好評で、その入手先を尋ねられ、勇が素直に答えてしまったために、後日、西方洋裁店には「アレください」という客が大量に訪れることになる。

それによってしばらくの間、小町はひたすら同じ服を作り続けるハメになるのであった。

その際、未来のファッションリーダーはこう思ったという。

どんなデザインかも大事だけど。

同じくらい、誰が着るかも大事なんだなぁ……と。