軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

天使さま、お小遣いに悩む

「お金が欲しいです」

地球の衛星軌道上に佇む船、ロゼリア号。

もはや実家のような安心感を覚える船内で、俺―― 有翼人種(ハーヴェン) 族のレグ・ナは独り言を呟いていた。

ちょうどその横を 妖精種(シルキー) のフクレが通りがかる。

『クレジットならまだ余っているのでは?』

俺は銀河連邦から正式に委託を受けた開拓者だ。

地球の文明レベルを上げるため連邦から交付金をもらっているので、フクレの言う通り資金に余裕はある。

けれど俺の言う金とはそれのことじゃない。

「日本円が欲しいんです。ドルでもユーロでもいいですけど」

『はぁ』

「この間、ラーメンを食べにいって思ったんです。やっぱり現地のお金がないと不便だな、と。それに何より……ゲームが買えない!」

17年という歳月はゲーム業界に革命(当社比)を起こしていた。

当時、これが時代の最先端か……! と感動したゲームたちが、今ではレトロゲーと呼ばれているのだ。あの名作の続きやリメイクが出ているのに、それをプレイしないなんてあり得るだろうか、否、あり得ない。

……え? 銀河連邦で流通してるゲーム?

そりゃあるけど、そうじゃないんだ。

俺は“地球のゲーム”がやりたいんだよ……!!

『複製では駄目なんデスか?』

「駄目に決まってるでしょう」

確かに神族の技術があれば文明レベル0の星に存在するものなど、全てまるっとコピーできる。ゲームソフトの一本や二本、ハードごと複製できるだろう。

でもそうじゃない、そうじゃないんだ。

第一そんなクリエイターへのリスペクトに欠ける真似をしたくない。

「いいですか、フクレ。敬意を忘れた瞬間、人は獣になります」

人によって大切なものは異なる。

だからいついかなる時も、他者へのリスペクトを忘れてはならない。

――それを俺は小学5年生の時、クラスメイトの 借(かり) 野(や) 君に教えられた。

借野君はお金持ちの子でゲームソフトをたくさん持っていた。けれど全てを網羅するというほどではない。だから彼が持っていないゲームをたまたま俺が持っていて、貸して欲しいと言われたことがあった。

俺は気前よく貸した。自分の好きな作品を布教できるチャンスだったし。

ほどなくして、家のポストに俺が貸したソフトが入っていた。

ああ、借野君クリアしたんだな、と思って手に取った時――パッケージが一か所へこんでいることに気がついた。

そのゲームはお小遣いを一生懸命貯めて買った思い出のソフトだった。

ゲーム本体はもちろん、パッケージだって何度も取り出して眺めたものだ。

それが傷ものになって返って来たことに俺は怒りを隠せなかった。

せめて一言ごめんと言ってくれれば。

そもそも返し方がぞんざいじゃないか?

プレイした感想だって聞きたかったのに……。

文句は後から後から湧いて出た。

でも本人に直接言う勇気が起きなくて、結局 龍二(しんゆう) にそのことを愚痴ったら――

『そういやお前、俺から攻略本借りたままだよな。もう二年になるけど』

と、冷めた目で言われたのだ。

誰かの大切を踏みにじっていたのは俺も同じだった。

俺にとって大事なソフトは、借野君にとって数多あるソフトの一本に過ぎなかった。

けれど逆もまたしかりだ。

自分にとってどんなに価値がないように思えても、他人にとってはそうじゃないかもしれない。そんなことに気付かされた小5の夏だった。

……まぁ借野君のことは未だに許してないし絶交したけど。

ともかくとして。

「対価を払うということは、即ち敬意を払うということ。複製などもっての他です」

お金を払わずゲームをコピーするということは、そのゲーム、引いてはゲームを作った人たちすべてを見下しているのと同義だ。あのド腐れ借野と同じ恥ずべき行いだ。ゲーマーとして許せるわけがない。

そんな俺の真に迫った言葉を聞き、フクレは体を震わせた。

『さ、さすがはレグ様デス……! ワタクシが浅はかでした……!』

そんなに感動されると、それはそれで困る。

このシルキーは本当に俺に対して盲目的というか甘いというか。

いつか悪い人に騙されそうで、お父さんは心配です。

それから一頻り俺を褒めたたえた後、

『……デスが、外貨を稼ぐにも手段がないのでは?』

フクレがこてん、と頭を傾ける。

その問いかけに、俺は待ってましたと胸を張った。

「そこでダンジョンアップデートです! 外貨を稼ぎダンジョンも盛り上げる、一石二鳥の策を考えました。それはズバリ――」

ぴんと指を立て、言の穂を接ぐ。

「――ライブ配信機能です」

地球(こきょう) へ帰還して早三か月。

俺のダンジョン管理者ライフは今、新たな局面を迎えようとしていた。

◇ ◇ ◇

この世には「ゲーム実況」という動画ジャンルが存在する。

喋りながらゲームをプレイして、その反応を視聴者に見せるというものだ。

かつて俺が地球にいた頃、この手の動画はいわゆる『アングラ』だった。

言い方は悪いが、他人の著作物を無断利用しているからだ。

ものによっては重大なネタバレになるし、投稿者が否定的なことを言えばそれを視聴者が鵜呑みにして、プレイしていないのに方々で批判したりもする。購買促進になる場合もあれば、その逆になる場合もあった。

だから人気はあるけれど、日の当たるジャンルじゃなかった。

それが17年ぶりに地球へ帰ってきてみたら、どうだ。

すっかり大手を振って一大ジャンルになっているではないか。

しかも時代は動画から、リアルタイムにゲームプレイを見せる 配信形式(ストリーミング) へと主流が移っていた。もっといえばゲーム実況に限らず、この「配信」という文化が以前よりあちこちで賑わっていることに気がついた。

――もしかして、ダンジョンにも配信需要があるのでは?

東京摩天楼をはじめ、ダンジョン内部の記録を撮るため探索者にカメラを携帯させるところは多い。であれば、少なくとも東京摩天楼ならライブカメラを入れてもスムーズに対応してくれるんじゃないか。

そこに配信という流行りを乗っけたらどうだ。

「……ということで、既に配信用サイトを作っておきました。東京摩天楼に入ると自動で探索者ごとに 配信(ライブ) が始まり、誰でもそのサイトから攻略の様子を見られるようにするんです。そして視聴者から探索者へプレゼントされる 投げ銭(おひねり) の一割をサイト管理者――つまり私たちが徴収するというわけですね」

ひとまず落ち着ける場所として、ロゼリア号の食堂に腰を下ろし、俺はフクレと二人で作戦会議をしていた。

サイトを作ったといっても自力でコードを打ったわけじゃない。

ほとんど電算機のAI頼みだ。完成品を見たところでコードに問題があるかなんて分からないので、そこはフクレにチェックさせようと思っている。

『おひねり……デスか』

当のフクレは俺の説明がいまいち飲み込めないようで、鸚鵡返しをしていた。

「そう。おひねりです。探索者が武芸なりトークなりで視聴者を感心させた時。視聴者がその探索者を応援したり、活動を支援したいと思った時。配信サイト越しに金銭を渡せるようにしておくんです」

『デスが配信は無料で見られるんデスよね。それなのに、わざわざお金を払う人なんているんでしょうか』

「もちろん、大部分の人は投げ銭なんてしないでしょう。けれど一部のユーザーは手を出すと思っていますよ」

既に現在進行形で地球の歴史が証明している。

俺は確立されたビジネスモデルにただ乗りするだけだ。

「フクレはこの間、私と一緒に東京摩天楼の五層攻略を見て、どう思いましたか?」

『下等生物の割になかなかやるではないか、と思いました』

「かと――ええと、まぁ、つまりはそういうことです。相手を称賛する気持ちが湧いた時、言葉以上の思いを相手に伝えるには褒賞を渡すのが一番手っ取り早い。特別なシチュエーションじゃなくても、その探索者の活動を一秒でも長く見ていたいと思えば、支援のつもりで投げ銭することもあるでしょう。いわばパトロンのようなものです」

そこまで説明を聞いて納得ができたのか、フクレが頷く。

それにしても『下等生物』ときたか。

シルキーはなんだかんだ神族側の生物だからな……。

未開拓の惑星に住む生命体なんて、みんな下等生物のようなものだろう。

もし俺がここで前世の話をしたら――

『徴収率が一割なのは何故でしょう。もっと高くできるのでは?』

「私の目的は外貨を稼ぐことだけじゃありません。一番はダンジョン探索を盛り上げることです」

ダンジョンは中と外で通信が途絶されている。

それは空間が隔たっている以上どうしようもないことだ。

俺が運営する配信サイトはそれを乗り越えられる。 霊子(エーテル) は空間を超越し、遍くこの世界に存在しているのだから。その力を利用すればお茶の子さいさいだ。

つまり後追いが絶対に出てこない。

唯一無二性を考えればもっと高い徴収率に設定することもできた。

「ダンジョン内の様子を配信できるとなれば、それを目当てに新しい探索者がやってきます。その配信を見て視聴者もダンジョンを身近に感じてくれれば、その中からまた新しい探索者が生まれてくるでしょう。いたずらに徴収率を上げて参入意欲を削ぐのは愚の骨頂です」

『なるほど……』

最悪、中で撮った動画を外部サイトに上げられても困るしな。

普通の方法じゃライブ配信出来ないだけで、録画や投稿はできるんだから。

なんなら探せば既にいくつかアップされているような気がする。

「ゆくゆくはダンジョン関連企業からスポンサーを募って、再生回数に応じた 報酬(インセンティブ) も出せるようにしていきたいですが……追々ですね」

ダンジョン配信で生活できるとなったら、それはもう新たな産業の誕生だ。

この世界にダンジョンが文化として根付くための大事な一歩になる。

焦らずじっくり形にしていきたいものだ。

ただ、ここまでは頭の中で形になっているんだが、あと一つ。

どうしても解決出来ていない問題がある。

「そして……何より私は、このダンジョン配信を母星でも見られるようにしたいと思っています」

母星とはつまり惑星ハーヴェンのこと。

何か明確な目的があってのことじゃない。

ただ前世の“俺”じゃなく、今世の“私”として、何かがしたいと思ったんだ。

ダンジョン配信なんて流しても、同族たちは見向きもしないだろう。

それでも、もし一人でも楽しいと思ってくれたなら……。

大げさだけど、俺がハーヴェンに転生した意味が出てくるんじゃないか。

『そんなこと可能なんデスか?』

「わかりません。何せこの星と母星は何百万光年も離れています。配信サイトは 霊子(エーテル) ネットワークを使いますが、それでも届くかどうか……。だから一度帰ろうと思うんです。そろそろ連邦に活動報告もしなくちゃいけませんし、それに――」

開拓者事業を始めて三か月。

惑星ハーヴェンを旅立って、三か月。

なんだかんだ言っても、かの星を懐かしく思っている自分がいた。

第二の故郷。その風景と同時に、一人の顔が思い浮かぶ。

「――ゼル爺だったら何か知っているかもしれませんから」

分からないことがあったら、とりあえずゼル爺に聞いてみろ。

そうしたら大体解決してくれるから。

……それは俺が第二の人生で得た、経験から来る教訓だった。